NPBは国産ブランドvs米国ブランドの構図

「野球用品」と聞いてイメージするブランドはどこだろうか。日本では松井秀喜氏(元ニューヨーク・ヤンキースなど)やイチロー(マイアミ・マーリンズ)にバットやグローブを提供していたMIZUNO、古参のブランドであるZETTやDESCENTE、SSKをイメージする方は多いだろう。では、間もなく開幕する2017年の日本プロ野球において、各球団のユニフォーム・サプライヤーはどのような状況になっているのだろうか。

 まずはNPBのセントラル・リーグだが、下記の表のとおり、かなりバラつきがある。読売ジャイアンツは、以前はadidasだったが、2014年からアメリカのブランドであるUNDER ARMOURと契約を結んでおり、契約料は年間10億円と言われている。広島東洋カープは、ホーム用はMIZUNO、ビジター用はDESCENTEという変わった契約形態。阪神タイガースはMIZUNOと契約を結んでおり、伝統の巨人・阪神戦が「アメリカの新興ブランドvs日本の有力ブランド」という構図を反映しているのが興味深い。

 続いてパシフィック・リーグを見てみよう。こちらはかなり偏りがあり、なんと6球団中、4球団がアメリカのMajesticと契約を結んでいる。

 野球ファン以外にはなじみが薄いかもしれないが、Majesticは40年以上の歴史を持つアメリカのブランドで、2005年にメジャーリーグベースボール(MLB)の全30チームにユニフォームを供給する独占サプライヤー契約を結んでいる。09年には日本に進出して着々とその勢力を伸ばし、14年に東北楽天ゴールデンイーグルスと、16年に東京ヤクルトスワローズ、埼玉西武ライオンズ、福岡ソフトバンクホークスと、17年に千葉ロッテマリーンズと契約を結んだことで、合計5球団のサプライヤーを務めることになった。

 また、オリックス・バファローズはこれまでMIZUNOと契約していたが、17年からはDESCENTEがサプライヤーとなっている。

オリックスは23日、2017年シーズンより株式会社デサントとオフィシャルサプライヤー契約を締結すると発表した。  「ユニフォームもギアのひとつであり選手のパフォーマンスを最大化するものを選びたい」という球団のビジョンと合致し、今回の契約に至った。契約期間は2021年までの5年間。オリックスの選手、スタッフは『デサント』ブランドのユニフォーム・トレーニングウエア等を着用し、シーズンを共に戦う。
【オリックス】デサントと契約 来季からユニフォーム・トレーニングウェアを着用へ | BASEBALL KING

 分布で見ると、上述したMajesticの5球団がトップ。同社とMLBの契約は19年で終了する。新たなマーケットとして、野球人気の高い日本は魅力的なマーケットに映っているはずで、今後さらに勢力を拡大させる可能性もある。次点はMIZUNOとDESCENTEの3球団で、UNDER ARMOUR、asicsが1球団でこれに続く。かつてはNIKEやadidasも参入していたが、現在は姿を消している。国産ブランドと米国産ブランドの割合は、6球団ずつでちょうど半分。今後、この勢力図はどのように変わるのか。

独立リーグはリーグが一括して契約

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 NPBは球団ごとの契約だが、独立リーグでは別の取り組みが見られる。メジャー通算555本塁打という強烈な実績を持つマニー・ラミレスが高知ファイティングドッグスに入団して話題となった四国アイランドリーグPlusは、17年からリーグ全体がUNDER ARMOURとオフィシャルパートナー契約を結んでいる。アメリカのブランドだけにラミレスの入団にも何らかの影響を与えているかと思ったが、球団の公式HPに掲載されている写真等での服装を見る限り、彼はNIKEと契約を結んでいる模様。スポンサー絡みではなく、本当に野球と日本を愛するが故の入団だったようだ。

 また、ベースボール・チャレンジ・リーグ(BCリーグ)は16年からasicsとオフィシャルパートナー契約を結んでいる。単な用具提供にとどまらず、相互のブランドイメージ向上や北信越地区の地域振興など、お互いに協力しながら様々な活動を行うことを目指しているという。

 日米のブランドが様々な思惑の下、球団やリーグと契約を結んでいる日本のプロ野球界。各ブランドがしのぎを削り、マーケットが活性化していけば、野球界全体の活性化にもつながる。ワールド・ベースボール・クラシックでの侍ジャパンは準決勝でアメリカに敗れ、王座返り咲きを逃してしまったが、これで野球への注目度や人気が廃れてしまわないよう、球団や選手はもちろん、サプライヤー各社の様々な取り組みにも期待したい。

池田敏明

著者プロフィール 池田敏明

大学院でインカ帝国史を専攻していたが、”師匠” の敷いたレールに果てしない魅力を感じ転身。専門誌で編集を務めた後にフリーランスとなり、ライター、エディター、スベイ ン語の通訳&翻訳家、カメラマンと幅広くこなす。