鹿島といえば1993年に産声を上げたJリーグにおいて、リーグ優勝8回、Jリーグカップ優勝6回、天皇杯優勝5回、AFCチャンピオンズリーグ優勝1回の計20冠を達成するJリーグ随一のクラブである。そのクラブが神戸に在籍するアンドレス・イニエスタの年俸(およそ32億円)の半額で譲渡されたことは大きな驚きを持って受け止められた。

物事にはメリットとデメリットが存在する。メルカリが筆頭株主になることで、一体鹿島にはどんな未来が待ち受けているのだろうか。

まず、メリットはさまざまな部分で考えられそうだ。最も大きな変化は経営のスピードアップだろう。

近年、Jリーグを取り巻く環境は開幕当初から大きく変わっている。DAZN参入による放映権料の増大により、リーグが共存から競争に舵を切った。さらに選手の海外移籍も拍車がかかる。今夏も鹿島からは3人の主力選手が移籍を果たした。

急速な変化に対応しつつ世界で戦えるクラブを目指すには、いままでのスピード感では間に合わない。住友金属工業時代から鹿島アントラーズの親会社としてバックアップしてきた日本製鉄だが、鹿島アントラーズは巨大企業グループのなかの一子会社でしかない。大企業のガバナンスに則った経営では、そのスピード感に対応しきれないことがわかっているからこそ、7月30日に行われたメルカリの経営参画に関する記者会見において、日本製鉄の津加宏執行役員は次のようにコメントした。

「鹿島アントラーズが将来に渡って引き続き世界で戦うチームであり続けるためには、この運営会社である鹿島アントラーズFCの経営基盤の一層の強化、および企業価値をさらに高めていくことが求められています。当社としてはそれを実現できる具体的な方策について検討してまいりました。その結果、新たな事業展開をはかることが期待できる新しいパートナーを迎え入れ、新しい経営に移行し、当社は新しいパートナーとなるメルカリ殿と共にアントラーズを支えていくことが最良の方策であるとの結論に至ったものであります」

サッカークラブの経営はコンシューマービジネスである。そして、メルカリは月間の利用者数が1,000万人を突破しており、メルカリの小泉文明取締役社長兼COOは「これだけ流れが速いJリーグの変革の時期において、まだまだビジネスにおいてもできることがあるのではないか、テクノロジーであるとか、我々がこれまで培ってきたノウハウをつかってさらにビジネスを創出できる」と自信を見せていた。

鹿島はこれまでもクリニックや芝生の開発、湯治など、スタジアム事業を拡張し、インバウンドをターゲットにしたDMO(Destination Marketing Organization)、つまり鹿行地域の観光事業にも手を出している。親会社の援助に頼ることなく自力で稼ぐ力を着実に伸ばし、100億円規模のクラブを目指してきた。メルカリがバックに控えることになれば、さらなる事業展開・拡大、コラボレーションが期待される。実際に、いままでもアイデアはありながらも断念せざるを得ない案件は非常に多かったと聞く。それがIT企業のスピード感をもって取り組むことができるようになったら大きな変化が生まれるだろう。

メルカリの小泉文明氏は何度も何度も、自分たちはクラブビジネスの部分でテコ入れを加えるだけで、チームの運営には手を出さないことを繰り返し説明してきた。

経営参画に関する記者会見のなかでも次のように述べている。
「私たちは“すべては勝利のために”というアントラーズのフィロソフィーは非常に重要だと考えております。そういうなかでも今後アジアチャンピオンとして世界に打って出る。そのためにビジネスをしっかりまわすことで、そのお金でチームを強くし、チームをさらに常勝軍団として地位を獲得していきたいと考えております」

株式取得後初のホームゲームであった8月11日の横浜Fマリノス戦後、報道陣の取材に応じたときも変化を加えたい部分について問われると「チームのことに関してはこれまでの歴史もありますので、口を出すつもりはありません」と答えた。ヴィッセル神戸が楽天の巨大マネーを背景に外国人選手の補強に走っているが、メルカリがそうした変化をもたらすことはないだろう。そうではなく、クラブが自力で稼げる力とサイクルをさらに大きくして、その稼いだお金でチームを強化することになりそうだ。

しかし、小泉社長はサポーターとの接点の部分には思い描くものがあったようだ。「ただ」と言葉を引き取ると次のように続けた。
「サポーターのみなさまの体験というのはもっともっとリッチに、スタジアムに来て本当に楽しかったと言ってもらえるチームにしたいと思っています。また来たい、何度も来たいと思えるようなそういうスタジアムにしたいと思います」

そのためにはノウハウが必要だ。コンシューマービジネスを続けてきたメルカリが経営に加わるメリットは多いだろう。
とはいえ、懸念されるデメリットがないわけではない。それは鹿島アントラーズというクラブが地域と密接な関係を持って誕生した背景を持っているからだ。

住友金属工業の鹿島製鉄所は巨大プラントとして重要な位置を占めていたが、交通の便は悪く、周辺になにもないため社員が配属を嫌う場所でもあった。そこでJリーグ発足を機に、鹿島アントラーズの前身である住友金属工業蹴球団をプロ化させ、工場に勤務する社員並びに地域住民が誇れるようなクラブにしよう、という志のもと生まれたクラブである。

住友金属は新日本製鐵と合併し、新日鐵住金に名前を変え、さらに日本製鉄となっているが、鹿島製鉄所には住金時代を知る社員も少なくない。また、鹿行地域と住金は共に歩んできた歴史もある。これまで築いてきた強い関係性は消え、メルカリという東京の企業に株式が渡ったことに対する不安な感情は根強い。

クラブは鹿嶋市を中心としたホームタウン5市(鹿嶋市、潮来市、神栖市、行方市、鉾田市)に、株式譲渡の経緯と今後の方針をいまも丁寧に説明し続けている。メルカリ社への譲渡は、今後も鹿嶋市を本拠地とし、県立カシマサッカースタジアムをホームスタジアムとして継続利用することを条件に行われており、小泉氏も「地域の方々の協力を得ながら、さらに三位一体でビジネスを推進しチームを強化していきたいと考えています」と地域を気づかう発言をしている。ただ、これは物事の道理ではなく感情の問題であることが難しい。

まだできてから6年半という歴史の浅い企業であり、赤字決算も続いていることからか、経営参画に関する記者会見の場では経済誌を中心に厳しい質問も飛んでいた。メルカリ社はこれからも厳しい目にさらされることになるだろうが、この夏、Jリーグで選手の移籍は激しく動いた。経営の判断はかつてないほどの速さが求められており、そこに対応できないクラブは競争から脱落していくだろう。

メルカリが持つスピード感と鹿島の伝統がうまくマッチしたとき、どのような変化が生まれるのか注目だ。


田中滋