生まれながらの難病SMAの永岡。両親は医師から「2歳までの命」と告げられた。しかし、そのリミットを生きながえ、小学2年の時に自身の人生を変える「電動車椅子サッカー」に出会った。「ドクターからも『無理』と言われたんですが、本人は『絶対にやりたい』と言ったんです。短命であるならば、好きなようにやらせたいと思ったのですが、サッカーに夢中になったんです」と母の喜代美さんは語る。

 電動車椅子サッカーは永岡のような重度の障害を持った人々も楽しめる4対4のスポーツ。ジョイスティックを巧みに操作し、電動車椅子でパスを出し、シュートを決める。日本電動車椅子サッカー協会(JPFA)には561名、40チームが登録、過去3回の全てのワールドカップに代表チームが参加している。

 永岡選手の活躍は2011年7月、日本代表のドキュメンタリーDVDや障害者サッカーのドキュメンタリー映画を撮ってきた中村和彦監督の目に留まり、電動車椅子サッカーのドキュメンタリー映画『蹴る』のプロジェクトがスタートした。映画は2017年、アメリカで開催されたワールドカップ大会を目指す選手の戦いを6年がかりで追う。永岡はこのスポーツに「命を賭けている」と話す。

ーー映画のオファーが来た時はどんな気持ちでしたか?
「10代の頃は取材が苦手だったので、戸惑いはあったんですけども、私や仲間の姿が記録に残されて、活用してもらって、社会の役に立つなら、と思いました」

ーー完成した作品を観た感想は?
「ワールドカップまでの記録が詰まっていて、自分自身が刺激を受けました。最初の頃の自分を観て、若いなと思いましたね。ワールドカップという大きな舞台には立てなかったんですが、サポーターの方がたくさん増えて、皆さんが応援してくださったのは嬉しかったです」

ーー映画では、小学2年の時に電動車椅子に出会い、授業にも出ないで、学校の校庭をくるくる回っていたというエピソードは印象的でした。
「あれが私の原点です。動くのが好きです。電動車椅子に出会わなかったら、ここまで元気じゃなかったかなと思います。一応、難病なので、病気が進行して、体調もよくなかったんじゃないかなと思います。出会わなかったら、何をやっていたかな……想像はつかないですけども」

ーー電動車椅子サッカーの魅力は?
「どんな障害があって、指先しか動かなくても、電動車椅子があれば、競技ができることです」

ーー電動車椅子同士がぶつかったり、時には転倒することもある激しさがあります。映画の冒頭にも永岡選手が転倒するシーンが出てきます。転倒することに怖さは?
「怖くないですね。そもそも電動車椅子があれだけのスピード(最高時速10キロ)が出るということを知らない方がほとんどだと思います。頭を打ったり、ボールが飛んできて、ぶつかったり、確かに痛いんですけども、プレーをしている方が楽しいです」

ーーサッカー以外に好きなことは?
「電動車椅子サッカーしかやってこなかったですから……なんでしょうか。ネイルは好きです。普通のサッカーはいっぱい見ることはないですが、戦術を考える時は参考にしています」

ーー今、乗っているのが競技用の電動車椅子ですか?
「はい。アメリカ製のストライクフォースというものですが、モーター的な部分の違いなんでしょうか、進み方やパワーが違います。回転すると、ボールもバーンと飛んでいきます。重さは100キロくらいあって、値段は自動車1台分くらい。電動車椅子は床のコンディションで左右します。バスケットボール向けのグリップが効くコートではボールにタイヤが挟まって、転倒しやすかったり、逆にグリップが弱いと回転キックで強いボールを出せない、ということがあります」

ーー日頃の練習は?
「横浜クラッカーズに所属しているので、チームとしての練習のほかに個人練習を続けています。大会は日本選手権、県大会、地域の交流大会があります。3月にはドリームカップという大会もありました。これは昨年の選手権大会で優秀な成績を収めた6チームが出場するもので、横浜クラッカーズも出場しました(4位)」

ーーマルハン所属ということですが、どんな仕事をされているのですか?
「在宅勤務で、電動車椅子サッカーの代表になって、世界で活躍すること、電動車椅子サッカーの競技の普及です。大学や専門学校、小学校で講演会をやっています。人権の授業、電動車椅子サッカーを題材にするんですが、障害があっても、みんなと一緒に生活をしていますよ、ということをお話しています。また、ブログ(https://ameblo.jp/m-soccer2013/)を書いています。こういう取材を受けるのも普及活動の一つです」

ーー夢は電動車椅子サッカーをパラリンピック正式種目にすることだそうですね。2024年のパリ大会までは採用されていないのが現状です。
「国際舞台としてチャンスが減ってしまうのは寂しいです。競技種目として採用されていませんが、大会が始まるまで諦めていないです。何が起こるかは分からないですから。次のロサンゼルス大会(2028年)での種目決定も、諦めていないです」

ーー東京パラリンピックでの期待は?
「同じ障害者スポーツがたくさんあるので、なにか一つは観に行きたいと考えています。せっかくの東京大会なので、ここで盛り上がらない、と」

ーー今の目標は?
「映画『蹴る』を通して、たくさんの人に電動車椅子サッカーを知ってほしいと思います。知ってもらうために、どこへでも、出向いて参加したいです」

◆永岡 真理(ながおか まり)
1991年3月5日、神奈川県横浜市出身。生まれながらにして難病「SMA(脊髄性筋萎縮症)」を患い、4 歳から車椅子生活に。小学校2年の時に電動車椅子サッカーと出会い、17 歳の時に電動車椅子サッカーW 杯日本代表選手になることを決意。2013年1月、女性初の日本代表選手に選出され、オーストラリアで開催された第1回アジア・太平洋・オセアニア選手権大会に参加し、チームの優勝に貢献。現在は、電動車椅子サッカークラブ Yokohama Crackers の副キャプテン・選手として活動するかたわら、2013年4月から「株式会社マルハン」人事部 CSR・障がい者スポーツ推進担当として在宅勤務。

VictorySportsNews編集部

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