文=松原孝臣

選手の本能に訴えかけた協会の施策

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 アスリートの本能は何か。もしあるとすれば、おそらく、挑戦することではないか。記録であったり、自身より強い相手に勝つことであったり、今よりも高いところへ行きたいという意志こそ本能と呼べるかもしれない。

 そのために重要なのは、目標設定だ。そしてそれは、アスリート自身が決めることができるし、周囲が促すこともできる。より高いところがあることをしっかりと把握することで、もっと練習してうまくなろう、強くなろうと意欲も強まる。

 そんな仕組みを意図的に取り入れて成功したのが、バドミントンだ。自分よりも上のレベルを意識させ、選手の育成を進めてきた。具体的には、どのような取り組みを行なってきたか。日本バドミントン協会は、2004年から実業団チームに内定が決まった現役高校生が実業団チームのメンバーとして日本リーグに出場できるようにした。少しでも早く、高いレベルで試合ができるようにという意図だ。
 
 その後、シニアの日本代表選手たちで構成される「ナショナルチーム」の下に、「バックアップチーム」をつくった。そこには実業団に所属する選手のみならず、中学生や高校生の有望選手も加え、ナショナルチームと一体化した強化を図った。さらに、積極的に国際大会に選手を派遣するようにもした。

メダリストは憧れではなくライバル

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 こうした取り組みは選手の意識を変えていった。高校の部活動で数々の選手を育て上げてきた大堀均氏は、以前こう語っていた。

「選手の意識は高くなりましたね。例えばロンドン五輪の(藤井瑞希・垣岩令佳組の)銀メダルを見て、高校生らは『すごい』と思うより、ライバル意識を燃やしていた」

 国内の格上の選手、海外の強豪選手と接する機会を増やすことで、憧れや漠然とした目標ではなく、倒すべき相手と具体的な目標として意識するようになったのだと言う。

 日本バドミントンは、ロンドン五輪での初めてのメダル獲得をはじめ、リオデジャネイロでも2つのメダルを獲るなど好成績を残し、世界選手権などの数々の国際大会でも結果を出している。こうした躍進は、選手の意識を高める仕組みを作り上げたことが結びついている。

 これはバドミントンに限った話ではない。目標をどのように意識させ、現実のものとして捉えられるようにするかは、どの競技であれ、重要な要素だ。選手自身は同世代のライバルに勝つことだけを考えてしまったり、少しの努力で達成できる記録ばかりを見すぎて、中長期的な目標が見えていない、意識を向けられないこともままある。すると、もっと伸びるはずなのに、中途でとどまってしまうことになりかねない。

 そんな選手の目線を、意識を変えるには、指導者を筆頭に周囲の人々の力も欠かせない。いかにしてより高みへと目が向くように後押しできるかも、選手の成長の鍵を握る。


松原孝臣

1967年、東京都生まれ。大学を卒業後、出版社勤務を経て『Sports Graphic Number』の編集に10年携わりフリーに。スポーツでは五輪競技を中心に取材活動を続け、夏季は2004年アテネ、2008年北京、2012年ロンドン、2016年リオ、冬季は2002年ソルトレイクシティ、2006年トリノ、 2010年バンクーバー、2014年ソチと現地で取材にあたる。