両校の選手たちが仲間のプレイをからかいながら、拍手しながら、試合は進んでいく。佼成学園の先発マウンドに立ち、2イニングを0点で抑えた石田凛は言う。

「Aチームの練習試合では何度か登板したことがありますが、公式戦では投げることができませんでした。最後のマウンドで、しっかり腕を振れたのでよかったです。みんなでワイワイ盛り上がって、楽しかった。今後、野球を続けるかどうかはわかりません。まず進学先を決めないと」

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で、今年の夏の甲子園は開催されなかった。各都道府県で独自大会が開かれたが、勝ち上がっても〝聖地〟に立つことはできない。絶望的な思いを味わった3年生たちは、気を取り直して最後の夏の大会に臨んだ。

 今回は各都道府県の高校野球連盟の判断で、ベンチ入りの人数も登録の方法も違った。例年、大会前に20名(あるいは18名)の登録メンバーが決まれば、故障や病気以外で入れ替えることはできない。だが、今回は「3年生のために」、試合ごとの入れ替えが可能になった。

 西東京大会の初戦はスタンドから声援を送った石田だが、2回戦で背番号をつけてベンチに入ることができた。その石田が言う。

「いつもの年だったら、登録メンバーが決まってしまえば20人だけの練習になりますが、今年は最後まで全員で練習することができました。みんなで練習して、試合に勝って、全員で喜べたのがよかった。一体感がありました」

 佼成学園は、2年生、3年生だけでも部員数が70人を超える。「全員野球」の実践はなかなか難しい。勝利を目指せば、レギュラー中心の練習メニューにならざるを得ない。試合に出る選手、控え選手、ベンチに入れない選手……どうしても温度差があるものだ。

 春先から3カ月以上にわたる部活動自粛期間、オンラインを駆使しながらチームをまとめたキャプテンの小柴滉樹は言う。

「この試合の前に3年生全員でシートノックをやって、『これで終わりなんだな』と思いました。みんなで試合ができる場を作ってもらって感謝しています。入学したときとは違うポジションを守っていたり、フォームが変わっていたりする者もいます。でも、みんな、成長しましたね」

自粛期間で成長したチーム。監督の想い

 昨秋の東京大会でベスト16に終わった佼成学園は、3年生にとって最後の公式戦となる西東京大会の1回戦で、昨夏の王者・國學院久我山を撃破。準々決勝で日大三、準決勝で昨秋の東京王者・国士館を下した。だが決勝戦で、強豪の東海大菅生を9回ツーアウトまでリードしながら、追いつかれて敗れた……。

 3年生全員のベンチ入り、日大三からの勝利、優勝という3つの目標を掲げて戦った佼成学園は、最後の大きな壁を乗り越えることができなかった。小柴は言う。

「夏の大会の組み合わせ抽選のあと、この3つの目標が決まりました。もともと藤田直毅監督が『全員野球』を掲げているので、自然と『全員ベンチ入り』が一つ目の目標になりました。日大三戦まで勝ち上がれば、全員がベンチ入りできることがわかっていましたから。いろいろな思いを持った選手が入れ替わったので、1試合1試合、フレッシュな気持ちで戦うことができました。3年間一緒に戦った仲間と、公式戦のグラウンドに立ててよかった」

 もし初戦で敗退していたら、「全員ベンチ入り」は絵に描いた餅に終わっていた。勝ち上がることで3年生全員のベンチ入りを果たし、チームがまとまっていった。西東京での優勝、甲子園出場という目標を後輩に託して、この日、37人の3年生はユニフォームを脱いだ。

 立教大学の助監督、社会人野球のリクルートの監督を務めたあと、1999年から佼成学園の指揮をとる藤田監督は言う。

「今日はみんな明るくプレイしたけど、もうユニフォーム姿で会うことがなくなるかと思うと、さびしいね。この試合に出たのは高校でなかなか出番に恵まれなかった選手たち。実にいい表情をしていました。みんな、子どものころはこういう顔で野球をしていたのかなと思うと、『普段からそうさせないと』と感じますね。勝つためにチーム内の競争があるのは仕方がない。だけど、野球は難しい顔をしてやるものじゃない。西東京大会では優勝に届かなかったけど、みんな、いい顔で引退できましたね」

 昨秋ベスト16に終わったチームは、3カ月以上の自粛期間を経て、大きく成長を遂げた。
「この半年足らずの期間で、選手は自立しました。ずいぶん、大人になったね。長い自粛期間は、全体練習もできないし、チームメイトと顔を合わすこともなかったけど、ケガをすることもなく、夏の大会に乗り込んで準優勝という結果をつかむことができた。これは、選手たちが自立した結果だと思う」

 この半年、57歳の藤田監督が生徒に教えられたことはたくさんある。
「佼成学園はずっと全員野球を掲げていますが、これからもこのやり方でいいんだと確信できました。これからも形を崩すことなく、全員野球で戦っていきたい。練習する機会も試合での出番も、できるだけ全員に与えながら。
 僕は指導者としては晩年にさしかかっているけど、選手たちを成長させる法則というものをかなり得られたと思う。高校生は成長するんだよ、本当にびっくり。これまでやってきたことのなかで、いいものは残しつつ、『もっと選手に任せなきゃ』と思いました。そんな夏でした」

 実践学園との最後の試合を終えた選手たちを集めて、藤田監督は「ラストメッセージ」を送った。

「今日対戦した実践学園の生徒も、全国にいる高校3年生も、私にとっては同じだ。2020年の高校3年生には、輝いてほしいと思う。そういう人生を送ってほしい。野球を続ける者、社会に出てビジネスを志す者もいると思うけど、必ず輝いてほしい。
 もし、今年と同じように困難なことがあったら、きみたちが立ち上がって、そのときの学生たちを助けてやってあげてください。どんな形でもいいから。それをしてくれたら、きみたちの人生は最高のものになると思う。そのことを忘れないでください。子どもたちの世代をきみたちが必ず守ってあげてほしい」

 この言葉を選手たちはどんな思いで聞いただろうか。佼成学園の選手たちだけでなく、全国の球児に届くことを願っている。

佼成学園・藤田直毅監督

元永知宏

1968年、愛媛県生まれ。立教大学野球部4年の時に、23年ぶりの東京六大学リーグ優勝を経験。出版社勤務を経て、スポーツライターに。 著書に『期待はずれのドラフト1位』『敗北を力に!』『レギュラーになれないきみへ』(岩波ジュニア新書)、『殴られて野球はうまくなる!?』(講談社+α文庫)、『荒木大輔のいた1980年の甲子園』『近鉄魂とはなんだったのか?』(集英社)、『補欠の力』(ぴあ)などがある。 愛媛のスポーツマガジン『E-dge』(愛媛新聞社)の編集長をつとめている。