文=飯間健

「ホペイロ」という職業

スポーツ紙に入社してから野球とサッカーをメインに取材してきた。野球は06年秋から10年秋まで。サッカーは06年秋から野球と併行して取材を始めたので、かれこれ11年の歳月が流れようとしている。相変わらず世間は、特に阪神のある関西圏は、野球熱が高い。確かに野球は81年間の歴史がある。積み重ねた年月の違いは仕方ないのだが、それでもサッカーが野球と比べるとまだまだ成熟されていないな、と痛感することはある。その一つがピッチ外の人材についての認識の深さだ。

昨年、日本人初のプロホペイロとなった松浦紀典氏(46)が契約満了で名古屋を退団した。かかわりのある数クラブに松浦氏を紹介したのだが、強化に就いている立場の人間から返ってきた答えの中には驚愕させられるものがあった。

「ホペイロって何なの?」

ホペイロとはポルトガル語で〝用具係〟のことを指す。スパイクのケアや管理などを一手に引き受けるエキスパート。調べてみるとJリーグではまだ専属ホペイロを雇っているクラブは6クラブほどしかないというのは意外だった。

いなくても不都合がないポジションなのだろうか?特別、必要ではない職業なのか?サッカーを心から愛する人間として悩んだ。だから聞いてみた。

選手目線ではどうなのか?

今回、私の疑問に答えてくれたのは日本代表MF本田圭佑(31=ACミラン)だった。

欧州トップクラブにおける「ホペイロ」の重要性

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オランダ(08年1月~09年12月、VVVフェンロ)、ロシア(10年1月~13年12月、CSKAモスクワ)、そしてイタリア(14年1月~17年6月、ACミラン)と約9年間、海外リーグでプレーしてきた。海外リーグではチーム編成をする際には監督、コーチの次にホペイロが決められるクラブも多い。事実、ACミランでは3人のホペイロが在籍している。海外ではホペイロの地位が高い。それは何故なのだろうか。

本田 当然の話ですけど、まずは(クラブ)予算がしっかりあるということ。チーム作りは現場がもっとも大事で、その中でも選手がファンを喜ばせることができる中心的なリソースであり、それ以外の人材は選手達をストレスなくピッチに送り出すことだと思っている。スパイクのケアというのは毎日の作業で実は凄く手間がかかる作業。海外での多くのクラブはその価値が分かっているので、ホペイロというポジションが確立されているということだと思います。

選手にとってスパイクは商売道具。当然、使えば使うほど消耗する。皮の疲弊やポイントの摩耗は避けられない。一度きりでスパイクを履き替えることはなく、そのため手入れされているかどうかは心理的な影響を及ぼすこともあるという。たとえば部屋を綺麗にすることは運気が上がるともいわれるが、汚い部屋と綺麗な部屋ではどちらが気持ち良いかということに似ているだろう。選手も同じだ。特にFKキッカーは繊細な感覚の持ち主。スパイクのベラの厚さ1㍉にもこだわりを見せる本田にとっては、スパイクが最高の状態である意味は小さくない。それはオランダ時代の出来事が背景にもあるという。

本田 ちょっとのケアがサッカー選手のストレスやパフォーマンスに大きく影響します。そのちょっとしたケアは選手が毎日自分でするのは、なかなかハードルが高い。それはオランダ時代にホペイロがいなかったので松浦さんの有難さが身にしみました。

フェンロでは練習後、シャワーを浴びながら自分でスパイクのケアをしてきた。日本と比べて海外の多くの芝生は柔らかく、深い。スパイクの消耗度は激しく、良い状態を維持するためにはかなりの労力を要する。自分が使う道具。大事するのは当然だが、その時間をフィジカルトレーニングや体のケアに使うことができれば、次戦へのアドバンテージを得ることになる。ビジネスを手がける本田のようにピッチ外の見識を広めることもできるだろう。

もっともホペイロを雇うJクラブが少ないのは日本サッカー界の頂点である、日本代表に専属ホペイロが不在なこととも関係があると感じる。それによるデメリットについて、本田は人間味溢れる答えをくれた。

本田 強いていうならスパイクを毎回ピッチに持って行っていること。たまに忘れそうでね。それくらいヨーロッパでは体ひとつで、そのままフィールドに向かう。自分でスパイクを持っていくといった子供の頃のようなルーティーンは身に付いていないので。

裏方スタッフを充実させるために必要な策とは

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嘘のような笑い話だが、かつて右足用スパイクを2足持参し、スタッフが慌ててホテルに取りに戻ったという事例もあった。また契約メーカーのスパイクをホテルに置き忘れ、違うメーカーと契約している選手のスパイクを借りて練習した選手もいた。ブラジル代表は代表戦ごとにクラブから数人のホペイロが派遣され、チームに帯同する。初歩的ミスは激減。同時に、その環境に合ったスパイクをホペイロがチョイスすることで、選手は目前のピッチに集中できる。結果論になってしまうが芝生状態が良くなかった先のW杯アジア最終予選イラク戦で、専属ホペイロがいれば…と思うのは浅はかだろうか。

「僕のチームにもホペイロはいます。彼らが一番、陰でチームを支えてくれている」と久保裕也(ヘント)が話すように、選手は、特に海外でプレーする選手はホペイロの存在を身近に感じ、その大きさを知っている。ただ日本は、まだホペイロの認知度が低い。では、裏方スタッフまで充実させるには、どんなアプローチが必要になっていくのか。本田はトップダウンの方式が最善の近道だと強調する。

本田 必要なことは日本のサッカーの価値があがっていくこと。1番効果があるのが、我々日本代表が勝つこと。次にJクラブが強く、人気を高める努力を今以上にしていくこと。(Jの現状?)もちろん変えていかないといけない。どう変えるかについては簡単ではないが、クラブの経営者らがトップレベルのクラブがどういう運営をしているか知るところから始まるだろう。クラブの価値があがれば売上は自ずとあがる。そしてそれら全てのクラブに一流のホペイロが選手達をあらゆる面からサポートしていく。こんな近未来が来ることを期待しています。

野球ではブルペン捕手や打撃投手ら俗に言う〝裏方スタッフ〟も重宝されている。サッカーも同様ではないだろうか。選手や監督だけで戦っているワケじゃない。ホペイロという縁の下の力持ちの地位が向上されれば、日本サッカーがまた一つ文化として根付いていく。本田の話を聞き、その思いは強くなる。そして最後に本田は名古屋時代から親交の深い松浦紀典氏へ熱いメッセージを送った。

本田 スパイクのケアだけでなく、移籍先やプライベートのことまで話し合った仲。今考えるとホペイロの仕事って軽視されがちですが、松浦さんのクオリティーはホペイロの中でもトップレベルだったんだなって思います。松浦さん自身も現状を変えようと必死に頑張っている数少ない1人なので、引き続き頑張ってほしい。


飯間健

1977年9月24日、香川県高松市生まれ。02年からスポーツニッポン勤務。06年からサッカー担当。名古屋、G大阪、浦和、鹿島、日本代表などを担当する。