今やヤクルトの中心的存在が22歳のスラッガー、村上宗隆なのは、誰もが知るところと言ってもいいだろう。なにしろ今季は日本球界18年ぶりにして、史上最年少の三冠王を獲得。1964年に読売ジャイアンツの王貞治(現福岡ソフトバンクホークス取締役会長)が樹立した55本塁打の日本選手最多記録をシーズン最終戦の最終打席で塗り替えるまで、終盤は連日のようにその動向がニュースなどで取り上げられた。

 神がかった活躍で「村神様」の異名も定着した村上には、このCSファイナルステージでも当然のように大きな期待がかけられていた。ところが12日の第1戦ではそのバットから快音は聞かれず、4打席2打数無安打、2四球1三振。代わりに試合の行方を決定付けたのが、その後を打つ5番バッターだった。

 この試合、阪神の先発ピッチャーは西勇輝。今季は9勝9敗ながら防御率2.18はリーグ2位。対ヤクルト戦でも3試合で1勝1敗、防御率0.86とよく抑えていた。その西は初回、簡単に2死を取りながらも3番の山田哲人を四球で歩かせると、4番の村上には慎重な投球に終始してフルカウントからフォアボール。ここで打席に入ったのが、5番のホセ・オスナである。

 この状況はある程度、想定内と言っていい。2020年から3年連続リーグ最多四球の村上は、今季は自己最多の118四球を選んでおり、その数はシーズン終盤、目に見えて増えていた。9月以降でいえば、今季55号を放った9月13日までは10試合で5四球(敬遠1)だったのに対し、その後の14試合で実に12四球(敬遠5)。4番が歩かされれば、おのずと5番のバットがカギを握る。この試合では初回からそんな場面が訪れたのだ。

「甘い球だけを狙っていた」というオスナは2ボールから外寄りの変化球を見逃し、カウントは2‐1。ここでインコースに食い込んできたシュートを引っぱたくと、打球はレフトスタンドに飛び込んだ。

「短期決戦で先制して、チームに勢いをつけたかった」という談話のとおりの先制3ランで、ヤクルトはこの試合のというよりも、シリーズの流れを一気に引き寄せた。続く第2、第3戦も制し、2年連続のファイナルステージ3タテで日本シリーズに進出。第2戦でも2ランを打ったオスナがMVPに輝くのだが、彼に限らず、このシリーズでは「村神様」以外の選手たちの働きが光った。

 7番のドミンゴ・サンタナは“相棒”のオスナに負けじと、第1戦で犠飛と2ランによる3打点をマーク。今季、入団7年目にして自己最多の118試合に出場した山崎晃大朗は、第1戦で2回に追加点となるタイムリーを放つと、第2戦ではレフトの守備で頭上を越えようかという飛球を、フェンスにぶつかりながらグラブに収めるファインプレーもあった。

 今季初めてショートのレギュラーに定着した21歳の長岡秀樹は、雨の中で行われた第2戦ではエラーもあったものの、その試合でソロホームランを含む2安打としっかりとバットで借りを返してみせた。第3戦で山田の代わりに3番セカンドで先発出場して初回にヒットを打った宮本丈は、7回の打席では粘りに粘って四球で村上につなげ、ガッツポーズをつくった姿も忘れられない。

「村神様」を中心に、チーム一丸となって

 もっとも、このシリーズで村上がまったく目立たなかったかというと、決してそんなことはない。ノーヒットに終わった第1戦でも、前述のとおり第1打席の四球でオスナの先制3ランをお膳立てすると、第2戦では3回に藤浪晋太郎から逆転2ラン。外角低めのストレートをレフトスタンドに運ぶ村上らしい一発で、ヒーローとして試合後のお立ち台にも上がった。

 だが、最も感動を呼んだのは、ヤクルトが3連勝で日本シリーズ進出を決めた第3戦の最終打席だろう。この試合、今季13勝(4敗)、防御率2.05、勝率.765と3部門でタイトルに輝いた阪神の先発・青柳晃洋に、ヤクルト打線は6回まで散発の3安打のみと抑え込まれていた。

 思わぬチャンスが訪れたのは7回。3つの四死球に相手のエラーが絡んで2点を返し、1点差として青柳をマウンドから引きずり下ろす。さらに2番手の浜地真澄から、これも前述のとおり宮本が粘った末に四球を選び、これで2死満塁。絶好の場面で4番の村上に打順が回る。劇的な一発を思い描いたファンも多かったはずだ。

 ところが村上はカウント2-2から外寄りのストレートを引っかけ、ボテボテのピッチャーゴロ。そこからがスゴかった。一塁ベースに向かって全力疾走して最後は頭から飛び込むと、慌てた浜地のグラブトスが大きく逸れて3人のランナーが一気に生還。前日のヒーローインタビューで「この短期決戦は勝てればいい」と話していた男は、仲間がつないでつくったチャンスを思わぬ形で生かした逆転劇に、ユニフォームを泥だらけにしながら塁上で破顔一笑した。

「前の各打者の方々が必死に必死に粘って、何とかつなぐんだっていう姿勢を間近で見てましたし、その気持ちを背負って打席に立ったんですけど。いいヒットじゃなかったんですけど、それも野球なので、僕の中では満足してます。はい、よかったです」

 らしくない形の“決勝打”(記録はワンヒットワンエラー)を、村上は試合後の記者会見でそう振り返っている。髙津臣吾監督はこれに先立ってグラウンドで行われたインタビューで「ムネ(村上)が素晴らしい当たりを最後ね、打ってくれたんで。持ってる男ですね。ナイスバッティングだったと思います」とイジっていたが、その後の言葉が彼の価値を物語っていた。

「ムネだけじゃなくベンチ一丸となってね、チーム一丸となって、お客さんの後押しもあって、あのイニング(7回)に得点することができたと思いますし、あのムネの素晴らしいヘッドスライディングでね。何度もムネの話をしてしまいますけども、ホントに全力でやってるその姿、そのものだと思います」

 村上だけではない。ただし、村上の存在なしに勝てたわけではない。2年連続でオリックス・バファローズと戦う日本シリーズでも、髙津監督率いるヤクルトは「村神様」を中心に、チーム一丸となって戦う。あの野村克也監督の時代にも成しえなかった、球団史上初の2年連続日本一を目指して──。

(了)


菊田康彦

1966年、静岡県生まれ。地方公務員、英会話講師などを経てメジャーリーグ日本語公式サイトの編集に携わった後、ライターとして独立。雑誌、ウェブなどさまざまな媒体に寄稿し、2004~08年は「スカパー!MLBライブ」、2016〜17年は「スポナビライブMLB」でコメンテイターも務めた。プロ野球は2010年から東京ヤクルトスワローズを取材。著書に『燕軍戦記 スワローズ、14年ぶり優勝への軌跡』、編集協力に『東京ヤクルトスワローズ語録集 燕之書』などがある。