コロナ禍もある程度落ち着いた今、大谷のプレーを生で見ようと現地までMLB観戦に訪れるファンも増えているというが、そのMLBと今年1月に国際パートナーシップを締結したのが、旅行業界最大手のJTBだ。夏の旅行シーズン本格化を前に、大谷や山本由伸(ドジャース)、鈴木誠也(シカゴ・カブス)ら7選手のキービジュアルを用いて「メジャー観戦、初挑戦するならJTB。」とのメッセージを打ち出した同社に、今回の施策について聞いた。

「今年のレギュラーシーズンは、大谷選手のいるドジャースのホームゲームはすべてツアーを設定させていただいています。その他、ジュエリーイベントと呼ばれる特別な試合はまた設定が別になりますが、おかげさまで3月のソウルシリーズ(韓国でのドジャース開幕2連戦)は定員の200倍以上のお申し込みをいただきましたし、オールスターゲーム(現地7月16日、テキサス)も設定人数を超えるお申込みがありました」

 そう話すのは、JTBツーリズム事業本部スポーツ・エンタテイメント共創部ホスピタリティプロジェクト長の五十嵐善寿氏。これまで同社でラグビーワールドカップ、FIFAワールドカップ、東京2020オリンピック、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)など数多くのスポーツイベントに携わってきた五十嵐氏が、MLBと交渉を始めたのは大谷が海を渡る以前のことだったという。

「2016年ぐらいだったと記憶しています。そこからコロナ禍もありましたけど(MLBのオフィスがある)ニューヨークに都度通っていましたし、2023年には(MLBが選手会と共催する)WBCもありました。その中でもっとしっかりと向き合いながらビジネスをしていきたいということをこちらから申し上げて、パートナーシップを結ぼうという話を始めたのが昨年(7月)のオールスターの時でした。そこから一気にこの契約が前に進んだというのは、やはり昨年のWBC日本代表の活躍、大谷選手の活躍というのがスピードアップさせたんだと思います」

五十嵐善寿 JTBスポーツビジネス共創部ホスピタリティプロジェクト長 (提供:JTB)

 JTBといえば、日本ではMLBがまだそこまで“メジャー”ではなかった1970年代から「メジャーリーグ観戦ツアー」を企画していた、この分野の老舗でもある。今回、MLBと国際パートナーシップ契約を結んだ狙いはどこにあったのか?

「今回の契約は日本国内だけでなく、アジア地域におけるオフィシャルパートナーシップなんですね。今は韓国の選手がサンフランシスコ・ジャイアンツ(イ・ジョンフ)やサンディエゴ・パドレス(キム・ハソン)にいますけど、韓国の方が大谷選手は見ずにサンフランシスコやサンディエゴに見に行きたいという、そういう需要もあります。野球は台湾でも人気がありますので、MLBを見に行きたいという台湾の方もいらっしゃいます。日本と大谷選手のいるロサンゼルスの往復だけでなく、実はいろいろな動きというか流れが生まれていて、そこもMLBさんとの契約の大きなポイントになります」

 さらにもう一つ。JTBの観戦ツアーにおける目玉と言えるのが、日本で唯一のMLB公認オフィシャルホスピタリティ&トラベルパッケージ提供会社だからできる「ホスピタリティ・パッケージ」だ。

「これはサッカーやテニス、F1など欧米では当然のように用意されているものなんですけど、観戦だけではなく、たとえばお食事やエンターテインメント、ギフトなどの付加価値がセットになったサービスになります。残念ながらホスピタリティ(おもてなし)という言葉自体が日本ではまだ浸透していませんので、たまにお話をさせていただくと『それって病院(ホスピタル)?』と言われたりもしますが(苦笑)、自分の中にはコンセプトがあって『期待、感動、余韻』だと言っています。期待を持って行っていただいて、現地で感動していただいて、帰ってきたら余韻に浸っていただく。この3つが揃ったらもう大成功だと思います」

 そのためにJTBの観戦ツアーにはチケット、ホテル、シャトルバスでの送迎に加え、オリジナルグッズのプレゼント、そして開場時間に先立って球場内のブルペン、トロフィー等の展示エリア、練習が行われていれば外野席からそれも見学できる同社専用のプリゲームツアーが組み込まれている。

「3月のソウルシリーズではお客様にグラウンドに下りていただいて、選手がバッティング練習しているところをケージの後ろで見ていただきました。その時、たまたまメディアの取材を受けていたお客様が第一声で『これだよ!この体験だよ!』っておっしゃったんですね。そのお顔とお声で『やって正解だったな』と思いました。これはMLBさんのご協力で日本では私どものお客様だけができたことなんですけど、せっかくこういう立場(オフィシャルパートナー)ですので、私どももMLB側に意見をぶつけて、妥協せずにいろいろな企画を考えていきたいと思っています」

 かつては自身も野球をやっていたという五十嵐氏は、MLBは「夢の国」だという。これまでテレビやスマホでしかMLBを見たことのなかった人々にも、実際にその「夢の国」に足を運んで、画面では分からないボールパークの空気や雰囲気も感じてほしい。そして、その第一歩に手を添え「ベースボールを楽しむ文化」をつくっていきたい──。「メジャー観戦、初挑戦するならJTB。」というコピーには、そんな思いが込められている。

「単なる試合観戦だけではなく、ホスピタリティ・パッケージということで、JTBだけのプライスレスな体験を提供していきたいっていうのが主眼にあります。MLB側には『もう勘弁してくれ』と言われるかもしれませんが、今後も交渉を続けて高みを目指していきたいと思っています。コロナ禍が落ち着いたとはいえ、円安もあってなかなか行きづらい部分もあるかもしれませんけど、初めての方にも『よかったね。また行きたいね』って思っていただいて、リピートしていただけるようなパッケージにしていきたいですね」

 JTBのブランドスローガンは「感動のそばに、いつも。」。さらなる感動を届け「ベースボールを楽しむ文化」を育むべく、大谷や今永も出場し大きな盛り上がりをみせたオールスターゲームが終了した今、五十嵐氏は再びニューヨークを訪問してMLBとの交渉に臨むという。


菊田康彦

1966年、静岡県生まれ。地方公務員、英会話講師などを経てメジャーリーグ日本語公式サイトの編集に携わった後、ライターとして独立。雑誌、ウェブなどさまざまな媒体に寄稿し、2004~08年は「スカパー!MLBライブ」、2016〜17年は「スポナビライブMLB」でコメンテイターも務めた。プロ野球は2010年から東京ヤクルトスワローズを取材。著書に『燕軍戦記 スワローズ、14年ぶり優勝への軌跡』、編集協力に『東京ヤクルトスワローズ語録集 燕之書』などがある。