今回発行されたカルチャー誌『Pen』の表紙には「中田英寿のニッポン文化特別講義。」の見出しと、中田氏が各地を自ら訪れ、生産者らと交流する場面の写真などがあしらわれている。立教大で教鞭をとる“中田教授”は、「日本酒」「発酵」「工芸」「日本茶」「農業」について全5限の授業を誌上で展開。2006年にサッカー選手を引退し、09年にスタートさせた日本全国47都道府県の旅で学んだ日本文化の知識の豊富さ、造詣の深さが表れた一冊になっている。
「今回、中田英寿さんと一緒にやる以上は、とことんやるだろうなと思っていました」
そう話すのは『Pen』編集長の安藤貴之氏だ。『Pen』では過去に人物の活動や取り組みの特集を行ったことはあるが、今回のように一人の人物の考えを基に誌面が構成されるのは初めて。立教大での授業の“副読本”や“教科書”ともいえるような方向性で編集されている。冒頭で紹介した表紙一つとっても、初めて「表紙会議」なるものが開かれ、中田氏本人も参加したほどのこだわりよう。「基礎知識から、それをどうやったら得られるかまで踏み込んだ特集になっています。世界を知る人が日本のものづくりを捉えるとき、日本しか知らない人が考えることとは全く違う、中田さんならではの広め方、使え方みたいなものがある」と安藤氏は仕上がりに胸を張る。
これまでも、旅の経過がメディアで紹介されたり、主宰する世界最大級の日本酒イベント「CRAFT SAKE WEEK」が話題になったりと、その活動がフィーチャーされることはあったが、今回の特集や客員教授就任という新たな取り組みから感じられるのが、中田氏が「伝える」という次の段階に移行していること。中田氏は自身がMCを務めるJ-WAVE(東京)のラジオ番組「VOICES FROM NIHONMONO」(土曜午後10時)の9月12日放送回で、次のように現在の思いを語っている。
「僕としては、今までは自分個人が勉強する旅だったのが、これから第2フェーズ、これを人に伝えていくというところに入っているのかなと。なかなか全容を伝える機会がなかったんですよね。そう思っていたところに『Pen』のお話をいただいたので、ちょうどいいなと思って」
基礎的な知識から、生産者らとの対談・鼎談まで情報量は多く、特集は当初の60ページ前後の予定を大きく超える76ページにも及んだ。「ただ読み流しして終わりじゃなくて、それを読んだことで自分の行動が変わることが大事だし、そういうものにしたい。人の行動を変えられるものであるべきじゃないかなと思っていました。毎日食べたり、飲んだりする中で知らないものがたくさんある。そこにきちんと意味を持たせて、自分を喜ばせるための素材にすれば、そんな楽しい日々はないですよ。これを読んで、中田が講義をしたらつまらないのかどうかを見てほしいと思います」。中田氏の言葉には、今回の特集への満足度の高さ、自信がうかがえる。
今だからこそ必要な地方の情報を
また、中田氏は自身が監修する日本文化再発見メディア『にほんもの』をリニューアルした。これまでは中田氏の活動履歴・アーカイブの色が濃い内容だったが、日本国内を旅する際のガイドブックとして活用できる、いわば“ツアーガイド中田英寿”ともいうべき大きな改修がなされている。これについても、中田氏は自身のラジオ番組で、次のように語っている。
「10年くらい日本全国をまわって出会った素晴らしい生産者、宿も含めて、みんなに紹介できるだけの情報を持ったなと思って、そろそろこれをみんなが使えるものにしよう、旅行に行くときにこれを見て、自分のプランが決められるような情報にしていこうと。宿を調べるのはこのサイト、食はこのサイトとか、自分もそうやっているけど、僕がまとめたものを見てくれれば、ある程度これでいけるんじゃないか。僕セレクト、いろいろな人の協力とともに、今だからこそ必要な地方の情報を集めたものにリニューアルするということです」
まさに、これも「伝える」という中田氏の“第2フェーズ”の取り組みの一つ。さらに、そんな旅で訪れた農家や蔵元、工芸家や神社仏閣など約2000カ所の中からセレクトした、16人の生産者によるこだわりの逸品54アイテムを購入できるオンラインストア『にほんものストア』も9月15日にグランドオープンした。中田氏が旅の中で出会った生産者のストーリー動画など、その背景も紹介。こちらは世界に誇れるモノづくりに取り組む生産者を消費者とつなげたいという中田氏の思いが表れた構成になっており、『Pen』で紹介した商品もラインアップされている。
旅を通じて自らを高め、日本文化や生産者を「知ることによってより人生が豊かになった」という中田氏。次に見据えるのは「伝える」こと。生産者と消費者をつなぎ、消費者には人生の喜びを提供する。中田氏の“旅“は新たな展開を迎えている。