「10」から「35」へと数字が増えた理由を説明するには、前作の「10」という数字の意味を振り返る必要がある。「10」という数字は「10K」に由来している。「10K」とは何かというと、ヘッドの上下・左右の慣性モーメントの合計値が10000g・cm2を超えていることを「10K」と呼んだ。

 慣性モーメントとは大まかに言うと物体の回転しにくさを表す指標のこと。ゴルフではヘッドのブレにくさの指標として使われている。これを英語で表記すると「moment of inertia」となる。「Qi10」の「i」は「inertia」(慣性)。慣性モーメントを探求(Quest)して「10K」に到達したというストーリーから「Qi10」と名づけられた。

 では新作の「35」という数字は何を意味するのか。同社グローバルプロダクト担当副社長のブライアン・バゼル氏は次のように語る。

テーラーメイド ゴルフ株式会社 グローバルプロダクト担当 副社長 ブライアン・バゼル氏

「今回の新しい商品は前作の『Qi10』よりも、ものすごく大きく進化しているんですね。非常に大きな進化ですので、『Qi10.2』とか、『Qi12』とか、『Qi20』とか、そういったレベルではないくらいの進化であることを伝えたくて『Qi35』という商品名にしました」

 つまり「35」という数字自体が何かの数値を表しているわけではない。一方で、ただ漠然と「35」という数字を採用したわけではなく、「3」と「5」で別々の意味が込められている。

「今回の新しい商品をご紹介する上で、非常に大事な3つの柱がございます。それがフォーム(FORM)、ファンクション(FUNCTION)、フィット(FIT)です」(バゼル氏)

 フォームはクラブの形状や構造などのデザイン。ファンクションは機能。フィットはフィッティング。この3要素を徹底的に追求したモデルであることを伝えるため「3」という数字を採用した。

 そして「5」という数字は5種類のヘッドがあることを意味している。スタンダードモデルの「Qi35」、「10K」を達成している「Qi35 MAX」(マックス)、ロースピンで操作性が高い「Qi35 LS」(エルエス)、軽量設計でラクに飛ばせる「Qi35 MAX LITE」(マックスライト)の市販モデル4機種に加え、「Qi35フィッティング専用ヘッド」を独自に開発した。

Qi35フィッティング専用ヘッド

 「Qi35フィッティング専用ヘッド」はカーボンフェースとPUコーティング(ポリウレタンを生地表面に張ったもの)の間に反射型のフィッティングマーカー6点を内蔵している。これによってヘッドがボールに当たるまでの挙動がボールの飛びにどういう影響を与えているか正確に把握できるようになるという。テーラーメイド直営11店舗および独自のフィッティング方法をマスターしているチームのイベントで使用される計測専用ヘッドだ。

 同社が「35」という数字を採用したのは、「3」の3番目のフィッティングと、「5」の5番目の計測専用ヘッドがアマチュアゴルファーの飛距離を伸ばす上で今後欠かせない要素になると感じているのだろう。それは新製品発表会で同社ハードグッズプロダクトディレクターの高橋伸忠氏が口にした言葉に表れている。

「慣性モーメントは(ゴルフクラブの)やさしさの指標と言われていますけれども、実際にボールを打ち出さないと、そのやさしさというものをゴルファーの方々が享受することができないんですね」

 要するにフェースにボールが当たらないと、やさしさを実感できないのである。アマチュアゴルファーなら誰もが経験したことがあると思うが、ヘッドのソール部分に当たるチョロやクラウン部分に当たるテンプラなどのミスは、慣性モーメントの値がいくら大きくても現状では救えない。

「Qi35」シリーズ

 したがってアマチュアゴルファーのヘッドの挙動を正確に把握し、その挙動を整えるにはどうしたらいいか、ヘッドの挙動に関するデータを蓄積することが「Qi35」発売の裏にある大きなテーマのような気がする。

 ゴルフの飛ばしの3要素はボール初速、打ち出し角、バックスピン量である。それは確かにそのとおりなのだが、いずれもフェースにボールが当たることを前提にしている。実際にはフェースにボールが当たらないことで悩んでいるアマチュアゴルファーがたくさんいる。

 新製品発表会のトークセッションに参加した中島啓太プロ、山内日菜子プロ、新垣比菜プロが「Qi35」を絶賛し、中島プロは「(ティーイングエリアから)295ヤードとか300ヤードのバンカーをキャリーで越えて、攻めていけるように挑戦したい」と語っていたが、アマチュアゴルファーは飛ぶはずのクラブで当たり損ねを連発し、200ヤード先のバンカーも越えていないのが現状だ。

チームテーラーメイドによるトークセッション

 本来であればフェースにボールが当たるようにするのはレッスンの領域だが、ゴルフというスポーツは難しいので、レッスンを受けてもなかなか上達しなくて悩んでいる人は多い。それ以前にレッスンを受けずに自己流でスイングを構築している人が今でも主流派だ。その人たちをフィッティングで何とかすることができないかというのが同社の次なる狙いなのだろう。

 1年ごとに前作モデルを上回るレベルの新作モデルを開発するだけでも大変なのに、フェースのどこに当たっても飛ぶクラブを作りつつ、フェースに当たらない人の悩みまでフィッティングで解決しようとする取り組みには本当に頭が下がる。

 だが見方を変えれば、フェースに当たる人を増やすことによって、同社のクラブの価値が分かるゴルファーが増えるわけだから、新製品の開発とフィッティングの進化は両輪をなすものとして考えているのかもしれない。


保井友秀

1974年生まれ。出版社勤務、ゴルフ雑誌編集部勤務を経て、2015年にフリーランスとして活動を始める。2015年から2018年までPGAツアー日本語版サイトの原稿執筆および編集を担当。その他、ゴルフ雑誌や経済誌などで連載記事を執筆している。