文=内田暁

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30歳以上の選手が復活した全豪オープン

 クラシック・テニスの復権――。

 ロジャー・フェデラーの18回目のグランドスラム優勝で掉尾(ちょうび)を飾った今年1月の全豪オープンを、あえて一言で総括するなら、そういうことになるだろうか。

 決勝戦の顔合わせは、男子が35歳のフェデラー対30歳のラファエル・ナダル。女子は、35歳のセリーナ・ウィリアムズ対36歳のビーナス・ウィリアムズ。さらにベスト4まで視野を広げても、男子には31歳の昨季全米オープン優勝者のスタン・ワウリンカが居て、女子には34歳のミリヤナ・ルチッチ=バロニがいる。特にルチッチは、20年近く前には“天才少女”としてスポットライトと期待を集めた選手。1998年、全豪でダブルスを制した彼女は、確かに次世代を担う才能の原石だった。しかしその後は、バーンアウトやケガに加え父親との確執などもあり、一時は引退状態に。そんな彼女がグランドスラムでベスト4に勝ち進むのは、1999年のウィンブルドン以来のことだった。

 復活劇……ということで言えば、忘れてはならないのが男子のミーシャ・ズベレフだ。彼もかつてのトップジュニアながら、その後はケガが重なり27歳の頃には「コーチ業も視野にいれていた」という。それが今大会では、4回戦で世界1位のアンディ・マリーを破りベスト8へと大躍進。彼にとってグランドスラムのベスト8は、キャリア最高の戦績であった。年齢的には29歳と比較的若いM・ズベレフだが、彼の存在をより特異に映すのが、サーブ&ボレーを徹底して貫くプレースタイルである。左腕から切れ味鋭いサーブを放つと同時に、ネットへと駆けだし沈めるボレー。そして薄いグリップで放つ、ボールを押し出すようなフォアハンド――。往年のサーブ&ボレーヤーのジョン・マッケンローが、「まるで自分を見ているようだ」と感嘆の声を漏らしたほどに、M・ズベレフのプレーは見る人々をノスタルジーの世界に引き込む。

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高速化するコートスピード

 これら年長者たちやクラシカルなプレースタイルが一気に躍進したその訳を、多くのテニス専門家や識者たちは、「例年以上に速くなったサーフェス」に求めている。「サーフェス(surface)」とは言葉どおりコートの「表面」であり、その素材や塗装状態によって、バウンド後のボールの跳ね方やスピードが変わっていく。現在の公式戦のコートサーフェスは主にハード、クレー(土)、グラス(芝)があるが、その中でも最も多いのがハード。ただ一言でハードと言っても施工法や材質は千差万別で、少しのサジ加減で球速は大きく変わるという。

 このコートスピードを、客観的に比較する上での指数がある。バウンド後の球速を0~50の数値で示し、0~29.9が「スロー」、30~34.9が「ミディム・スロー」、35~39.9が「ミディアム」、40~44.9が「ミディアム・ファースト」、そしてそれ以上が「ファースト」という区分になっている。では、現在のハードコートではどの大会が速いのか……? 昨年のATPマスターズおよびツアー最終戦(ロンドン)のハードコート7大会を例に上げると、コート速度は以下のようになっている。

インディアンウェルズ:30.0
マイアミ:33.1
カナダ:35.2
シンシナティ:35.1
上海:44.1
パリ:39.1
ロンドン:40.6

そして気になる今年の全豪オープンだが、こちらはコート別に割り出したが以下の数値。

ロッドレーバーアリーナ(センターコート):41.7
マーガレットコートアリーナ:38.9
ハイセンスアリーナ:36.3

 残念ながら昨年のデータがないので変化の比較はできないが、去年までの全豪オープンは、ハードコートの中でもボールが高く跳ねる遅いコートとして知られていた。今大会の多くの選手たちの「例年よりも遥かに速い」との証言からしても、特にセンターコートの高速化が成されたのは間違いないだろう。ちなみに全豪オープンは公式にはスピードアップを認めておらず、上記の数値は、コート上に10台設置された高性能カメラ“ホークアイ”のシステムが割り出したものである。

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慣れ親しんだ高速コート

 このようなコートの高速化は、もしかしたら昨今見られる一つの傾向かもしれない。例えば昨年11月にロンドンで開催されたツアー最終戦でも、参戦選手のほとんどが「去年よりも速い」と口をそろえたことが思い出される。その際に大会のコート施工会社の社長に話を伺ったところ、「大会主催者側からは、直近のパリ・マスターズと同じくらいの速さにして欲しいと言われた」とのことだった。

先の全豪オープンで、コートの高速化がベテラン勢に優位に働いた側面があると思うかと問われたフェデラーは、「僕らは、まだそんな年寄りじゃないよ」と笑顔でいなした後に、次のように説明した。
「恐らくビーナス(ウィリアムズ)もそうだろうけれど、僕らの年代の選手は子供の頃に、今よりもずっと速いハードコートでプレーしていた。だから、いきなり速いコートに来ても、直観的にプレーできるんだ」。
フェデラーの言う「直観的」とは、幼少期に体得し身体に染みついた動きは、例え時間が経過しても、自動的に呼び戻すことができるということだろう。子供の頃に練習し乗れるようになった自転車は、仮にその後10年以上乗っていなくても、すぐにまた漕ぐことができるように……。

 グランドスラムのベスト4に30代の選手が3人も勝ち進んだのは、男子では1968年の全仏オープン以来、女子はオープン化以降初の珍事。ただコートの高速化の傾向が今後も続くようであれば、クラシック・テニスは、もはやクラシックではなくなるかもしれない。


内田暁

6年間の編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスとして活動し始める。2008年頃からテニスを中心に取材。その他にも科学や、アニメ、漫画など幅広いジャンルで執筆する。著書に『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)、『勝てる脳、負ける脳』(集英社)、『中高生のスポーツハローワーク』(学研プラス)など。