文=長沢正博

J1は3試合、J2は1試合を毎週放送へ

 5月20日、タイ時間の正午。画面にピッチ入場を待つ槙野智章ら浦和レッズの選手たちが映し出された。埼玉スタジアムに駆けつけたサポーターの声援も聞こえてくる。トゥルーによる今季初のJリーグ中継となるJ1第12節、浦和レッズ対清水エスパルスが始まった。両チームの選手がピッチに入ると、英語のメンバー表が登場し、タイ人解説者が紹介していく。

 試合は、浦和が興梠慎三のオーバーヘッドなどで2点を先行するも、清水が鄭大世の2得点などで逆転。直後に浦和が興梠のハットトリックとなるゴールで追いつき、引き分けに終わった。最後までどちらが勝つか分からない、スリリングな展開を楽しむことができた。この日は、大宮アルディージャ対セレッソ大阪、ヴィッセル神戸対FC東京の試合も同チャンネルで中継された。

 トゥルーは3つのチャンネル(True Sport HD 2、True Sport HD 3、True Sport 6)を使い、毎週土・日曜日にJ1を3試合、J2は1試合を放送していくとしている。期間は2019年シーズン終了まで。ルヴァンカップ、富士ゼロックススーパーカップも含まれる。本格スタートとなる6月に関しては、J1第14節はセレッソ大阪対アルビレックス新潟など、第15節は鹿島アントラーズ対北海道コンサドーレ札幌など、第16節はガンバ大阪対川崎フロンターレなど各節3試合の放送を予定している。

 同社はイングランドのプレミアリーグ、イタリアのセリエA、スペインのリーガ・エスパニョーラ、アメリカのメジャーリーグサッカー、タイのタイリーグに加えて、UEFAチャンピオンズリーグなどサッカーの主要トーナメントを放送している。それらにJリーグは新たなコンテンツとして加わった形となる。全加入者が追加料金なしで視聴可能だ。

人気抜群のチャナティップもJリーグに移籍

©長沢正博

 親会社トゥルーコーポレーションのグループエグゼクティブダイレクターでタイリーグのバンコクユナイテッドの会長も務めるカチョン・チャラワノン氏はJリーグを「アジアでNo.1のリーグ」と持ち上げたが、タイ代表MFのチャナティップ・ソングラシンが今季後半から札幌に1年半の期限付き移籍することが、今回のJリーグ放送に関して大きな後押しとなったのは間違いないだろう。

 身長158cmと小柄ながら、高いテクニックとスピードでタイ代表の攻撃の中心選手として活躍。タイが2連覇している東南アジアサッカー選手権(AFFスズキカップ)では2大会連続のMVPに輝いている。今年のAFCチャンピオンズリーグでも、グループステージで3度のマンオブザマッチを獲得するなど、ムアントンユナイテッドのベスト16進出に大きく貢献した。

 実力だけではなく人気も随一だ。個人のインスタグラムのフォロワーは現時点で188万人と、他の代表選手と比べて群を抜いている。水掛け祭りとして有名なソンクラーン(タイ正月)を迎える今年4月、タイのカセムバンディット大学が発表した「スポーツ界の人物で誰と水掛けをしたいか」という調査(バンコク首都圏内の15歳以上1055人対象)で、男性スポーツ選手部門で1位になったのがチャナティップだった。

 これ以外にも、昨年1月にタイのコンケン大学が東北部20県の人々に行った調査(18歳以上700人対象)で、一番好きなタイ人サッカー選手として1位になったのもチャナティップ(当時BECテロー・サーサナ所属)。東北部を本拠とする強豪ブリーラムユナイテッドに所属していた人気選手ティーラトン・ブンマタン(同調査2位、現ムアントンユナイテッド)を抑えての1位に、チャナティップの人気の根強さが伺える。

 世界的なスターが競う欧州のリーグに対して、タイで抜群の人気を誇るチャナティップを抱えることは、Jリーグにとって大きなアドバンテージになるはずだ。また、チャナティップは「僕が通用すれば、次の子供たちにも道が開ける」と語ったが、画面を通して海外でプレーする自国選手を見ることは、次の世代の選手たちにも影響を与えるだろう。

目指すのは両リーグの交流と露出の拡大

©長沢正博

 気になる今回の放映権料だが、公表されていない。そもそも今回の放送でJリーグに直接の収入は生まれないという。Jリーグの海外放映権は現在、ラガルデールスポーツアジア(旧ワールドスポーツグループ)が2019年まで保有している。その額は年間約3.5億円といわれている。

 今回は主にJリーグがトゥルーとの交渉を担ったが、契約はラガルデールとトゥルーの間で行われた。そのためトゥルーからJリーグには放映権料は流れない。Jリーグとしてはまず露出の拡大が優先事項。Jリーグホールディングスの小西孝生社長は「タイと一緒にアジアのサッカーの底上げができれば」と交流の深化を期待する。市場価値が高まれば、2020年以降の海外放映権交渉にも繋がる。

 誤解がないように書けば、タイでJリーグの放送が“スタート”したわけではない。Jリーグはこれまでも放送されてきた。

 2012年にタイの芸能・音楽大手GMMグラミーが傘下の有料チャンネルでJリーグの放送を開始している。現地では5年契約と報じられた。ただ、Jリーグのほかドイツのブンデスリーガやフランスのリーグ1なども放映したが、加入者は思ったように伸びなかったと見られている。2014年には当時イングランド・プレミアリーグの放映権を保有しながらもやはり加入者が低迷していた有料テレビCTHと資本提携。それでも状況は好転せず、昨年1月に業務再編の過程で一部サービスを終了するに至る。

 タイ語でJリーグの情報を紹介するフェイスブックページ「J.League(Thai Fan Page)」に掲載された情報をさかのぼると、昨年はJリーグの放映はCTHのチャンネルで行われ、それも8月末をもってCTHがサービスを停止したため、タイでの放送も途切れることになった。

 今回放送を行うトゥルーは、農業や食品、通信など幅広い事業を手がけるタイの最大財閥CP(チャロン・ポカパン)のグループ企業。視聴者は300万人を超えるという。Jリーグマーケティングの山下修作専務執行役員も「格段に見る人が増えると思う」と期待する。

 現地に住む者としては、放送元の紆余曲折もあってこれまでの5年間でJリーグの放送が大きなインパクトを残したとは正直言いづらい。今回は、当初からJリーグが希望していたという有料テレビ最大手による放送。その上、タイ屈指の実力と人気を兼ね備えた選手の加入という、この上ない条件が揃った。裏を返せば、改めてJリーグ人気の真価が問われる局面でもある。

長沢正博

著者プロフィール 長沢正博

ライター、編集者。バンコク在住。1981年、東京生まれ。大学時代に毎日新聞で学生記者を経験し、卒業後、ウェブ制作会社勤務などを経て、ライター業に従事。 2012年からタイに移り、現地の日本語情報誌の編集に携わってタイのビジネスシーンなどを取材する傍ら、タイのサッカーを追い、日本のウェブサイトなどにタイの サッカー情報を寄稿する。中学、高校時代のポジションはGK。