メリットの大きい学生野球選手のアメリカ留学
日本のスポーツ界と、アメリカのスポーツ界は違うようで似ている。その一例が学生スポーツの規模や注目度だ。もちろん日本の大学スポーツにはまだアメリカのような市場規模がない。NCAAのバスケットボール、アメリカンフットボールは文字通りケタ違いだ。しかし日本でも箱根駅伝、甲子園は間違いなく国民的人気を博していて、「学生スポーツを楽しむユニークな文化を持っている」ことは両国の共通点だ。
説明するまでもないことだが、野球は日米両国で高い人気を持つスポーツだ。やや減少傾向にはあるが、今季も8名の日本人メジャーリーガーが在籍している。もちろんアメリカから来日する野球選手はその何倍という数だ。
ただし、学生野球選手のアメリカ留学はあまり例がない。他競技を見ればテニスの錦織圭という大成功例がある。バスケも渡邊雄太(ジョージワシントン大)、八村塁(ゴンザガ大)、ヒル里奈(ルイジアナ州立大)といった有力選手が海を渡っている。サッカーも木村光佑、遠藤翼がアメリカの大学を経てメジャーリーグサッカーに進んだ。しかし野球ではアメリカの大学からMLBのドラフトにかかった日本出身(義務教育を日本で終えた日本国籍)選手は過去に二人(坂本充、鷲谷修也)のみ。留学生の総数も決して多くない。
一方でアメリカ留学のメリットは大きく、野球という競技に限れば相手側のニーズと合致する可能性も高い。そこには大きな可能性が開けている。
少数精鋭のアメリカ学生スポーツ
©Getty Images アメリカ大学球界のアドバンテージはまず『環境』だ。14年に渡ってスポーツ留学の仕事に関わり、日米の橋渡しに努めてきた根本真吾氏(アスリートブランドジャパン株式会社代表取締役)はこう説明する。
「1-2月から5月までにリーグを40~50試合やるんです。夏休みは部活をしない期間ですが(混成チームによる)サマーリーグがあって、それも30~40試合くらいあります。秋はオープン戦も30試合くらいやる。色んな相手とやりますし、日本では見たことのないようなピッチャー、すぐにメジャーに行くようなピッチャーと対戦することは競技力の肥やしになるでしょう。環境もディビジョン1レベルになると整っていますね。ウエイトは本当によくやるみたいですね。栄養士もいるし、リソースはいっぱいある。大学が『これをやれ』というよりは、自分がやりたければ学べる環境です」
日本の大学野球は6校総当たり2回戦制のリーグ戦を、春秋2度行うフォーマットが多い。年間に戦う公式戦が20〜30試合程度で、それに比べるとアメリカは実戦経験をしっかり積める。練習環境も日本は土、人工芝が大半だが、アメリカは天然芝のグラウンドが多い。
日本の大学野球は200人を超すような規模のチームもある。しかしアメリカの学生スポーツは少数精鋭だ。根本氏はこう説明する。
「バスケなら採っても(4学年合計で)15人。それ以上は一切採りません。野球だと登録メンバーが25名程度で、それ以外に5-6名しかとらないところもあります。最大でも40名程度」
部員になるということは、戦力として数えられているという意味になる。奨学金制度もあり、過去に授業料の全額免除を得た日本人選手がいるという。
ただアメリカの大学野球にはバスケのような『世界から選手をスカウトする』カルチャーがない。MLBでは中南米出身者が大活躍を見せているが、アメリカの大学野球は国際化していない。とはいえそれは単なる慣習であって、扉は開いている。
根本氏は「日本人は野球が上手いというイメージがアメリカではある」と口にする。特に日本人の二遊間選手はMLBであまり成功していないが、大学ならばチャンスはあるという。「メジャーではラテン系の二遊間が素晴らしいプレーをしているけれど、大学はそういう選手がいないから、日本人も勝てるんですよ」(根本氏)
アメリカで広がる選手以外の可能性
©Getty Images もう一つのアメリカの大学スポーツの美点が『文武両道』だ。彼はこう説明する。「最低限の勉強ができないと公式戦に出られないルールがある。(学校側は)奨学金を投資して選手を取る。だからプレーできないと無駄になってしまうし、勉強面でも選手をバックアップするわけです。チューターが教えたり、グループで勉強を教え合ったりするし、監督やコーチもちゃんと成績を確認する。選手は半強制的にやらざるを得ない」
選手側もそんな環境を権利、チャンスと前向きに捉えるカルチャーがある。根本氏は前職での経験を振り返る。「僕はミズノUSAに勤めていたことがありますが、現地の営業マンには元マイナーリーガーが何人もいました。彼らの経歴を聞くと大学1、2年でメジャーのドラフトにかかって、引退後に入り直して卒業して就職した人ばかりでした。『最低限、大学くらいは卒業しなければ駄目だよ』というのがコンセンサスとしてあるのかもしれない。マイケル・ジョーダン(大学3年で中退してNBAシカゴ・ブルズ入り)のような、あんなお金をもらっている人でさえ、大学に(戻って)最後まで通って卒業しています。シャキール・オニール(元ロサンゼルス・レイカーズ)は博士号まで取っています」
その後の人生に役立つ知識、スキルを得るためにも、日本の高校球児がアメリカへ留学する意義は大きい。
MLBのドラフトは日本の十倍超、千人以上の選手を指名する『広き門』なので、一定レベルの選手ならばそこに引っかかる可能性は当然ある。根本氏が留学に関わった秋利雄佑選手もドラフト候補として名が挙がっていたという。彼は常葉学園菊川、カリフォルニア州立大学ノースリッジ校を経て、今春から社会人野球の強豪・三菱重工名古屋に入社した。
根本氏が推奨するのは日本において一般的でない短大経由の進学。まず2年制大学で英語力を上げ、現地に馴染み、加えてプレーの機会を得て次のチャンスを待つという方法だ。「アメリカは2年制大学で活躍すると、4年制大学が即戦力として獲得する。3年生から編入できる。自分の出られるところで活躍して引っ張ってもらえる」(根本)のだという。
留学生の全員がプロ、強豪社会人に進めるわけではないが、卒業後の就職活動を考えても米留学経験は活きる。根本氏も「留学生の評価が就活ですごく上がってきていることは確かで、さらにスポーツをやっていたというのは鉄板」と口にする。実際に根本氏が留学を斡旋した選手の中にも、大手金融機関や物流大手など難関企業の内定を得た選手がいる。
根本氏が関わったケースではないが、現時点で「米留学組」の代表格と言えば鷲谷修也氏。彼は駒大苫小牧で田中将大らとプレーした経歴を持ち、アメリカの短大へ留学中にMLBワシントン・ナショナルズから指名を受けた。メジャー昇格はならなかったが、帰国後に上智大へ編入し、現在は外資系の投資銀行に勤務している。
根本氏はこうも言う。「野球選手がビジネスマンになったり医者になったりすると、日本ではニュースになるけれど、アメリカではニュースにならないくらい一般的になっている。そういうところに身を置いているということ自体が、セカンドキャリアという意味では大きいんじゃないかと思う」と述べる。
もちろん人生、スポーツの中には損得だけではない様々な縁や思いがあるだろう。しかし高校から大学に淡々と進んでいく球児たちを見ていると、少し勿体ない気もする。世界は広く、人生は長い――。彼らの人生を豊かにする進路として、アメリカの大学野球はリーズナブルな選択肢だ。