3連覇を目指した二松学舎大付は東東京大会3回戦でシード校の堀越と対戦。この一戦は延長戦にもつれ込んだ。10回表、タイブレーク(ノーアウト一、二塁から攻撃開始)に突入した10回表、二松学舎大附が3点を奪った。

 しかしその裏、平凡なフライをライトがエラーした直後にエースの重川創思がマウンド上で倒れ込んだ。熱中症によって足が攣り、降板することになった。リリーフに立った投手がツーアウト二塁から三遊間にゴロを打たせたが、ショートが一塁に悪送球。二塁ランナーがサヨナラのホームを踏んだ。春夏合わせて5大会連続での甲子園出場を阻まれた二松学舎大付の市原勝人監督はこう言った。

「ライトのエラーが出た瞬間に、重川の緊張の糸が切れたのかもしれませんね。この暑さ、この緊張感のなかで、高校生にもうひと踏ん張りしろというのはあまりにも酷でしょう」

 厳しい暑さの中で行われた地方大会の過酷さを象徴する言葉だった。

 自身にもプレイ経験があり、炎天下での指導を30年以上行ってきた監督やコーチは「これまで経験したことのない暑さ」と口を揃える。各校はどんな暑さ対策をしているのか。2020年、西東京独自大会で準優勝した佼成学園の藤田直毅監督はこう言う。

「ここ数年で、さらに暑さが厳しくなっているように感じます。フィリピンなどのような亜熱帯気候になってしまったのかな、と。雨の降り方も異常ですよね。7月には1学期の期末試験もあり、毎年コンディション調整には苦心しています。今年は特に暑さが厳しかったので、グラウンド外での準備に心を配りました」

 同校では自宅から学校に通えない選手のための寮がある。

「大会前、自宅生のピッチャー陣を寮に入れて、徹底的に体調管理をしました。朝と夜には疲労回復のために漢方薬を飲ませ、アミノ酸を摂らせるようにしました。全国優勝経験のあるアメフト部と情報交換をしながら、準備をしました」

 今年から、西東京、東東京大会では5回が終了したところで10分間のクーリングタイムが設けられた。

「プロ野球選手や大学生と比べれば、高校生には体力がない。この暑さの中での試合は、厳しいものがある。クーリングタイムが導入されたことに違和感はなかった。選手たちの健康を考えれば、本当にありがたかったですね」

 もちろん、初めての試みには不安もあった。

「試合途中に10分間も空くことによって、試合の流れが変わるんじゃないかという声も聞きます。ピッチャーはその間にキャッチボールなど準備をしたほうがいいというアドバイスもいただきました。でも、うちでは体を休めることを優先しました。そうしないと、体も頭も動かない」

 選手の体を冷やす工夫をしているのはクーリングタイムの時だけでない。ベンチ入り20人全員で暑さ対策を行った。

「試合に出ている9人をベンチに控える選手たちが、担当を決めて、マンツーマン体制でケアしています。攻撃の時には体を休めて、頭とか首筋とかを冷やすようにしました」

 当然、ベンチの中での動きも変わった。

「暑さ対策とは直接関係ないかもしれないけど、攻撃の時、ベンチ前で円陣は組まないし、声がけもしない。気合を入れる儀式みたいなことは特にしませんね。戦術の徹底は試合の前にできますから。指示すべきことがある場合には口頭でひとりひとりに伝えるようにしています。とにかく、水まわりのスペースを広くとっていつでも水分をとれるように、選手たちが極力リラックスできるように心がけています」

 佼成学園は激闘を潜り抜けて、西東京大会でベスト8に進出した。

「炎天下で5試合を戦いましたが、うちでは熱中症の症状が出た選手はひとりもいませんでした」

 8月6日に開幕した第105回全国高校野球選手権記念大会。今回、投球制限、故障予防の観点から、ベンチ入り人数が18人から20人に増えた。5回終了時点から10分間、クーリングタイムが設けられた。一、三塁側通路にスポットクーラー、送風機、冷凍庫。サーモグラフィーなどが設置された。

 しかし、暑さ対策はまだ十分だとは言い難い。開幕試合では、土浦日大が1人、上田西1人、第2試合の共栄学園1人、聖光学院3人と2試合で計6人、熱中症の症状のためにベンチ裏で理学療法士の処置を受けたと発表された。6選手のアクシデントはいずれもクーリングタイムの後だった。足を攣る選手が続出したため、新しい試みに対する疑問の声も上がった。しかし、今回の措置の成否を判断するのにはまだ時間がかかる。今は推移を見守るしかない。

 佼成学園の藤田監督が言う。

「西東京大会前に土浦日大と練習試合をしたんですが、エースの林晃大を一度降板させてファーストに回して、ベンチにいる間に機械をつかって刺激を与えてからマウンドに戻したらいいボールを投げました。1イニング投げなかっただけなのに、体力が戻り球速が上がった。そういう選手もいるんだなと勉強になりました。今後もいろいろなことを試してみる価値はあると思います」

 ここ数年の気候変化のスピードはすさまじく、夏の暑さ対策についての正解はまだ出そうにない。高校野球との暑さとの戦いはこれからも続く。


元永知宏

1968年、愛媛県生まれ。立教大学野球部4年の時に、23年ぶりの東京六大学リーグ優勝を経験。出版社勤務を経て、スポーツライターに。 著書に『期待はずれのドラフト1位』『敗北を力に!』『レギュラーになれないきみへ』(岩波ジュニア新書)、『殴られて野球はうまくなる!?』(講談社+α文庫)、『荒木大輔のいた1980年の甲子園』『近鉄魂とはなんだったのか?』(集英社)、『補欠の力』(ぴあ)などがある。 愛媛のスポーツマガジン『E-dge』(愛媛新聞社)の編集長をつとめている。