箱根ランナーの原石はそもそも地方にいる

箱根駅伝の「全国化」は、地方大学にとって“”夢への扉”になるのか。それとも日本長距離界においての“パンドラの箱”なのか。

まずは全国化されたときのシミュレーションをしてみよう。箱根駅伝は関東の大学しか出場できないが、その舞台を目指す選手は全国から集まっている。今大会(第95回)の登録選手を出身高校による都道府県別で見てみると、千葉県が最多の37名。以下、静岡21名、兵庫19名、埼玉18名、愛知17名、熊本17名と続いている(※データは『箱根駅伝公式ガイドブック2019』を参照)。

もし地元近隣の有力選手を一気に集めることができれば、東海、関西、九州などは青学大や東海大に匹敵するような強力チームができあがっても不思議はない。たとえば、知名度抜群の青学大・原晋監督が故郷・広島の大学で指揮を執るようになれば、広島には世羅、隣の岡山には倉敷という近年の全国高校駅伝で優勝している超強豪校もあり、おもしろいチームができるだろう。

既存の大学でいうと、福岡大、中京大、関西大など、かつての“雄”が「箱根駅伝」という魔力で復活を果たす可能性もある。地方大学の活性化という意味では、大いに役立つはずだ。そして地方が沸くことで箱根駅伝の全国的な人気はさらに高まると予想する。

箱根駅伝「全国化」実現への高いハードル

では、地方大学が出場枠をゲットするには、どういう方式がいいのか。

箱根駅伝は10月中旬に予選会があり、1月2・3日に本戦が行われる。そして、11月上旬に全日本大学駅伝(以下、全日本)がある。関東以外の大学にとっては、全日本が最大目標となるため、10月中旬の予選会に出場するのはスケジュール的に厳しい。

そこで提案したいのが、関東以外の大学は全日本を箱根予選会にするかたちだ。全日本は8位以内に入ると翌年度の「シード権」を獲得できるが、関東以外の大学が8位以内に入った場合には、「箱根への出場権」も与えるのはいかがだろうか。

箱根予選会をギリギリ通過するようなレベルでは、本戦で戦うのは難しい。しかし、関東勢もガチンコで戦う全日本で8位以内に入る実力があれば、本戦でも上位で争えるスピードは十分にある。そして本戦で10位以内に入れば、関東勢と同様に「シード権」を与えることで、地方から新たな箱根常連校が誕生する期待感もある。
地方の大学にとっては、全日本を戦う意味がもう1つ増えるわけで、モチベーションがさらに高まり、全日本の戦いはよりヒートアップするはずだ。

ただし、箱根駅伝の出場チームを増やすには、警視庁・神奈川県警の許可が必要になるため、1~2校の増枠でも時間を要する。全日本で地方大学が出場権を得た場合は、その分、予選会下位通過校の枠を減らすかたちになるだろう。
現状を考えると、今年の全日本大学駅伝は関東勢が上位15位までを占めており、地方大学の“参入”は簡単なことではない。出場権を獲得したとしても、箱根駅伝は全10区間が20km以上という長丁場で、山もある。上位争いするための戦力を整えるには時間もかかるだろう。

「箱根を捨てる」という考え方も必要

箱根駅伝の全国化が実現すれば、全日本大学駅伝、箱根駅伝、それから地方が活性化されていく。それは素晴らしいことではあるが、日本長距離界にとっては危うい状況を生み出すかもしれない。

その理由はなぜか? 箱根駅伝という種目はグローバルスタンダードとはいえないからだ。学生長距離界は“箱根至上主義”に傾き、世界に羽ばたくための準備が中途半端になっている側面もある。それが将来、日本の長距離界にとってマイナスに作用する可能性を秘めているのだ。

たとえば、2002年のシカゴマラソンを2時間6分16秒で走破して、15年以上にわたりマラソン日本記録を保持していた高岡寿成(現・カネボウ監督)は、箱根駅伝を目指さなかったことで、“成功”を手にしている。
高岡は全国高校駅伝に3年連続で出場して、3年時には4区で区間新記録(当時)をマーク。関東の強豪校から誘われたが、地元の龍谷大学に進学した。学生時代の取り組みは関東の大学と大きく異なる。その中で独自の進化を遂げてきた。
大学3年時に日本インカレ5000mで5位に食い込むと、4年時に5000mで13分20秒43の日本記録(当時)を樹立。1992年のことなので、今から四半世紀以上も前になる。ちなみに今季の5000m学生トップは堀尾謙介(中大4)の13分33秒51だ。

当時、高岡の1万mベストは29分28秒0。このタイムは今回の箱根駅伝における登録選手上位10名の平均タイムでいうと、21番目(29分22秒55)の国士大を下回る。1万mのタイムだけでいうと、現在の箱根駅伝ランナーの“水準以下”だ。しかし、5000mの記録はダントツトップで、その後の成長率も高かった。
高岡は3000m、5000m、1万m、マラソンの4種目で日本記録(当時)を樹立。2000年シドニー五輪1万mで7位、2005年ヘルシンキ世界陸上のマラソンで4位と世界大会でも入賞して、日本長距離界のレジェンドになった。

そんな高岡に憧れを抱いていたのが、大迫傑(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)だ。当初は大学進学ではなく、実業団を志望していたほどで、箱根駅伝にさほど興味を持っていたわけではなかった。それよりもシンプルに「強くなりたい」という気持ちに満ちていた。
早大に進学した大迫は、箱根駅伝に向けたトレーニングではなく、トラック(5000m・1万m)のタイム短縮を目指してスピードを磨いた。その影響で3・4年時は区間賞を逃すなど、箱根では期待通りの走りを見せることはできなかったが、その後の活躍はご存知の通り。2015年に5000mで13分08秒40の日本記録を樹立すると、今年10月のシカゴマラソンでは日本人として初めて2時間6分の壁を突破する2時間5分50秒をマークしている。

大迫のように箱根を目指すチームで、我が道を貫くのは相当な覚悟が必要だ。箱根よりも世界。そう考えているランナーのためにも、関東以外の大学でスピードを磨くという選択肢は残しておきたい。将来のことを考えて、大学は出ておきたいという選手は多い。すべての道が箱根に通じてしまうと、指導が均一化されて、個性的な選手は生まれにくくなる。

大学からすれば、将来の五輪ランナーを育てるよりも、箱根駅伝で活躍した方が、学校のブランディングになる。しかし、世界で活躍する選手を多く育てた大学が評価されるような時代になれば、日本のスポーツ界はもっと進化すると思う。箱根駅伝以外でスポットライトを浴びる学生ランナーの出現を期待したい。


酒井政人

元箱根駅伝ランナーのスポーツライター。国内外の陸上競技・ランニングを幅広く執筆中。著書に『箱根駅伝ノート』『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。