アイスリンク仙台は4歳でスケートを始めた羽生の原点だ。2011年3月11日の東日本大震災では練習中に被災。カナダへ拠点を移した後も利用者の減少で厳しい経営が続くリンクへ自著の印税を3千万円以上寄付してきた。「ここで練習できることが特別。昔みたいに、いろんな選手と練習する機会はなくなったけど、地元を離れず、地元で練習しても自分を高めていける特別な感情がある。大好きな故郷を少しでも支援していく活動を含め、頑張っていきたい」。そんな思い入れのある舞台から始まったプロスケーターとしての第一歩に38社88人の報道陣が集結した。


 午前11時37分、羽生がリンクサイドに姿を見せた。「フィギュアスケートって華やかなイメージがあると思うんですけど、こんなに泥臭い、本当にもう必死にもがいて練習している姿があるんだなっていうのを見ていただきたいと思った」。トランクから用具を取り出し、ウォーミングアップへ。普段通りの姿を惜しみなく公開。柔軟を一つ取っても肩甲骨の可動域の広さ、左右上下に激しく両手を振ってもぶれない体幹の強さ、陸上での3回転半ジャンプも回転軸は美しく、改めて全てが一級品であることがうかがえた。


 午後0時11分、ついに氷上に立った。ライブ配信のため、事前に楽曲使用の手続きを済ませた音楽を自ら機材を操作。北京冬季五輪のフリー「天と地と」の後半部分の曲を流し、4回転―3回転の連続トーループ、4回転トーループ―1オイラー―3回転サルコーを決めるなど、徐々に自身のボルテージを上げると、まず目を引いたのが2017年世界選手権で逆転優勝を決めたフリー「ホープ&レガシー」だ。自身が世界で初成功させた4回転ループを3回転トーループとの連続ジャンプにして鮮やかに着氷。試合では見せることのなかった超大技だが「ポテンシャルとしてここまであるぞというのを見せたかった」。その後、競技会では最後まで決めることができなかったクワッドアクセル(4回転半ジャンプ)を何度も挑戦。その姿に羽生が目指すプロスケーター像が浮かび上がった。


 ウォーミングアップ段階で6万人を突破していた公式チャンネルの視聴者はあっという間に10万人超に。チャット欄には日本語だけでなく、中国語、英語、韓国語で「本当に無料でいいの」などのコメントがあふれた。そんな中、この日最大のハイライトを迎える。18年平昌五輪のフリー「SEIMEI」。羽生の息づかいからおなじみのポーズで始まるプログラムはすぐに熱を帯びた。1度目、演技後半の4回転サルコーが2回転となり、空中で「アッ」と声を漏らす。すぐに音楽をかけ直し、2度目へ。しかし、今度は4回転トーループが両足着氷となり「もう一回最初から」「ラスト」と自らを鼓舞する声がリンクに響いた。勝負の3度目。4本の4回転を含む8本のジャンプを全て決めた。息絶え絶えに膝に手をつきながらも「まさか3回もやるとは。普通にトレーニングだった」と語る表情には安堵の笑みが浮かんだ。そして公開練習後の囲み取材で、完璧な内容にこだわった理由を「平昌五輪のときと同じ構成の『SEIMEI』をノーミスするってことが今回の目標であって。あのときよりもうまいんだっていうことを証明したいみたいな、自分の中でそういう強い意志があった」と明かした。


 濃密すぎる1時間40分間にプロスケーターとしての矜持を見た。未完に終わっている前人未到の大技についても「絶対にクワッドアクセルを降りる姿を見ていただけるよう、死にもの狂いで頑張っていきたい。プログラムの中で跳ぶ機会があれば一番ですが、まだその確率になっていないし、今日もやったけど、頑張ってもまだ(昨年末の)全日本選手権の時の4回転半くらいにしかなっていない。左足にかなり負担がかかる。でも全日本のころよりは左足も良いし、右足首も良くなっているので挑戦できている。これからも平昌五輪の経験など学んだことを生かして、もっとうまくなっていきたい」と言い切った。


 フィギュアスケーターとしての第2章を進め始め、どんな今後を描いていくのか。「ある程度、年内の方はめどが立ってきた。実際に年内にこれをやりたい、あれをやりたいというのは、ちょっとずつ決まってはきていて、それのための練習もしている。ただ、告知する時はまた改めて告知させていただこうかっていうふうに思ってるんで、まだ内緒です」。千両役者の一挙手一投足にはこれからも目が離せない。

VictorySportsNews編集部

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