10代にも好評の裏話

 「宮里藍インビテーショナルSUNTORY」は3日間の日程で開かれ、2日間競技の他に、実技と座学の講習会や保護者向けの講習会が行われる。今回、藤井さんが登場したのは2日目だった。第1ラウンドの競技を終えた選手向けの講習会。今年のテーマの一つは自分自身の感情の変化を把握し、それに対してどう対応するかということだった。話題は気持ちの切り替えに移った。

 宮里さんは体調不良のためこの日は来場できず、リモートで参加した。ラウンド中、悪いイメージを引きずらないことがいかに大事かを説明。ミスをした場合などには水を飲んだり、深呼吸をしたりと何かしらの動きを取り入れることを勧めた。

 藤井さんは呼応するように、現役時代のエピソードを交えて語りかけた。「バドミントンの場合は大体15秒から20秒で次のラリーが始まります。すぐ切り替えなければ5点くらい動いちゃうんです」。テンポが速く、試合の流れが変わりやすい競技の特性を紹介した。その上で精神面を一新させる方法として実例を示した。「審判の方に、汗を取っていいですかと言ってブレークタイムを取ります。そのときに顔をタオルで拭くように見せて、小声で『大丈夫、いける』って声に出して言っていました」。藤井さんは2012年ロンドン五輪女子ダブルスの銀メダリスト。強さを支えてきた裏話といえる。

 宮里さんの講話を含め、何らかのアクションを起こす大切さが指摘された。2年連続でイベントに参加し、今年の2日間競技で優勝した信藤希(福井工大福井高)はこう感謝した。「藤井さんに来ていただき、他競技であっても新たな視点というか、共通する部分を学べました。とても良かったです」。10代にも好評の試みとなった。

セルフトークと有名な言葉

 大前提として、「宮里藍インビテーショナルSUNTORY」のレッスンで基礎となっている考え方がある。それが「ビジョン54」。現役時代、宮里さんをスランプから救ったメソッドで、かつての女王アニカ・ソレンスタム(スウェーデン)を育てたピア・ニールソン氏、リン・マリオット氏が提唱している。メンタル面、技術面などトータルでレベルアップを手助けし、人生にも応用できる要素を含んでいる。

 特徴の一つに、プレーをフィードバックしながら自分自身を掘り下げていく作業がある。宮里さんは常にフィードバックしていくことで、今後やるべき行動が見えてきやすくなると助言した。

 藤井さんも自問自答する「セルフトーク」を繰り返していたという。練習の時から、なぜミスが出てしまったのか、反対になぜスーパーショットを打てたのか―。練習内容はもちろん、食事や睡眠にまで範囲を広げてその要因を突き詰める。自身の中で頭を巡らせることが、試合での不安や緊張の解消にもつながったと語る。「良かったことにも悪かったことにも必ず理由があると思っています。こうなった場合はこうしようとか、こういう状況の時は、私はこういう傾向になるからこんな準備をしようとか。そういったことを365日考えて過ごしていたら、必ず答えは見つかっているはずなんです」と断言した。

 古代中国の兵法書「孫子」には戦いに関する有名な格言がある。「彼を知り、己を知れば、百戦して殆(あや)うからず」。戦いを制するためには相手の研究と同様、自分のことを熟知することが必要という心得が示されている。親交の深い宮里さんと藤井さんの言葉はこの点に言及。勝負の世界において、普遍的な意味合いを持っている。

国技にも共通するポイント

 講習会の質疑応答コーナーで、参加選手から次のような悩みが打ち明けられた。バーディーを取った後のホールで体がふわついてしまい、うまくいかないことが多い―。それを踏まえ、改善するにはどうしたらいいかという問いが発せられた。

 宮里さんのアドバイスはこうだ。「重心を下げる作業を入れてあげるといいかもしれません。まず足の裏の感覚を意識してショットをしてみようとか」。続いて藤井さんは次のように話した。「よく床を足の指でつかんでという表現をしますが、そこの感覚が研ぎ澄まされると、自分の重心を操ることができると思います」。ともに足の裏に解決の糸口を求めた。宮里さんは思わず「良かったです、一緒で」と口にした。競技は違えど、相通じるポイントの存在がここでもあらわになった。

 足の裏の重要性は、大相撲でもさかんに言われている。自分の力を相手に伝える、または相手の攻めをしっかりと受け止める状況で、足の指で土俵をしっかりと捉えることは重要。歴代最多の優勝45回を誇る元横綱白鵬は現役時代、足の指にまつわる逸話を話したことがある。「相撲で足の裏、足の指を土俵につけておくことはすごく大事なんです。私はその感覚を磨くために、自宅でも常に足の親指を床につけて歩いていたこともあります」。土俵に吸い付くような下半身はこのように出来上がった。

 ゴルフにバドミントン、大相撲にまで共通するアプローチ。宮里さんは藤井さんを招いた効果について、次のように総括した。「全く競技は違いますけど、オリンピックでメダルを取るというのは、本当にそれだけのものを積み重ねてこられたからこそだと思います。選手の皆さんにとって新たな視点になるきっかけになるのではと思いました」。上記の競技だけにとどまらず、スポーツを横断的に捉えることは、ジュニア育成にとっても極めて有益な観点となる。


高村収

著者プロフィール 高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事