——まず、『LIVE STOCK - KAWASAKI MUSIC JOURNEY - (以下、LIVE STOCK)』をスタートする目的、意義を教えてください。
元沢 『KAWASAKI FESTIVAL』という大きな傘の下に、音楽、スポーツ、アート、食——あらゆるエンタメが集まる。私がこのフェスティバルに込めている思いをひと言で表すなら、「街全体を使ったお祭りをつくりたい」という、ごくシンプルな願いです。『LIVE STOCK』はその中の一つの柱であり、プロ中のプロが手がける音楽ライブイベントです。
——『LIVE STOCK』は、川崎ブレイブサンダースのホームゲームの音楽プロデュースを担当するスチャダラパーさんを中心に、音楽ライブとマーケットでさまざまなアーティストが参加してくれています。こうした人たちとの関係構築は、アリーナにどうつながっていると考えていますか。
元沢 スチャダラパーさんは、私にとって非常に特別なパートナーです。Boseさん、アニさん、SHINCOさんの3人は、2018-19シーズンから川崎ブレイブサンダースのホームゲームの音楽プロデュースをお願いしていて、単にバスケットボールの試合中の音楽をお願いしているという存在ではなく、川崎のバスケを音で体現してくれる存在です。長い時間をかけて積み上げてきた信頼と歩みがあるからこそ、11月3日の『LIVE STOCK』も、単なる音楽ライブイベントを超えた場になると確信しています。今回は、アーティストの登竜門であり聖地ともいえるCLUB CITTA’と数々のオーケストラが公演してきたミューザ川崎シンフォニーホールが舞台となります。ラインナップも通常では見られないような、むしろ見たかったのに見られなかった組み合わせになっていますので、ぜひ現場に当事者となって立ち会っていただきたいです。
川崎市をホームタウンとするBリーグ所属プロバスケットボールクラブ・川崎ブレイブサンダース——2030年にはアリーナ開業を見据えていると思いますが、そこにどうつながっていくイメージでしょうか。
元沢 フェスティバル全体としては音楽だけにとどまらず、スポーツもアートも食も、どなたが来ても楽しめるエンタメに溢れた内容になっています。
新しいアリーナが開業する2030年、私はこの年こそが「本番であり、スタート地点」と位置づけています。今はまだ序章、全員で力をため込む期間です。この街にかかわる人からたくさんの学びを得て、小さな失敗もしながら着実かつダイナミックに積み上げていったものが、アリーナ開業と同時に一気にスタートする。そんなイメージで動いています。
——2030年に開業を予定している新アリーナを含む複合エンターテインメント施設建設プロジェクト「Kawasaki Arena-City Project」は、どのような規模になるのでしょうか。
元沢 京急電鉄と共同で推進する新アリーナには、スタンディングで2,000人規模のライブホールと、1万1,000人から1万2,000人規模のメインアリーナが入ります。金・土・日の3日間、メインアリーナをしっかり埋めることができるコンテンツといえば、スポーツか音楽だと思っています。だからこそ、今『LIVE STOCK』で力をためていくことが、私たちにとって必要不可欠な活動なのです。
新アリーナを含む複合エンターテインメント施設建設プロジェクト「Kawasaki Arena-City Project」「点だったイベントが結束することで、世界に発信できるコンテンツが生まれる」
——『KAWASAKI FESTIVAL』が開始する前と後、どのようにかわっていくのでしょうか?
元沢 今年のこの形になる前、すでに川崎駅周辺ではさまざまなイベントが独立して行われていました。かかわっていた方々はそれぞれのイベントの魅力をよくご存じでしたが、全容を把握しきれていなかった方もいらっしゃいますし、とくに武蔵小杉や新川崎など少し離れたエリアの方には、個々のイベントの存在すら届いていないこともあったかもしれません。
『KAWASAKI FESTIVAL』として、点をひとつの面として結束することで、より多くの方に知ってもらい、来てもらえるようにする。そしてもう一つ、結束できたことで生まれた大きな変化があります。それは、目線が「地元の方に楽しんでもらう」という規模を超えて、「世界から人を呼べる川崎」へと向かい始めたことです。川崎市民だけでなく、国内全体、さらには海外の方にも川崎という街を知ってもらい、来てもらう。世界の代表的なフェスティバルにする——そういう大きな目標をチーム全体で共有できていることを、私はとても頼もしく感じています。
「失敗を共有できる街こそ、川崎にしかできないこと」
——2030年に向けて、どんな段階を踏んでいくイメージなのでしょうか。
元沢 正直なところ、「もっとも花を咲かすタイミング」を細かく読む必要はないと思っています。これだけのポテンシャルを持つ街を育てることは、私たちや川崎ブレイブサンダースが主導するレベルにとどまるものではありません。街の人、市、企業、商店街——オール川崎で臨むことで、世界でふたつとないフェスになっていくのだと思っています。
——そのうえで、川崎の魅力、川崎だからできることは何だと認識されていますか。
元沢 「年々チャレンジして成長し続ける」というサイクルを止めないこと。停滞しない、衰退しない。諦めず、もっといいことをやろうとチャレンジし続ける。それを繰り返していけば、この街のポテンシャルは必然的に世界レベルへと育っていく。どの街でもできるとは思っていません。川崎という歴史を含めたポテンシャルがある街だからできることなんです。
「胸を、鳴らそう。」というのがフェス全体のスローガンなのですが、ここに込められているのは「未来に向けて歩みをとめないすべての人を応援する街である」という想い、川崎の街が持っている寛容さです。市もそういう街を目指しているし、私たちのアリーナもそういうアリーナを目指しているからこそ、自然と出てくる言葉です。失敗を恐れず挑戦をつづけ前進しつづける。その精神は、この街にゆかりのある岡本太郎さんの精神ともつながっているような気がしています。
「”あれは私が育てた”と、全員が言えるフェスを目指して」
——海外から人を呼ぶという点では、川崎にはどんな可能性がありますか。
元沢 川崎には、羽田空港という玄関口があります。日本を訪れた方の最初か最後の一泊を川崎で過ごすという選択肢は、十分に現実的なものです。いまはまだインバウンドで「川崎に行こう」と目的地として選ばれる機会は限られていますが、アリーナができ、日本のバスケットボールがあり、音楽があり、特有の文化がある——それらが一体となって発信される『KAWASAKI FESTIVAL』は、その流れを変える大きな機会になると思っています。
また、川崎には世界に誇れる技術を持つ大企業が湾岸エリアを中心にずらりと揃っています。こうした企業の技術とノウハウを、展示会のような堅い形にとらわれず、エンタメの街フェスの中でカジュアルに体験できるようにできたら、それこそが川崎らしい、楽しい実験場のような場が生まれれば、未来への可能性が広がるはずです。
——最終的に目指している将来像を教えてください。
元沢 最終的に私が目指しているのは、『Kawasaki Arena-City Project』と『KAWASAKI FESTIVAL』が世界レベルになったとき、関わった全員が「あれはわたしが育てた」と胸を張って言える状態です。出演したアーティストも、川崎のクラブで戦うアスリートも、参加した企業も、商店街のお店も、来場してくれた市民も学生たちも——みんなが自分事として誇れるフェスティバル。それは、お金をかけて一夜にしてつくれるものではありません。年々チャレンジを重ねた先にのみ生まれるものだと信じています。
「CLUB CITTA’があるから、川崎のエンタメは本物だと言える」
——CLUB CITTA’は、音楽やカルチャーを愛する人にとっては特別な場所です。
元沢 そうですね。川崎の文化的な素地を語るとき、CLUB CITTA’の存在は欠かせません。音楽やダンスの世界で活躍してきた方々が、あの場所に対してどれだけの感謝と愛着を持っているか——聖地・原点として育ててもらった、と語る方が本当にたくさんいます。CLUB CITTA’があることで、川崎駅前のエンタメは単なる興行の集積ではなく、歴史と文脈を持った本物の文化として存在できています。
数々の世界的アーティストが、来日公演をCLUB CITTA’で開催してきた驚くべき歴史を持っていますから。そうした積み重ねがあるからこそ、スチャダラパーさんをはじめ、出演を決めてくれるアーティストの皆さんも「この場所でやりたい」という気持ちで来てくれる。その感覚を、ぜひお越しいただくみなさんにも感じていただきたいです。
——最後に、これからの川崎について聞かせてください。
元沢 2030年まで、まだ時間はあるように感じるかもしれません。でも今この瞬間も、川崎は確実に変わり続けています。一年経っただけで「あれ、こんな風になったのか!」と驚く——そんな街のエネルギーの中に、私たちのフェスティバルも根を張って一緒に育てていく。これからが楽しみで仕方ありません。