9秒台が取りざたされる100mの日本記録は18年も前のもの

 日本人初の9秒台を記録するのはいったい誰なのか? 

 2016年、もはや時間の問題と思われていた男子陸上100mの新記録の声はまたしても次のシーズンに持ち越しとなった。現在の日本記録は10秒00。1998年12月、タイの首都バンコクで開催されたアジア大会において伊東浩司(現日本陸連強化委員長)が樹立したレコードであり、あれからすでに18年の月日が経過している。

 昨夏のリオデジャネイロ五輪の男子4×100mリレーで歴史的な偉業(銀メダル獲得!)を達成した現在の日本スプリンター陣は近年になく層が厚い。メダリストである桐生祥秀(10秒01)か、山県亮太(10秒03)か、ケンブリッジ飛鳥(10秒10)とタレントが揃っており、10代にもサニブラウン・アブデル・ハキーム(10秒22)など、原石が目白押しだ。いずれにしても今年もまた彼らのレースには熱い視線が注がれることになるだろう。

 しかし、トラック&フィールドの他の種目を注視すると長い間、破られていない不滅の記録に目が止まる。18年どころではない。現時点における最古の日本記録は1979年4月22日、静岡リレーカーニバルで川崎清貴が樹立した男子円盤投げの60m22だ。実に38年前の記録がいまだ破られていない。現役当時198センチ100キロという日本人離れしたサイズを誇り、日本人初となる60m超えを果たした(余談だが、当時の全国紙のスポーツ欄を見ると同日に誕生した男子走り高跳びの日本新記録に大きく誌面は割かれており、川崎の快挙は数行のベタ記事扱いだった)

 なぜこれほどまでに長期間、記録は破られていないのか? そもそもパワーとスピードが要求される円盤投げは世界と戦うには手足の短い日本人アスリートは身体的な特徴から不利な種目だと言われている。腕力があり、リーチの長い選手のほうが強い加速と遠心力を生かして遠くに円盤を飛ばせるからだ。実際、記録面においても世界との隔たりは大きい(円盤投げの世界記録は74m08)。専門的な指導者の数も少なく、よって競技人口も少ない。円盤投げ、ハンマー投げ、砲丸投げ、やり投げといった投擲種目はトラック種目よりも危険を伴うため、安全性の確保が必要となり、練習施設も限られる。実際、競技を行うどころか、円盤やハンマー、やりといった競技用具に触れる機会自体も少ない。必然的に投擲選手が育ちにくい環境にある。

30年以上、日本記録が更新されていない種目も

©Getty Images

 まるで博物館のショーケースに陳列されたかのような38年前の偉大な記録を追い掛けるのは、歴代3位の記録(60m05)を持つ堤雄司、同4位(58m36)の知念豪など。特に堤は練習では優に60mを超えるパフォーマンスを見せており、今年こそ歴史を塗り替えるビッグスローに期待したい。

 円盤投げ同様、高度な技術が要求される三段跳びもまた男子は30年前の日本記録が現存している。山下訓史が1986年の日本選手権で樹立した17m15だ。以後、30年間で17m以上を跳んだ選手は山下以外にわずか1人しかいない。さらに言えば、日本歴代トップ10内には45年前に井上敏明が跳んだ16m67という記録がいまだに残っているほど。いかに記録が出にくい競技であるかが分かるだろう(世界記録は1995年に樹立された18m29で21年間、破られていない)。

 三段跳びもまたスピードに加え、瞬発力や跳躍力が求められる特殊な競技だ。現在、高校の指導者でもある山下自身、「この競技で世界と互角に戦うには100mを10秒台前半で走り切るスピード、走り高跳びで2mを超えるだけの跳躍力が欲しい」と語っている。円盤投げ同様、専門の指導者が少ないため、三段跳びに取り組む選手が少ないのが現状なのだが、その中でも山下の長男でリオ五輪に出場した筑波大4年の山下航平(ベストは16m85)、16m10の高校新記録を樹立後、順調に記録を伸ばしている順天堂大3年の山本凌雅(同16m68)など、光る原石はいる。今年こそ、彼らのさらなる“飛躍”に期待が集まっている。

 今年の夏、ロンドンで陸上ファン待望の第16回世界陸上選手権が開催(8月4日〜13日)される。それに先立ち、6月23日から大阪のヤンマースタジアム長居では日本選手権も行われる予定だ。まばたきほどの0.01秒を競い合うトラック種目同様、極限の1センチにこだわるフィールド種目のパフォーマンスも見逃せない。


VictorySportsNews編集部