テクニックの習得よりもフィジカルの強化を優先して
サッカーや野球の少年チーム、最近ではバク転や跳び箱の教室に通わせるなど幼い頃から運動神経を養わせたいと願う保護者も多い。幼少期から将来の活躍を期待され、練習漬けの日々を送るジュニア選手も少なくないが、体の発達速度を鑑みずにスポーツを続けていると、取り返しのつかない大怪我に至ることもある。
「子どもは大人よりも靭帯がやわらかく、ダメージを受けやすいので一層注意が必要です。多いのは、フィジカルが十分に強くないうちから、高度なテクニックを身につけようとして怪我をするケース。サッカーなど、細かい切り返しの練習を繰り返す中で関節に細かい傷が入ったり、軟骨が取れてしまうこともあります」
親に同じ競技経験があると、ついテクニックの指導に偏りがちだ。技術の習得以前に、柔軟性やフィジカルを鍛えることが優先されるべきだが、専門的なトレーニングを受けた経験がなければそれも難しい。
「ある競技だけを行なっていると、どうしても一部分だけを酷使しがちです。リトルリーグの選手の肘の怪我も、よく問題になりますね。海外では、幼少期から競技を絞ることはせずに、季節ごとに様々なスポーツをさせて、満遍なく体づくりを行います」
第一回でもふれたように、ひざ関節は体全体のバランスの影響を強く受ける部位だ。負担が偏ることのないよう、スポーツ経験を踏ませたい。
「休みたくない」にどう向き合うか
子どもの“やる気”にも注意が必要だ。楽しいといつまででも練習を続けてしまったり、試合に出るために痛みを我慢したりと、無意識に体を使いすぎた結果、取り返しのつかない怪我をすることもある。
「子どもは楽しいとのめり込んでしまうので、オーバーワークにならないようにそばにいる大人が注意してあげてほしいですね。そもそも部活の練習や試合の頻度が高いと、子どもは自ら休むことができず、疲労が溜まってしまいます」
部活動とクラブチームを掛け持ちし、週7日連続して練習を行う子どもも少なくない。競技レベルが高いほどそうした環境に身を置きがちだが、体は悲鳴をあげていることもある。
実際、スポーツに打ち込む198名の中学生の男子の腰椎をMRIで調べた結果、およそ6割にあたる119名に腰椎分離症の初期段階(分離までは至らない高輝度変化)の兆候がみられた、という調査結果もある。
齋藤医師によると、腰椎分離症は脊椎の疲労骨折の1種で、レントゲンで実際に分離が確認されてからでは手遅れになる場合が多い。早い段階で分離症の予兆が把握できれば、スポーツ活動を適切に制限することによって分離を予防することができるため、腰に痛みを感じた場合は早めに整形外科医を受診し、MRIによる検査を行うことが望ましい。
体への負担を減らすためには、休息だけでなくフォームの改善が大切だと話す寺尾医師。骨や関節へのストレスの多くは、無理な姿勢で競技を続けていることによるものだという。
「私たちはよく選手を見ながら“お尻を使えていない”という話をします。走るときに、お尻の筋肉よりも、太ももの筋肉に頼ってしまっていると、それだけ膝への負担も大きくなります。サッカーなら、無駄のないフォームで蹴ることで腰への負担は軽減します」
実際、部活レベルの現場では一人ひとりのフォームを修正できる指導者が少ないのも現状だ。歩く、走るといった単純動作と違い、競技中の動作に関してはフォームをチェックするためのポイントを定義しにくい。正しいフォームを習ったとしても、長時間のプレーの中でも崩れないためのフィジカルがここでも必要になる。
寺尾医師は、勇気を持って「止める」という選択肢を、保護者や指導者が持つことが大切だと訴えた。
「ドクターストップという言葉があるくらい、海外のスポーツ医学のなかでは“止める”という判断を下すことも医者の大きな役割です。捻挫くらいの怪我で済めば治すこともできますが、骨の成長に関わる骨端線と呼ばれる部分がダメージを受けると、もう骨が伸びなくなる。子どもの可能性に期待をするなら、目の前の成績ではなく、将来に渡ってプレーができるように、勇気を持って止められる目を持ってほしいです」
成長痛は、怪我ではないのか
子どもの発達過程につきものの「成長痛」だが、“そういうもの”として治療を受けないケースも多い。正しい対応はあるのだろうか。
「実は成長痛の治療例というのはほとんどないんです。それが本当に成長痛だとするなら、重篤な事態になることはないと考えていいでしょう。特徴としては寝ている間に痛みが出ること。これは寝ている間に成長ホルモンが出るからです。しかし、時には成長痛だと思って放置していたら骨肉腫だったということも稀にあります。痛みが続くような場合は病院を受診してください」
同じ時期に、スポーツをする子どもが発症しやすい怪我が「オスグッド症」だ。成長痛と並び、“そういうもの”として放置されがちな痛みではあるが、まったくの別物であることを覚えておきたい。
膝の曲げ伸ばしを繰り返すことにより、膝の軟骨が剥離することによる痛みで、多くの場合は骨の成長とともに治まる。重症になることは少ないものの、こちらは膝の曲げ伸ばしという運動によって引き起こされる痛みのため、フォームの改善で痛みが軽減することもある。
大人顔負けのプレーをしていたとしても、体の成長スピードまで早いわけではない。子どもの体は、骨も靭帯も未発達だ。彼らの未来を守るのは、そばにいる大人たち。10年先もプレーし続ける体の育成に、意識を向けたい。
【VICTORYクリニック】第一回「スポーツと膝」:痛み少なくても靱帯断裂の可能性が。関節の専門家が警鐘を鳴らすアマチュアアスリートの自己判断
すべての運動の土台となる膝の関節を守る方法について、関節などの再生医療に特化した整形外科、お茶の水セルクリニックの寺尾友宏院長と、東京大学大学院医学系研究科 整形外科 准教授の齋藤琢先生に3回シリーズで話を伺っていく。