文=茂野聡士

J3や高校年代も。年間60試合以上の現地観戦

 4月30日に行われたJ1第9節、ジュビロ磐田対北海道コンサドーレ札幌の一戦、一人のプロが食い入るように試合を見つめ、エースストライカー都倉賢のヘディングシュートに歓喜の声を上げた。

 といっても、プロはプロでもサッカー選手ではなく、将棋のプロ棋士だ。その人とは野月浩貴八段である。

 野月さんは1996年に四段昇段を果たしてプロ棋士となって以降、今季も棋士が年間通じて戦う「順位戦」でB級2組で戦い、今年1月には八段に昇段を果たすなどトップ棋士の一人として知られている。そんな野月さんが将棋以外の部分でも多く名前を聞くようになったのは、サッカーである。

 その契機となったのは、12年から約2年にかけて『月刊少年チャンピオン』で連載された『ナリキン!』という漫画である。あらすじとしては中学生にしてプロ棋士になった主人公が、モテたいがためにサッカーをはじめ、J2にあたる舞台で守護神を務めるといった内容だ。

『ナリキン!』の主人公は運動神経がからきしダメで、性格もねじ曲がったタイプ。本来の青春サッカー漫画とは完全に一線を画しているのだが、将棋の対局で磨き上げたポジショニング、駒の配置などをサッカーに応用し、最後方からチームを俯瞰して各選手の能力を最大限に導き出すストーリーとなっている。その漫画の原作を務めたのが野月八段である。漫画原作だけでなくサッカー関連の雑誌、書籍、テレビ番組などにも登場する野月八段は、筋金入りのサッカー好きである。

「元々のきっかけは、奨励会(※プロ棋士を目指す人間が必ず通る育成機関。サッカーで言えばユースなどの下部組織にあたる)時代に横浜に住んで、友人との縁で日産、現在の横浜F・マリノスの試合を多く見に行く機会があったんです。当時のアイドルは木村和司さん、水沼貴史さん、金田喜稔さんでしたね」

 こう語る野月さんは、足掛け30年にわたってサッカー観戦を趣味としている。その興味は国内外問わず、故郷のホームチームであるコンサドーレ戦を現地で応援しつつ、リーガ・エスパニョーラで贔屓のバルセロナの試合をチェックする、といった風である。

「あ、でも昨日(4月29日)は藤枝にいたんですよ。『上手く休みを取ればJ3の藤枝MYFC対カターレ富山が見れるじゃないか!』って気づいたので」

 こう付け加えるほどのサッカーフリークである。

 棋士は土日にも公式戦の対局や各地での指導対局、イベント出演などの仕事がある。野月さんはそんな多忙なスケジュールの合間を見つけては、「プリンスリーグなども含めれば、年間60試合以上は現地で見ていますね」とサッカーに日々触れている。

将棋とアメフト、カーリングとの共通点

©Getty Images

 そうやって足を運ぶことで、将棋的にもメリットがあるのだという。

「試合前後に将棋の関係者と会う機会が自然と増えますので、そこから将棋の普及発展をどのようにやるか、といった話し合いをできるんです」

 そういった積み重ねもあり、昨年までにはJ1の横浜F・マリノス、J2のモンテディオ山形でサッカーと将棋をコラボレーションしたイベントも開催された。マリノスOBでアマ二段の波戸康弘氏が郷田真隆王将(当時)と公開対局を行うなど、野月さんのサッカー好きがいい方向に波及したものである。

 前述した『ナリキン!』でも少し触れたが、ここ数年サッカーと将棋は相似点があると取り上げられる機会が増えた。動く方向、いわゆる「利き」が違う各駒を連動させて攻守一体に戦っていく点がまさにそうで、適切なポジショニングが取れているか否かも両競技に共通するポイントとなる。「もちろんそこは共通点ですよね」と野月さんは同意しつつ、プロ棋士ならではの視点をこう表現する。

「個人的に将棋に似ていると感じるのは、アメフトやカーリングといった競技もですね。ふたつの競技と将棋の大きな共通点は“一回のプレーごとに考える時間が与えられる”点にあります。例えばアメフトは最初に攻撃側・守備側お互いの陣形が決まっていて、そこからどんなプレーの展開になるかという流れで進む。これは序盤の駒組を考える際に生きていきます。その一方でサッカーは、自分の構想を描きつつも、相手の意図したプレーに対して“どう変化・対応していくか”が大事になる。それは将棋で言う応用力が試される印象がありますね」

 いわゆる「自分たちのサッカー」論にも通じるが、自分の得意な戦法を生かすことが大前提の上で、それを阻止しようとしてくる相手をどう上回っていくか。その駆け引きが将棋面にも生きるのだという。

サッカーでも生きる逆算と順算の同時実行

©Getty Images

 サッカー的な考え方が将棋に生かせるのならば、その逆があってもいい。将棋的な視点をサッカーに生かすことはできないのだろうか。そんな質問をぶつけると、野月さんは少し考えて、こう続ける。

「例えば『次の一手(※ある局面が盤面上に示され、その中でベストの一手を指す練習)』を考える際、自分と相手の5手先、10手先までを読んだうえで指す必要があります。将棋では手が増えるごとに、選択肢が枝葉のように広がっていきます。だから、そういった局面を数多くこなして頭を使うことで、最適な選択肢を自然と選べるようになっていきます。

 この将棋の考え方をサッカーのドリブルで例えてみましょう。ボールホルダーとなった選手がどんなポジションにいて、相手マーカーの重心がどちらにかかっているかなどを一瞬で判断して、適切なドリブルコース、もしくはパスやシュートなどを実行していきます。こういった数多くの判断要素の中からベターに近い選択肢を見つけ出していくという点で、将棋は非常に生きると思います」

 サッカーの上で必要とされるのはボールコントロールなどのテクニックとともに、試合全体の流れを読む戦術眼である。そのためには“正しい判断”を下し続ける頭の回転の速さが求められる。野月さんは思考を発展させるためのヒントもこう説明してくれた。

「逆算する思考は目的、サッカーで言えばゴールまでどう持っていくかのイメージへとつながります。それと同時に瞬発的な判断、言わば目の前の“順算力”も必要となる。逆算と順算を同時に実行し、自分の頭の中で合わさっていく。その思考プロセスは将棋やサッカーの流れを読む力につながっていくのだと思います」

 現在将棋界は、中学3年生にしてプロとなった14歳の藤井聡太四段が非公式戦ながら羽生善治三冠を破って大きな話題となっている。テレビだけではなくインターネットテレビなどでも無料で目にできる機会が増えている今だからこそ――将棋の対局を観戦、もしくは実際に指してみることが、「日本らしいサッカー」構築の手助けとなるのかもしれない。

茂野聡士

著者プロフィール 茂野聡士

1982年11月4日、東京は板橋生まれ。スポーツ紙勤務の後、主にサッカー雑誌などの各種媒体に携わる編集者兼ライター。ただ学生時代に大学スポーツを取材していた縁からか、最近は野球や駅伝などの媒体の編集もこなしつつ『月刊少年チャンピオン』など漫画誌でのインタビューも手がけて、“ポリバレント”を売りにしようと目論んでいるらしい。構成担当に『サッカー選手の言葉から学ぶ成功の思考法2014』などがある。