17歳で出場した2018年平昌五輪は個人で6位入賞。22年北京五輪は個人で銅メダルに輝き、団体では銀メダルを手にした。26年ミラノ・コルティナ五輪の切符を獲得すれば「日本女子初の3大会連続五輪出場」の偉業。かねて意識はしながらも公の場で口にすることはなかった。

 「北京五輪の後に4年後を目指すと言った時点で『そういえば3回目はいないな』と思って、絶対達成したいなと思った」と決意を胸に秘めた坂本は、新たな気持ちでリンクに立ち続けた。23年秋に神戸学院大を卒業後は「本当にスケートだけの生活になった。スケートにより集中できる環境になったのに、成長してなかったら嫌だなとすごく感じた」とより一層競技に向き合う時間が増えた。さらに25年6月には地元の神戸市に通年型のリンクが完成。通年で練習に取り組める環境が整い、全日本選手権に向けては4部練習をこなす日もあった。

 覚悟は結果として表れた。22~24年は世界選手権で金メダル。25年世界選手権も銀メダルを奪取した。北京五輪後もエースとして活躍し続けた一方で、少数のファンによる心無い声に葛藤を抱くこともあった。

 トリプルアクセル(3回転半ジャンプ)などの大技で勝負するのではなく、総合力の高さで勝負するのが坂本のスタイルだ。今季前にはトリプルアクセルの練習も敢行。「一番惜しいところまではいっていた。回転不足なら降りられる。降りられるというか、立てるみたいな」と笑うも、今まで通りの姿勢を貫く覚悟を固めた。

「自分はもうこのやり方で振り切ったから、別に(大技が)ないというのがダメとかじゃなくて、これが自分のやり方だから。別にこれに文句言うんだったら、別に(批判の内容を)見なくていいんじゃないかな」

 トリプルアクセルに挑戦したことによる思わぬ副産物もあった。「他のジャンプにすごく余裕が生まれた。いいかもみたいな感じになった」。息つく暇もないきめ細かな振り付けが特徴の1つ。抜群の表現力はもちろん、ジャンプの精度も向上した。高さとスピードを兼ね備えたダブルアクセル(2回転半ジャンプ)など、質を徹底的に磨き上げた。

 リンク外でも努力は怠らなかった。昨季までは過度に体重を気にするあまり、少ない日は摂取量が1000キロカロリーを下回ることもあった。食事で栄養を補給できずに年間40日ほど体調不良で練習ができなかったという。7月からは味の素社のサポートを受け、食事方法を改善。現在は朝昼晩の3食に加え、補食も取り入れたことで平均2300キロカロリーを摂取できるようになり、体調面が劇的に改善した。

 紆余曲折を経て迎えた全日本選手権。今季限りでの引退を決めている坂本にとって、最後の日本一決定戦だった。ショートプログラム(SP)では貫禄の首位発進を見せ、フリーでも抜群の安定感を発揮。7本のジャンプを着氷させると、3つのスピン、ステップは最高難度のレベル4、演技構成点の全3項目も満点の10点に迫る9点台でそろえた。国際スケート連盟(ISU)非公認ながら、今季世界最高の合計234・36点をマーク。「最後まで自分らしい滑りができた。何をするにも三日坊主だったけど、スケートだけはこんなにも長く続けられた。なんか『人生、虹色だな』って感じがした」と声を弾ませた。

 4歳から競技を始めた坂本を21年間指導する中野園子コーチも大絶賛だった。現役ラストイヤーでも「めっちゃしごかれている」と坂本が苦笑いするほど厳しい練習で指導。フィギュア関係者からは「中野コーチの練習にずっと耐えられる坂本選手はすごい」との声もある。ただ、坂本は中野コーチを信じて突き進んできた。そんな愛弟子のパフォーマンスに対し、中野コーチは「今日は120点。私にはできない。1つでもミスをしたら、若い子たちに負けてしまうという切羽詰まったところで自分の力を出しきれる人はなかなかいない。厳しく育ててきてよかったなと思った」と温かい言葉を送った。

 史上5人目の5連覇で、ミラノ・コルティナ五輪へ弾みをつけた坂本。目標は個人、団体ともに「銀メダル以上」と公言してきたが、決して楽な道のりではない。特に個人ではライバルたちも虎視眈々と表彰台を狙っている。

 25年世界選手権覇者のアリサ・リュウ(米国)は、ミラノ・コルティナ五輪でトリプルアクセルの投入を示唆。五輪前哨戦のグランプリ(GP)ファイナル(12月4~6日、愛知・IGアリーナ)を制しており、金メダル最有力候補に挙げられる。全米選手権2連覇のアンバー・グレン(米国)も要注意。トリプルアクセルの出来が大きなカギを握りそうだ。

 不気味なのはロシア出身で個人の中立選手(AIN)として出場するアデリア・ペトロシャンだ。ミラノ・コルティナ五輪最終予選(9月、中国・北京)ではケガの影響でトリプルアクセルと4回転トーループを回避。ただ、ロシア国内の試合では4回転トーループに挑戦しており、ミラノ・コルティナ五輪でも投入する可能性は十分にある。

 またミラノ・コルティナ五輪切符を勝ち取った17歳の中井亜美(TOKIOインカラミ)は、GPシリーズ第1戦フランス大会(10月、フランス・アンジェ)で坂本を下して優勝。トリプルアクセルだけでなく、伸びやかなスケーティングも武器に、一躍ヒロイン候補に名乗り出た。

 いくら坂本でも難しい戦いを強いられるのが4年に一度の祭典という舞台。それは誰よりも世界を知る坂本自身が一番わかっている。

「悔いのない、やり切ったと思える演技がしたい。毎日自分に活を入れて、真剣に真面目に取り組んで『もう大丈夫』と思えるくらい練習を積めるように頑張りたい」

 泣いても笑っても今回が最後の五輪となる。多くの人の支えを胸に、競技人生のクライマックスで満開の花を咲かせることはできるか。


中西崇太

著者プロフィール 中西崇太

1996年8月19日生まれ。愛知県出身。2019年に東京スポーツ新聞社へ入社し、同年7月より編集局運動二部に配属。五輪・パラリンピック担当として、夏季、冬季問わず各種目を幅広く担当。2021年東京五輪、2024年パリ五輪など、数々の国内、国際大会を取材。