男子中距離の中学記録が続々と塗り替えられる
2016年、陸上関係者の間で大きな話題となる出来事があった。リオデジャネイロ五輪での男子4×100mリレーにおける銀メダル獲得、という偉業ではない。中3男子の中長距離界の話である。
中学生年代における男子中長距離の正式な種目は800m、1500m、3000m。そのいずれにおいても従来の中学記録が大幅に更新されたのだ。それも複数の選手によって。
まず7月16日、岩手県中学総体1500mにおいて佐々木塁(河南中)がスタート直後から飛び出す積極的なレースを展開。後続をぶっちぎる独走で3分53秒69という大記録を打ち立てた。すると7月27日には愛知県中学総体800mで馬場勇一郎(上郷中)が抜群のスタミナと終盤になっても衰えないスプリント力を発揮して1分52秒43をマーク。33年もの間、破られることのなった難攻不落の中学記録(1分53秒15)を一気に更新した。さらに10月11日にはいわて国体少年B3000mで林田洋翔(桜が丘中・長崎県)がラスト200mからロングスパートを仕掛け、8分19秒14とそれまでの記録を2秒以上縮める中学新記録を打ち立てたのである。
この3選手に加え、服部凱杏(千種中・愛知県)は1500mで歴代2位、3000mで歴代8位となる好記録をマーク。全国中学陸上選手権1500mでは前出の馬場、林田、佐々木を抑えて堂々の優勝を果たしている(12月に行われた全国中学駅伝第1区においてもライバルたちを抑え、区間賞を獲得)。
彼ら4人はすでに中学1、2年時から頭角を現しており、幾度か同じレースを走って、勝ったり負けたりを繰り返しているライバル同士の関係だ。同級生ランナーの好記録がアスリート魂に火を点け、新記録の樹立の原動力になったことは想像に難くない。
突如現れた黄金世代を日本のエースに育てられるか
走るたびに記録を更新するなど、まさに伸び盛りの世代。ただし、そこはまだ15歳だ。中学新記録は確かにとてつもない偉業と言えるが、手放しで喜んでばかりはいられない。ランナーとしてこれからさらに成長していくためには、さまざま壁が待ち構えているからだ。
まず中学から高校年代の成長期に起こる体の変化には十分なケアが必要となる。思わぬ故障につながりかねない。高校進学による環境の変化もタイムに影響するだろう。記録を伸ばしていく上ではよい指導者に巡り会うことも重要となる。中学チャンピオンゆえに周囲からのプレッシャーも大きくなるかもしれない。そういった意味でもメンタル面でのケアは実は最も大切になる。
400mハードルで3度の五輪出場を果たし、世界陸上では2度も銅メダルを獲得した為末大は中学3年時に200mで中学新(当時)をマーク。短距離以外にも走り幅跳びなど、その他、複数種目で中学ランキング1位となるなど、怪物と呼ばれた早熟のアスリートだった。その後、多くの壁にぶつかりながらも紆余曲折を経て、種目を変更しながらも世界のトップアスリートへと成長を遂げた。しかし、過去の記録を紐解いていくと、中学年代で新記録を樹立した選手の中にはオーバーワークから生じたけがや燃え尽き症候群といった精神的な影響から、早々と競技を離れてしまったケースも多々ある。
中学の男子中長距離界の歴史を動かした4人。新記録にこそ絡めなかったが、彼らと切磋琢磨し、わずかの差でレース後に悔し涙を流したランナーは実は他にも大勢いる。それほどまでに現在の中3世代は近年の中でも群を抜くレベルにある。そのいずれもが特別な才能を持ち主であり、無限の可能性を秘めた金の卵たちであることに変わりはない。
現時点での彼らの進路先は不明だが、おそらくは多くの選手が陸上の強豪校へと進学することになるのかもしれない。将来的に800m、1500mの中距離種目、それとも5000mといった長い距離を目指すのか、今後は適性も問われてくることになるだろう。どんなランナーへと成長していくのか、黄金世代の今後を注意深く見守りたい。