言語化スキルと競技力向上

 安青錦は新関脇、新大関の立場で2連覇した。これは双葉山以来、89年ぶりの快挙となった。双葉山は当時、不滅の69連勝の最中で、1936年夏場所と翌37年春場所で全勝優勝。〝不世出の大横綱〟への道を歩んでいる途中だった。前傾姿勢での攻めを生かし、偉業を達成した安青錦。千秋楽翌日の記者会見では、別の側面で非凡さを垣間見せた。昨年九州場所での初優勝と比べて、心境の違いにこう言及した。「初めては『ザ・うれしい』という気持ちだったけど、2回目はどっちかというと、うれしい気持ちもありながらほっとした気持ちがあった」。大関の責任感が交ざり合った胸中を、自分の言葉で分かりやすく明快に説明。言語化スキルの高さが表出した。

 ウクライナ出身で2022年に来日した21歳。今では流ちょうな日本語を話す。会見で、新大関場所はどういう形で従来と違ったかとの質問には「自分でもあまり分からない」と、考え込むことなくスムーズに吐露。普段から自らをしっかり見つめて自分のことを把握しているゆえの反応と捉えられ、内面を表現する点に秀でている。

 スポーツ界ではとかく言語化の能力と成績の関連性が指摘される。その大切さを説いた一人が女子ゴルフの宮里藍さん。日本選手ただ一人の世界ランキング1位経験者で、成長の過程を引き合いにこう明かしていた。「なんとなく『今日良かった』と言うよりも、今日はこういう方法で流れが良かったとか、この1打が良かったとか、具体的に説明できる方が自分にとってもいい振り返りの時間になるし、自分自身にその体験を落とし込める」。自身へ向き合って言葉にすることが、競技面でレベルアップする糧になったという。安青錦も通ずるところを感じさせる。

 新大関になると環境が大きく変わるため、直後の優勝は難しい傾向にある。安青錦は昨年九州場所後の冬巡業に早速、看板力士として参加し、各地を回った。関係者によると、夜食にハンバーガーを食べるなど、体重の維持に努めた。迎えた初場所は12勝3敗で熱海富士との優勝決定戦を制し、春場所では早くも綱とりに挑戦する。

常人離れを証言する人たち

 各段で一番低い序ノ口に、異例ともいえるほど大きな注目が集まった。中心にいたのはモンゴル出身で23歳の旭富士。稽古では既に幕内力士とも互角以上に渡り合い、〝史上最強の新弟子〟とも称される。伊勢ケ浜部屋の先代師匠で、第63代横綱の宮城野親方(元旭富士)のしこ名を最初から譲り受けた点でも、期待の大きさが表れている。初場所で初めて番付にしこ名が載り、順当に7戦全勝で序ノ口優勝した。

 周囲の証言が常人離れした姿を物語る。同じ伊勢ケ浜一門の関係者はこう表現した。「イメージとしては〝機動力のある照ノ富士〟のような感じ。立ち合いから一気に持って行くというより、攻防の中で相手をつかまえて寄るタイプ」。185センチ、150キロの均整の取れた体格。例えに元横綱が挙がるほどで力強さに加え、動きの良さも光る。また、稽古相手となったある幕下力士は舌を巻いた。「もろ差しになったので『よし』と思いましたが、両上手を引かれて何もできませんでした。引きつけられたまわしがお腹の上の方にずり上がったので直そうとしたのですが、固くてなかなか元に戻せませんでした」。引きつけが強力ゆえの現象を、驚き交じりに告白した。

 デビューまでの経緯が、強さをはぐくんだ。神奈川・旭丘高を卒業後、2021年に部屋で生活を始めた。しかし、外国出身力士は1部屋1人との原則によりデビューはお預け。昨年初場所限りで横綱照ノ富士(現伊勢ケ浜親方)が引退してデビューへの流れが本格化し、昨年11月に九州場所の前相撲で初土俵を踏んだ。

 高校時代は目立った実績はなかったものの5年弱、部屋で鍛錬を積んで驚異的な力をつけた。師匠の伊勢ケ浜親方は「長い期間我慢して、モチベーションもない中でよくこらえて頑張っていた」と並々ならぬ根気をたたえた。一門の関係者はこう分析する。「5年近くも親方衆からいろいろ教えてもらい、稽古相手も豊富。本場所で無理をしてけがをすることもない」。大所帯の部屋で長くデビューを待つ特殊な状況が、いい方向に作用したとの見方だ。今後、瞬く間に番付を上げていく可能性は十分にある。

見逃せない地道な対策

 年が変わっても大相撲への関心は高い。その分、チケットはプラチナ化し、他の人気スポーツ同様、高額での不正転売が問題視されている。初場所中には、転売サイトで購入したと思われる来場者に対し、日本相撲協会職員が席に赴いて事情を聴いているのを目撃した投稿がSNS上でバズった。協会関係者によると、これまでも同じような対策を継続している。最近は相撲協会が運営する「大相撲公式ファンクラブ」の会員による転売も多く表面化。担当スタッフが転売サイトで売りに出されているかチェックしたり、悪質なケースをリストアップしたり、購入者を特定しやすい席を中心に足を運んで点検したりと、地道な対応策を重ねてきた。

 ファンクラブは会費の額でランクが分かれており、上位層はチケット販売で一次先行から申し込むことができる。しかし、自らが使わないチケットを法外な額で転売サイトに売り出す会員も存在する。相撲協会はこうした悪質な会員への取り締まりを強化。例えば、3月には次のように発表した。「チケットの転売行為者が複数特定されました。これに伴い、当該会員に対しまして、大相撲公式ファンクラブの利用規約違反とし強制退会処分を行いました」。7月にも同様の処分を公表をした。

 加熱するチケット需要の中で、相撲協会はよりよい観戦機会を整えることを模索。チケットの入手段階でも施策に乗り出した。昨年、ファンクラブ会員が申し込みできる上限を以前の第8希望から第3希望までに絞ったり、申し込みサイトで電話番号認証による本人確認を必須化したり。転売ヤーとのいたちごっこはすぐにはなくならないかもしれないが、〝入り口と出口〟と重層的な試行錯誤を続けることは効果的だ。

 土俵での白熱の攻防が目立ち、活況に沸く館内。相撲協会の八角理事長(元横綱北勝海)は常々こう力説する。「一生に一度しか見に来られないお客さんもいる。そういう人たちのためにも、いい相撲を見せないといけない」。力士たちの奮闘に親方、職員らの下支え。角界一丸の姿勢がさらに魅力的な興行に結びつくことが待望される。


高村収

著者プロフィール 高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事