金Jとは?

Jリーグ公式サイトには以下のような文言で、「金J」の理念が説明されている。「明治安田生命Jリーグ フライデーナイトJリーグ。それは、Jリーグが考えるスポーツ観戦を交えた新たな金曜の夜の過ごし方。貴重な土日の時間をサッカー観戦には費やせないすべての人のための、新しいライフスタイルの提案です。これからは、心置きなく楽しめる仲間との飲み会やデートはぜひスタジアムで!」

もちろん反発もあった。平日夜の開催になることで、週末開催の試合よりも観客動員の面でマイナスが大きい、あるいは週末にしか試合を見に行けないファンがスタジアムに足を運べなくなるといった指摘もあった。しかし、各クラブの協力もありながら、これまでにできなかったプロモーションなども組み合わせることで成功体験を積み重ねている最中だ。

【参考】観客動員数比較

実際の観客動員数も、週末開催の試合と遜色ないか、それを上回る数字を記録した試合も多い。導入初年度となった昨季、「明治安田生命Jリーグ フライデーナイトJリーグ powered by DAZN」として開催された11試合のうち、年間平均観客動員数を上回ったのは5試合。1万人を下回ったのは1試合しかない。

そして2年目の今季はすでにJ1の9試合で「明治安田生命Jリーグ フライデーナイトJリーグ powered by DAZN」として開催され、過半数の5試合で今季の平均観客動員数を超えている。うち4試合ではチケットが完売となった。特に4万2221人を集めたJ1リーグ開幕戦のセレッソ大阪対ヴィッセル神戸は、平日の「金J」でも十分に集客力があることを証明したと言えるだろう。

新規顧客の獲得につながっている

では、本来の目的だった「新規顧客の獲得」は成功しているのだろうか。7月に行われたJリーグのメディアブリーフィングの中で開示された来場者アンケートのデータでは、今年5月末までに開催された「金J」の7試合のうち3試合で「新規層」と呼ばれる「生涯初来場」「昨年0回」「昨年0〜2回」の割合が全体の25%を超えた。また全7試合で「新規層」の割合が10%以上を記録した。

あるクラブ関係者は昨年の時点で「クラブ独自の来場者調査でも週末開催のホームゲームより『金J』で『初観戦』の割合が高くなる」と話していた。先述した「新規層」の人々は、既存の顧客よりもそもそもサッカーへの関心度が低く、観戦の要因に「チケットをもらったから」「友人や家族に誘われたから」と挙げる割合が際立って高かったことも調査によって明らかになっている。

こうした新規層の取り込みはJリーグにとって長年の課題でもあった。毎年行われる全クラブ対象の観戦者調査でも、観戦者の平均年齢が概ね1歳ずつ上がっていっている。その現状をどう克服し、持続的に発展していくリーグを作っていくかが、開幕から四半世紀を過ぎたJリーグにおける今後の大きなテーマなのだ。

そして初めて観戦に訪れた人をJリーグのファンとして定着させられるか。2回目、3回目と経験を積み重ねてもらうための工夫も必要になる。誰にでも物事には「初めて」があるものの、顧客の離脱率を低く抑えていくことが難しい。エキサイティングな試合観戦の体験を重ねてもらえるかが今後のキーポイントになる。

各クラブの施策は様々

とはいえ、まずは「初めて」をいかに経験してもらうか。そのためにJリーグや各クラブは知恵を絞って「金J」の盛り上がりを作ることに注力している。

例えば今季はヴィッセル神戸が人気ファッション誌『CanCam』とのコラボレーションで、これまであまり多くなかった若い女性ファンの来場を狙ったプロモーションを展開した。日本代表DF西大伍が出演した恋愛リアリティショー的動画はSNS上でも話題を呼び、『CanCam』のウェブ上で公開された記事でもユニフォーム姿の女性モデルがスタジアムで観戦を楽しむ様子などが紹介され、男性的なイメージの強いサッカー観戦に多様な楽しみ方があることを発信していた。

横浜F・マリノスでは、昨季10月の「金J」となった北海道コンサドーレ札幌戦で「仕事終わり」を意識した施策を展開していた。普段は入ることのできないメインスタンド6階の特別観覧室を「スタジアムオフィス」として利用できる特別チケットの販売や、ビール飲み放題シート、指定席のチケットを複数枚購入で割り引く「同僚割引」や名刺の提示でお得に指定席の当日券を購入できる「ノー残業デー応援チケット『名刺割引』」といった複数のチケットプランが用意された。

また、試合が開催される日産スタジアムのある新横浜公園内の草地広場を使い、株式会社スノーピークビジネスソリューションズ協力のもとで「キャンピングオフィス」という斬新なイベントも。青空の下で会議や作業をこなした後、応援グッズを持ってスタジアムでサッカー観戦ができる新しい楽しみ方を提供した。

アーティストも積極的に参加

「金J」で配布されるベースボールユニフォームはボタンを開けることで簡単に脱いだり着たりすることができ、着替えの難しい女性や仕事終わりのサラリーマンにも人気を博している。また人気アーティストを招いた音楽ライブも、新規顧客をスタジアムに招き入れるための重要な施策の1つとなっている。

これまでにサンボマスターや10-FEET、MINMI、ジェジュン、SKI-HI、SHISHAMO、フジファブリック、NMB48、CHEMISTRY、YUKI、DJ KOOなど錚々たる面々がハーフタイムライブで「金J」の会場を盛り上げてきた。10月4日にパナソニックスタジアム吹田で開催されるガンバ大阪対北海道コンサドーレ札幌では、氣志團の来場とスペシャルライブが予定されている。昨年は、DA PUMPが生「U.S.A」を披露し、ガンバボーイもダンスに参加してサポーターを盛り上げたのが記憶に新しい。今年もまだ何を歌うかは発表されていないがあの名曲がスタジアムに轟き、大いに盛り上がるのではないかと予想している。

10月4日のガンバ大阪対北海道コンサドーレ札幌では氣志團の来場とスペシャルライブが行われる

こういった試合目当てでなく、ライブ目当てで来場した人気アーティストのファンもサッカー界にとっては非常に重要だ。そういった「新規層」にエキサイティングなJリーグの試合観戦経験を通して、新たなJリーグファンとして繰り返し来場してもらうようなきっかけを作ることも狙いの1つになっている。

ここで挙げたいくつかの例だけでなく、各クラブが創意工夫を重ねて様々なイベントや企画チケットを考案し、新規顧客の獲得に力を注いでいる。「女性」や「仕事終わり」など週末開催だけでは見逃されがちだった明確なターゲットを定めて、次世代のJリーグファンを生み出す試みが「金J」なのである。

当然ながら課題もあるが、辛抱強く続けてほしい

当然ながら冒頭に述べた通り、反発もあった。おそらく今も全てがなくなったわけではないだろう。翌日が休日で気兼ねなくお酒を飲める、週末に家族やパートナーなどとの時間を過ごすためなかなかサッカー観戦できなかったファンなどがスタジアムに来場する機会にはなる。一方で平日金曜日の夜に試合があることにより、遠方のアウェイサポーターが観戦しづらくなることも考えられる。

ただ、海外でも平日開催の試合を増やすことに同様の反発はあった。2016/17シーズンから金曜日開催を導入したイングランドのプレミアリーグでは、テレビ観戦者にとってメリットが大きかった一方、スタジアムに足繁く通うファンにとって仕事終わりの平日夜に試合が開催されることは必ずしもポジティブなものではなかった。スペインやドイツでも金曜日や月曜日のリーグ戦開催をめぐってファンの応援ボイコットが起こるなど、激しい抗議の流れがあった。やはり世界中どこでもサッカー観戦文化における軋轢を避けて通ることはできない。

それでも辛抱強く続けていくことが重要だ。日本でも金曜日開催は各節1試合か2試合のため、DAZNにおける中継でも視聴者が分散せず注目を集めやすい。こうして様々な成果が出始めている「金J」を継続していけば、次第にそれが日本のサッカー文化として定着していくかもしれない。Jリーグを持続可能で長期的に発展させていくためには、常に新たな顧客を発掘し、ファンとして定着させていく必要がある。そのために「金J」が発信する観戦体験の価値は高い。

ある金曜日の夜、試合が終わった後の会場の外でもらったばかりのベースボールユニフォームを着た子どもとスーツ姿のお父さんが交わす「また行きたいね」「また来ようね」という何気ない会話。お気に入りのアーティストグッズを身につけた女性がSNSに投稿する「サッカー楽しかった」という共感。スタジアムで生まれるそういった小さな幸せこそが、Jリーグの未来につながっていくのだから。


VictorySportsNews編集部