W杯の賞金体系で考える32強に終わった影響

 一般企業なら異例といえる数字が、そこには記されていた。昨年末、JFAは東京都内で臨時評議員会を開き、約31億円の赤字となる2026年度(1月1日~12月31日)の予算を報告した。収入は約225億円で支出は約256億円。W杯北中米3カ国大会に伴い「代表関連事業」の支出が前年に比べて約21億4000万円増えており、3カ国開催の影響による移動、輸送コストの増加が主な要因として説明された。

 また、JFA幹部は「前回の実績ベースで予算を立てている」と、2022年カタールW杯のベスト16の成績をもとに予算を組んだことを明かした。史上最多48カ国が参加した今回のW杯は、賞金総額も前回大会から約2倍の8億7100万ドル(約 1394億円)と破格。優勝は5000万ドル(約80億円)、準優勝は3300万ドル(約52億8000万円)、3位は2900万ドル(約46億4000万円)、4位は2700万ドル(約43億2000万円)、ベスト8で1900万ドル(約30億4000万円)、ベスト16で1500万ドル(約24億円)、ベスト32で1100万ドル(約17億6000万円)、1次リーグ敗退でも1000万ドル(約16億円)という賞金体系となっており、出場全チームに一律で準備金250万ドル(約4億円)も支給される。

 つまり、「代表関連事業」として計上した約39億3000万円の収入はW杯で日本が上位に行くほど増える計算だったが、ブラジルに敗れて32強に終わったことで賞金面では想定より400万ドル(約6億4000万円)の下方修正が見込まれる形に。遠征期間による滞在費や選手への報酬の変動もあり単純計算できるものではないものの、森保ジャパンが「最高の景色」として掲げた優勝を果たせば約80億円の賞金が得られ、財政的にも大きなインパクトになったのは間違いない。

目先の利益より未来への投資

 では、JFAの経営は代表チームの成績次第なのか。そうした要素が全くないわけではないが、もちろんそこに全てをかけているわけではない。JFAの収益と支出を項目別に見ていくと、明確な狙い、ビジネスモデルが浮かび上がってくる。

 そもそも、W杯イヤーは先述のように日本代表チームの移動費などコストが大幅に増える傾向にあり、カタール大会が開催された22年度も46億円超の赤字予算が組まれていた。2011年2月に公表されたJFAのペイメント規定によると代表活動中の選手には日当として1万円、大会のグレードで変動する勝利ボーナスとしてW杯で200万円(引き分けは半額)が支払われるため、選手1人あたりの支出額も大きくなる。W杯イヤーというと何か大きなビジネスチャンスにも思えるが、実際は過去の利益でコストを賄うタイミングでもあるわけだ。

 さらに、JFA公式サイトで開示されている毎年の収支予算書を見ると、最大の収益を上げているのが日本代表関連の事業やスポンサー収入を含む「事業関連」「代表関連事業」の項目であることが分かる。2026年度だと、その額は合計で約167億円の収入に対して支出は約112億円で、黒字額は実に約55億円。日本代表に関連する事業では、大きな利益が得られている。

 反面、マイナスが大きいのは「指導者普及事業」だ。指導者・選手育成やサッカー普及活動など、いわゆるグラスルーツにかかわる費用や、地方のサッカー協会への助成金などがこれにあたり、単純に収入から支出を引くと約53億円のマイナスになる。“目先の利益”を追うなら、この「普及事業」の支出を削減すればいい。しかし、サッカーなどスポーツにおける「普及事業」は、まさに将来への投資の意味合いが濃いもの。競技人口を増やすことで注目や人気が高まり、代表チームの強化、ひいては財政規模の拡大につながる。社会価値を創出するための支出は、すぐには利益に直結しにくいが、好循環を生む上で不可欠であり、これはJFAの公式YouTubeチャンネル「JFATV」の動画コンテンツ「会計の視点で“日本サッカー協会”を支える!」でも詳しく紹介されている。

「世界一」には欠かせない拡大路線と成長戦略

 そこで出てくるのが、赤字のリスクをとってまで投資し、拡大路線を歩む必要があるのかという疑問だ。JFAの収入は225億円。日本オリンピック委員会(JOC)でも146億円(2025年度決算概要より)で、国内のスポーツ団体として財政規模の大きさは際立っており、無難に安定経営を目指しても良いのではという気もしてくる。ただ、世界のサッカー界に目を向けると一気に風向きは変わる。収入ベースで、フランス・サッカー協会は約550億円、ブラジル・サッカー連盟は約857億円、イングランド・サッカー協会は約1118億円と、桁違いの事業展開を行っているのだ。

 W杯南アフリカ大会翌年の2011年に88億円ほどだった日本代表関連の総事業費は、いまや166億円ほどまで拡大し、JFAの支援企業は過去最多の43社に達するなど投資の効果は着実に出ている。それでも、目標が「世界一」であることを前提にするならば、まだまだ強豪国との差は大きいということ。実際に、JFAは「2005年宣言」で「2050年までにサッカーファミリーを1000万人にし、FIFA ワールドカップで優勝する」ことを掲げ、今年5月にはそこに向けた「成長戦略2026-2031」として、2031年に300億円規模の事業展開を実現するという具体的な数値目標も打ち出している。

 収入が多くなれば、当然代表チームの強化や人材の確保にもよりお金をかけられる。イタリア出身のブラジル代表カルロ・アンチェロッティ監督がW杯出場国の中で最高年俸の約17億円、ドイツ出身のイングランド代表トーマス・トゥヘル監督が年俸約10億円を得ているのに対し、日本の森保一監督の年俸は推定2億円とされる。監督の知名度や世界的な評価がチーム力を決める全てではないが、資金があれば選択肢は確実に増え、設備への投資などさまざまな面での強化費を上積みすることもできる。だからこそ、JFAは「事業価値と社会的価値の双方を高めることで財政規模の拡大を図り、得られた成長を次なる投資と還元につなげることで、成長の好循環を加速させていく」とし、その成長戦略の柱として「ユース育成」「女子サッカー普及」「指導者・審判育成」といった「指導者普及事業」を位置付け、総合力を高めようとしている。

 同時に、今後は投資と利益のバランスをとっていくことも課題となる。JFAは資産の有効活用として、東京・文京区の自社ビル「JFAハウス」を三井不動産レジデンシャルへ売却。合計100億円ほどの売却益を2023、24年度に計上し、2026年度の収支予算書によると、いわゆる貯蓄額は約242億円と、赤字をカバーできるだけの財源を確保している。また、約16億円の赤字予算を組んでいた2025年度も、最終的に日本代表戦の収益が想定を上回り約1億円の黒字となったように、予算段階では手堅い数字を公表している面もある。ただ、得られた利益を公益性の高い事業に再投資することで税制優遇を得る公益財団法人のJFAとはいえ、赤字予算が歓迎されるものではないのは一般企業と同じ。JFA自身も「財政規模の拡大」とともに「収支均衡」を成長戦略の重要な要素に挙げている。

サッカーを国技に

「ブラジルやアルゼンチンのような優勝を目指す国はサッカーが一番。運動に対して才能のある選手がみんなサッカーに行って、その中で競っている。僕たちが日本サッカーをもっと盛り上げて、良くして、日本にとってこのスポーツが国技になるぐらいにならないと、(W杯で優勝は)取れないなっていうのは実感しています」

 W杯北中米大会からの敗退が決まったブラジル戦後、MF鎌田大地(クリスタルパレス)はこう語った。期せずして、欧州を舞台に活躍するミッドフィルダーの言葉がJFAの目指す未来、赤字予算を組む意味合いを浮き彫りにしている。

 「投資」によって競技を普及させ、文化としての土台を築いてこそ、選択肢としての魅力はより高まる。その先にあるのがまさに冒頭で触れた、稀有な才能がサッカーを選ぶ世界線。JFAは今、身銭を切ってその土壌を耕しているといえるだろう。


VictorySportsNews編集部

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