グリーンカード

 デンバーが気に入った本間は、取り敢えずモーテルに宿泊しながら、合気道を教える場所(スポーツジム)がないかとコロラド州内を探し回った。デンバー市内の安アパートを借りて、しばらく呑気に暮らしてしたが、しかしそのままアメリカに住み、働き続けられるわけではない。

 外国人が働くためにはグリーンカード(永住権)を取得する必要がある。移民局が発行するそのグリーンカードを取得することによって仕事に就くことができるのだ。

 仕事を求めてアメリカに渡ってきた外国人にとって、グリーンカード(永住権)を取得することがまず第一の目標となる。
だがこのグリーンカード取得は簡単ではない。厳しい審査がある。元米軍基地格闘技師範の経験だけでは、右から左に許可は出ない。

 どうしたものかと思案しているうちに1年が過ぎた。日本から持ってきた蓄えが底をついた。このままでは不法滞在者として日本に強制送還される。一時帰国するしかない。いったん日本に帰り、再渡航の資金を蓄えてグリーンカード取得の準備をするのだ。

青ヶ島

 日本へ帰った本間は再渡米の資金を稼ぐべく、とにかく日当の高い仕事を探した。そして見つけたのだ。伊豆諸島最南端の青ヶ島(東京都青ヶ島村)での護岸工事作業である。その仕事では本土の2倍以上の給料が貰えるとの情報だった。手っ取り早く資金を作るには悪くない。

 東京竹芝桟橋から大型のフェリーで八丈島まで行き、八丈島からは十人乗りの小さな船に乗り継ぎ、本間は青ヶ島に向かった。青ヶ島は太平洋に浮かぶ小島で、その昔は罪人(政治犯)の流刑地であったという。

 その島では様々な男が働いていた。刑務所から出てきた元服役者や元ヤクザ、あるいは元全学連幹部そして元相撲取り……過去を捨てた逃亡者たちの吹き溜まりのような世界だった。

 寝泊まりする飯場はまさに掘立小屋のたこ部屋である。屋根はトタン板、壁は薄い板が打ち付けてあるだけ。雨が降れば雨漏りがし、板壁の隙間からは風雨が吹き込む。夜中に大雨が降ると寝ることが出来なかった。それに加えて大きな蜘蛛やトカゲあるいはムカデなどが飯場の中をうろうろしていた。

寡黙な男

 青ヶ島での護岸工事作業は極めて厳しいものだった。ロープで身体を縛り、20キロ余の削岩機を手に持ち、30メートルはあろうかという切り立った断崖絶壁の上から昇降し、足を踏ん張って削岩機のドリルで絶壁の岩にダイナマイト挿入の穴を開ける。

 そしてその穴の中にダイナマイトの発破を仕掛けて爆発させる。爆発後はコンクリートミキサーからホースで送られてくる生コンクリートを、平らになった岩肌一面に吹き付ける。悪天候でない限り、その命がけの作業は毎日行われた。週末の休息日などなかった。飯場の人夫達は、仕事を休むより一日でも多く働いて一円でも多く稼ぎたかったのである。

 本間が青ヶ島へ来て1カ月ほど経った頃、ひとりの男が現れた。佐藤(仮名)は寡黙な男であったが、知的な雰囲気を漂わせていた。博学であり、夜は静かに本を読んでいた。そしていつも澄んだ目で遠くを眺めている。本間は不思議な思いで、の男の様子を眺めていた。

 ある日の夕食時、ラジオのニュースが流れた。「日本赤軍、日航機をハイジャック。ダッカ空港で同志の釈放と身代金要求。日本政府『超法規的措置』で要求を受諾」。

 すると、本間の目の前で食事をしていた佐藤の手が止まった。茶碗と箸を持ったままラジオの声に耳をそばだたせている。そのニュースが終わると、深く息をして、少し微笑んだように見えた。

 夕食後、本間は政治問題について佐藤に質問してみた。彼は控えめであるが、理路整然と分かり易く説明してくれた。本間は目から鱗が落ちる思いで彼の話に耳を傾けた。

 その日以来、本間は毎日の夕食が楽しみになった。ラジオから流れるニュースを話題に、国内政治問題や国際情勢、あるいは経済問題など分からないことがあると、本間は佐藤に質問した。そんな本間に、佐藤はいつも優しく微笑みながら解説するのだった。

Vol.23に続く

Project Logic+山本春樹

(Project Logic)全国紙記者、フリージャーナリスト、公益法人に携わる者らで構成された特別取材班。(山本春樹)新潟県生。外務省職員として在ソビエト連邦日本大使館、在レニングラード(現サンプトペテルブルク)日本総領事館、在ボストン日本総領事館、在カザフスタン日本大使館、在イエメン日本大使館、在デンバー日本総領事館、在アラブ首長国連邦日本大使館に勤務。現在は、房総半島の里山で暮らす。