「始めた当初は怖かった」パラ馬術と触れ合うきっかけ
――パラ馬術を始められる前から、スポーツとの関わりはありましたか?
小さい頃から体を動かすこと自体は好きだったんですけど、野球なんかだと他の人についていけなくなって、中学にあがるタイミングくらいでやめてしまいましたね。丁度それくらいのタイミングで、自分の体のリハビリがてらパラ馬術を始めるようになりました
――運動などをされる中で、周囲との差を感じることはありましたか?
もちろん走るのが遅いとかはありましたけど、僕自身はあまり気にすることはなかったです。ただ、歩くときは足を引きずって歩くので、街中で歩いているときに、周りの人に見られる視線とかは常に感じていましたね。
――馬術というと、なかなか接点のない競技のように思うのですが、稲葉選手は始めるまでに接点はありましたか?
両親も馬に携わっていたわけでもなかったんですが、家から通える範囲で、そういった活動をされている乗馬クラブさんの記事を母がみたのが、パラ馬術を始めたきっかけですね。強いていうならば、もともと動物好きだったのはありますかね(笑)。
――最初に馬に乗った時の印象を教えて下さい。
怖いっていうのが大きかったですね。最初は馬の上でバランスを取るのも難しいですし、安定もしなかったです。馬に乗った時の目線の高さとかも、怖さの要因の一つでしたね。
――そんな中でも競技を続けようというふうに考えられた理由を教えて下さい。
動物愛がやっぱりあるので、そっちに惹かれたって感じですね。最初は通う回数も少なかったですけど、徐々に通う回数も増えていったっていう感じです。
――通う頻度を上げ、真剣勝負の「競技」として取り組まれるようになったきっかけも教えて下さい。
最初に通っていた乗馬クラブに、たまたまパラ馬術を競技としてやられている選手を教えていたコーチの方が時々出入りしていて、その方達に競技としての馬術もあるっていうことを教えてもらって、いつかやってみたいなっていうふうに、なんとなく思うようになりました。
「自分が緊張していると馬も読み取ってしまう」馬術特有の難しさ
――パラ競技に関する知識は、小中高生時代からありましたか?
当時はなかったですね。今ほどパラ競技自体も取り上げられている回数が少なかったと思うので、パラ競技をそれまで観たこともなかったです。
――パラ馬術を競技として始めてみてから、一番苦労されたことを教えて下さい。
これは馬術競技特有だと思うんですけど、お互い意思のある動物同士ですし、自分が緊張していると馬も読み取ってしまうので、自分の弱いところを補って馬に指示しなくてはいけないところですね。馬に乗っている時の力加減や、指示の出し方を馬に分かってもらうようにするのが難しいです。
――障がいの程度も十人十色の中、なかなか共通のナレッジが積み上がりにくいのかな、と思うのですが、どのようにして精度を高めていかれるんでしょうか?
まずは健常者がやられているようなものを教えてもらって、そこから自分の場合は何か道具を使って補えないかを考えて、馬の体調の様子も見ながらですけど、よかったものを残していくっていう感じです。
――馬術というとやはりヨーロッパのイメージが強いのですが、日本との競技環境の差分というところはどのように受け止めてらっしゃいますか?
ヨーロッパの方に試合でいかせてもらうこともあるんですけど、馬に乗ることがより身近に感じます。選手の数が多ければ、競争力も上がって、成績がいい人が残ってきますし、環境もそれに応じて整備されていると思うので、環境面では大きく差があると感じます。
――パラアスリートとして生きていこうという決断をされたときのことを教えて下さい。
競技として自分がやりたいと思ったのは、やっぱり東京パラリンピックの存在も大きいですけど、自分が勝負できそうなところで勝負したかったというか。もちろん上を見れば上はたくさんいるわけですけど、その中でも自分が頑張ったらできそうなことを選択しようと思いました。
「障がいに応じて工夫をしながら」パラ馬術の見どころ
――パラ馬術の見どころを教えて下さい。
動物と一緒に動いているので、いかにきれいに魅せるかっていうのが大事でして、特に演技の迫力は映像でも観るのと生で観るのとでは違うので、是非そういった部分はみて頂きたいところかなとは思いますね。
――選手の障がいの度合いによって異なる部分もあるんですか?
僕は両下肢麻痺っていう障がいで、生まれつきのものでした。ただ、中には元JRAの騎手で、落馬されてパラ馬術に転向された方なんかもいらっしゃって、個々の障がいに応じて工夫をしながらベストな演技を目指しています。そこは健常者の馬術とは違ってパラ馬術ならではだと思います。
――ご自身の強みを教えて下さい。
演技中のことで言うと、僕は常歩(なみあし)と速歩(はやあし)っていう二つの歩様(ほよう)を使い分けて演技するんですけど、常歩から速歩、または速歩から常歩の移り変わりの綺麗さをぜひみていただきたいです。
――馬術というと、やはりどうしてもお金がかかってしまいそうなイメージがあるのですが、実際どれくらいかかってしまうんでしょうか?
試合に出る回数とかによって変わりますね。今は東京パラリンピックがあるので、海外遠征の費用とかは協会で持ってもらっているんですけど、馬にかかる維持費は月30、40万とか、プラスアルファ試合に出る費用や道具の買い替えも必要になってきます。総額するとかなりの額になってきますね。また、馬も一頭だけじゃなく、馬自体の体調が悪い時もあるので、何かあった時のためにエントリーするために複数馬用意しています。
――パラ馬術の認知度の広まりについて、感じられるところはありますか?
最近は色々な方面からお話をいただくので、自分が思っている以上のものが生まれているのかなと思います。僕自身は何か特別なことをしているつもりはないですし、自分が競技を続けていくためにはどうしたらいいかっていうことを思いながら、できることをやっていくだけなので、あまり実感はないですけど、反響をいただくと嬉しいですね。
――コロナによる練習への影響はありましたか?
1回目の緊急事態宣言の時は2ヶ月くらい馬に乗れない時期がありましたね。2回目の緊急事態宣言が出た時には静岡にいたので、実家には戻らないでずっと練習しています。1回目の緊急事態宣言時には焦りも多少感じましたけど、その時にしかできないことをやろうと思って動いていましたし、今は練習もできているので、この調子を維持していい準備をしていければなと思います。練習ができなかった時期は個人のホームページを立ち上げさせてもらったり、業務提携をしてくださる企業さんが増えたり、毎日練習に追われていればなかなかやりづらかったことをできたので、無駄な時間ではなかったかなと思います。
――東京パラリンピックに向けて意気込みを教えて下さい。
パラリンピックでメダルを獲得した選手はこれまでいないので、そこにチャレンジして行きたいです。徐々に良くなってきている部分は普段の練習の中で増えてきてはいるので、いかに試合会場で出せるかにかかってくるかと思います。あとは東京で終わりじゃなくて、東京で結果を残して、そこからがスタートだっていうくらいの気持ちで活動していきたいです。
――競技外で叶えたい夢も教えて下さい。
今は競技者としてではありますけど、発信をしていって、同じような境遇の方や、そうでなくても見ている方に何か感じてもらえるようなことを続けて行きたいと考えています。
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