インタビュイー=田島精一郎(ソニー株式会社 新規事業プラットフォームSE事業室1課統括課長)
インタビュイー=舘内祐二郎(株式会社ルネサンススポーツクラブ事業企画部テニスチーム課長)

ショットに関する6つの数値と3つの機能を備えた優れモノ

「スマートテニスセンサー」が世に登場したのは2014年。

半円型をしたセンサーで、直径は約3センチ、重さは8グラムしかない。ラケットのグリップエンドに装着するだけで、自分のテニスの映像と数値がスマートフォンで見られると話題を集めたガジェットだ。このセンサーには三次元的にスイングをとらえるモーションセンサーと、インパクト時の振動をとらえる振動センサーを搭載していて、そこでわかることは以下の6つだ。

・ショット数
・インパクト位置
・スイング種別
・ボール回転
・スイング速度
・ボール速度

そして、これらのデータをリアルタイムで見ることができる「ライブモード」、ショットのデータを収集しつつ自分のフォームや打ったボールの軌道を録画できる「ライブモードビデオ」、ショットデータを蓄積して解析できる「プレーレポート」の3つの機能を備えている。

使い方は簡単だ。充電後、対応ラケットのグリップエンドのバッヂを外して付属のアタッチメントを装着。音がするまでセンサーを回せば終了。次に、スマートフォンに専用アプリをインストールし、画面にしたがってセンサーとアプリをBluetooth(ブルートゥース)接続すれば準備完了である。あとはプレーするだけで自動的に自分のテニスに関する映像とデータがスマートフォンに送られてくる、というわけだ。

小さくて軽いのに、ショットのデータを正確に収集する「スマートテニスセンサー」。そもそもどんなきっかけで生まれたのか? そして、開発している中でどんな点に苦労したのか? ソニーの田島精一郎氏がソフト面とハード面に分けて語ってくれた。

ソフト面で最も難しかったのは精度の高さ

©松岡健三郎

ソニースマートテニスの開発に携わったソニー株式会社新規事業プラットフォームSE事業室1課統括課長の田島精一郎氏

——「スマートテニスセンサー」を開発しようという動機はなんだったのですか?

田島 テニスの好きなエンジニアがプロトタイプを作って、社内の展示会に出展したのです。それを、たまたま私や他のメンバーが見て『これが世に出れば、テニスがもっと楽しくなるはず。これを発展させて商品化しよう!』と盛り上がったのがきっかけです(笑)。その後、企画書を作成して会社に提案。その企画が無事に通り、センサーの商品化に向けたプロジェクトが始まりました。

——企画が通った後は?

田島 最初は3人でスタートしました。当初、コアとなるエンジニアはほんの数人でしたが、商品化が進むにつれてたくさんのエンジニアに協力してもらいました。また、商品化できるための体制作りにも奔走しました。そうして、ようやく完成したのが1年後です。

——ソフト面で苦労されたことはなんでしたか?

田島 なんといっても、データの精度です。例えば、データ項目の1つに「スイング種別」というのがあります。フォアハンドのスピンだとか、バックハンドのスライスなどがセンサーでわかるのですが、プレーヤーのフォームというのは同じではありません。いかに“フォームのばらつき”というものを吸収するか。そのために、スタッフで何万球と打ちました。とにかく打って打って、さまざまなフォームを収集しました。他の項目に関しても同様で、ボールが当たった位置やスイングスピードなど、膨大なデータの収集に努めました。

ところが、スタッフだけではデータの収集に限界がありました。それは、高度なショットに関するデータです。例えば、時速200キロのサーブを打つ人なんて周りにはいません(笑)。そこで、ハイレベルのショットを打てる外部の方に依頼しました。大学のテニス部や、プレーヤーとの結びつきが強いヨネックスさんにお伺いしてお願いしたのです。そして、上手な方に来ていただき、難しいショットをたくさん打ってもらいました。

とにかくデータを集める作業が最初の関門でした。データ収集が不十分だと、精度が低くなってしまうからです。そうすると、実際にセンサーのモニターを見た方は納得しないでしょう。

ハード面での難しさは相反するところを両立させること

——ハード面ではなにが難しかったですか?

田島 衝撃を克服することが、一番大きなハードルでした。ラケットにボールが当たる衝撃はもちろん、立てかけていたラケットが倒れたときの衝撃も考慮しなければいけませんでしたからね。テニスでは、よくラケットをネットやベンチに立てかけます。それが倒れたときの衝撃は、思っている以上のものなのです。

また、防塵(ぼうじん)対策も考えなければいけませんでした。というのも、クレーコートを想定していたからです。砂が入っても大丈夫なように対策を講じました。

いろんな環境を想定して耐えられる設計にするのは大変でした。壊れないようにするけれども、同時に軽く小さくしなければいけない。相反するところを両立させなければいけなかったのですから。

——当初からセンサーをグリップエンドに付けようと考えていたのですか?

田島 いいえ。最初は、いろんなところに装着して試しました。例えば、フレームの二股に分かれている部分ですね。ここに付けたら精度が一番いいんじゃないかと。確かに精度はいいのですが、この部分だと衝撃が大きかった。それに、物理的にボールに当たってしまう恐れもあった。他のところにも付けてみましたが、最終的にグリップエンドに装着するといいことがわかったのです。

——ラケットに装着するわけですから、ラケットメーカーの協力も不可欠だったのでは?

田島 はい。データ収集で協力していただいたヨネックスさんに、その点も協力していただきました。センサーの形や装着してラケットを持ったときの感触などの貴重なご意見を聞かせていただきました。

また、ガジェットをラケットに装着するわけですから、重量バランスというのも考えないといけません。8グラムあるセンサーがラケットにどう影響するのか。そのあたりもヨネックスさんのご意見を参考にさせていただきました。

©松岡健三郎

「スマートテニスセンサー」が販売された当初、対応ラケットは開発に協力したヨネックスだけだった。しかし、現在はヨネックスの他に、ウイルソン、プリンス、ヘッド、スリクソンの5社に増えている。

——センサーの鮮やかなオレンジ色が印象的です。この色にしたのはなぜでしょうか?

田島 この色の正式名はアクティブオレンジと言います。センサーは小さいので、もし地面に落ちても目につくようにという配慮です。また、ラケットに付けると目立つからいいかなと(笑)。

——田島さんご自身が「スマートテニスセンサー」を付けてテニスをしていて気付いたことはなんでしょうか?

田島 私が一番気にしているのはスイング速度とボール速度の差です。例えば、スイング速度が「100」でボール速度が「90」だとしたら、それはちゃんとボールに触れていないとか当てるタイミングが悪いことを示しています。そして、次に映像を見て回転の「+」が出ているかどうかを確認します。

映像を見ていつも思うのは、自分のイメージと映像って違うことです(笑)。自分はカッコよく打っているつもりなのに『あれ、自分はこんな打ち方しているのか』と悪いフォームに気づくんです(笑)。

「スマートテニスセンサー」を使い、テストを繰り返したルネサンス

ここからは、「スマートテニスセンサー」を開発したソニーの田島氏らと話し合いながら、レッスンの新しいシステム「スマートテニスレッスン」を確立したルネサンスの舘内氏にインタビューした。現在、「スマートテニスレッスン」を導入しているルネサンスの店舗は20店舗。最終的には全てのインドア施設に導入する予定だ。いかに「スマートテニスレッスン」は生まれ、どんな内容なのだろうか?

実は、インタビュー前に記者は関係者の方たちと一緒に「スマートテニスレッスン」を体験させていただいた。メニューはストロークとボレーの練習と試合形式。1時間ほど汗を流した。ラケットには「スマートテニスセンサー」が装着されており、自分が打ったショットのデータはコート内に置かれたタブレットに送信される。打った後は、タブレットに出てくる映像(左右のネットポストの上に設置されているカメラが録画)と数値を見ながらコーチのアドバイスを受ける、という流れだ。

ここ最近、テニスから遠ざかっていた記者にとっては久し振りのレッスン。その長いブランクがデータとなって顕著に現れていた。まず「ボール回転」の数値を見ると、スピンを表すプラスが思った以上に低い。トップスピンをかけていたつもりだったが、実際は回転がそれほどかかっていなかったのである。そして、回転以上にショックだったのは「インパクト位置」。思った以上にスイートスポットを外れていた。これにはガックリ。さらに、映像を見てわかったのは、バックハンドを打った後に体がフラフラしているではないか……情けない。しかし、「スマートテニスレッスン」の威力は十分に実感できた。映像と数値は嘘をつかないのだ。

©松岡健三郎

スマートテニスレッスンの導入に力を注いだ株式会社ルネサンススポーツクラブ事業企画部テニスチーム課長の舘内祐二郎氏

——ソニーの「スマートテニスセンサー」を導入したきっかけはなんでしょうか?

舘内 2014年に「スマートテニスセンサー」が発売されたとき、興味があったのですぐに入手しました。それからセンサーを付けたラケットでいろいろなことを試し、『特別レッスンに使えるかな』と思い至ったのです。特別レッスンというのは通常レッスン以外の時間に行うレッスンのことで、例えば、バックハンドの特訓を行う内容だったり、祝日に行ったりと、ある種イベントという形に近いレッスンです。

そこでお客様を集めてレッスンを何度も開催しました。その後、ソニーさんとご縁があって、「スマートテニスセンサー」の可能性について話し合ったのです。レッスンマニュアルを作ってご意見を聞いたり、効率的な運用に関して打ち合わせを重ねたりしました。

——特別レッスンでデータや生徒さんの感想を収集していたわけですね?

舘内 そうです。お客様の満足度や集客率のデータなどを収集しました。また、コーチ側からは効率よくお客様に喜んでいただける課題などをまとめたレポートを提出してもらいましたね。それらをヒントに今回のシステムを作り上げたのです。「スマートテニスレッスン」のシステムができるまでの2年間は、そういった特別レッスンという形で続けていました。
そして、具体的な検証に入ったのは去年の夏でした。いまのスタイルの形に近い形でのテスト版です。

映像と数値のおかげで、自分の現状のテニスがわかると評判

©松岡健三郎

——特別レッスンの評判はどうだったのでしょうか?

舘内 特別レッスンを行っている期間中、お客様からのフィードバックで最も多かったのが、動画の見やすさと数値のわかりやすさでした。この2つが1枚のタブレットの画面に連携しながら出てくるので、現状の自分のテニスがどうなっているのがわかりやすいという意見が多かったです。

特に初心者の方は、自分の打ったショットを客観的にとらえることは難しいものです。しかし、レッスンを受講されてタブレットを見ると、ラケットのどこにボールが当たっているかがはっきりとわかる。そうすると、コーチもアドバイスしやすいのです。例えば、ラケットの根元で打っている映像をお見せすると「スイートスポットを外している」と確認できます。そうすると、コーチからボールと距離をとって打ちましょうというアドバイスが腑に落ちるわけです。初心者の方には非常に喜ばれました。

また、一定のレベルに達した方、例えば、速いボールを打つことができるけれども相手コートにおさまらないお客様には「ボール回転」を見せて回転数を改良させていただいたり、サーブでスピードを上げたい方には「スイング速度」と「ボール速度」の差をお見せして、スイングロスしないアドバイスができたりしました。

的確なアドバイスを提供できるようになったコーチ陣

——逆に教える側のコーチの反応はどうだったのでしょうか?

舘内 映像と数値がお客様の目の前にあるので、コーチ側もお客様に説明しやすかったですね。これまで、コーチはお客様に言葉と体の動きのみで伝えていました。例えば、「ラケットを少しだけ下から出して振っていきましょう」とアドバイスしても、「少し」というのがどれくらいなのか。コーチは一所懸命伝えようとし、お客様も理解しようとする。それでも、なかなかコーチの真意をお客様がすべて理解するのは難しかったと思います。

また、お客様は1人ひとり違った要望をお持ちです。ある方はパワーが欲しい、ある方はもっと回転をかけたい、あるいはもっと美しいフォームにしたいというように。こういった要望、ニーズに対して、コーチはタブレットの映像と数値を見ながら明確に答えることができます。つまり、ラケットが収集したデータを見ることのできる1枚のタブレットから、お客様にいろんなフィードバックが可能になった、ということです。

これまでと比べて、コーチはバリエーションに富んだアドバイスをお客様に提供できるようになったのです。

ただ、一度に多くの情報をお客様に伝えることはしません。なぜなら、短時間で多くの情報を処理するのは難しいからです。そのため、コーチは多くの情報からお客様に最適な情報を絞り込んで伝えるようにしています。それが、僕らの仕事のひとつだとも考えています。

お客様とコーチ間のコミュニケーションが格段にアップ

©松岡健三郎

——お話を聞くと、お客様とのコミュニケーションが上がったように思います。

舘内 ええ。お客様との双方向性が格段に上がりました。例えば、コーチの頭の中にある映像をタブレットで見ることができれば、お客様に伝えやすい。そうなるように、お客様のフォームを撮影するカメラの位置にこだわりました。田島さんと話し合って、最終的には、左右のネットポストの上にカメラを置いて、そこから撮影することにしました。撮影された画像を見るとわかりますが、設置したカメラの位置はコーチの目線に限りなく近い位置なのです。そして、コーチの指導目線でお客様にも見ていただく。そういう環境になったので、コーチはお客様と同じものを見ながら話し合うことができます。コーチは自分の伝えたいことが正確に伝わり、お客様はわからない点をすぐに聞くことができるようになったのです。

コーチがお客様に丁寧にアドバイスすることは昔も今も変わりませんが、「スマートテニスセンサー」は、コーチの指導力を加速してくれるサポートツールと言ってもいいでしょう。

——今後のコーチの在り方も変わってきそうですね?

舘内 今までもお客様に対して責任を持って指導してきましたが、これまで以上にお客様に喜んでいただけるようにお客様のテニスに変化を出していきたいです。そのためには、コーチは気を引き締めて「スマートテニスレッスン」に臨まなければいけません。タブレットの映像と数値を見れば、お客様のテニスは一目瞭然ですから。

最終的なテニススクールの役割は、お客様のテニスをしっかり上達させること。それは、今も昔も変わりません。と同時に、お客様が「スマートテニスレッスン」を通じて上達する楽しさを味わって欲しいですね。

スクールレッスンの在り方が大きく変わる!

冒頭で書いたように、テニスは上達が実感しにくいスポーツである。

その意味で、ソニーとルネサンスが映像と数値でショットを可視化したことに成功したことは、スクールレッスンの在り方を大きく変えるだろう。自分のテニスが可視化されるということは、上達が加速化される可能性を秘めているからだ。

体験レッスンを一緒に受けた方の1人は、「ボールがしっかり当たっていると「ボール回転」がプラス表示になり、当たっていないとマイナス表示になる。それが目安になって打ち方の参考になった」と語っていた。「感覚と数字で打ち方がしっくり入ってきた。数字が感覚を証明してくれる感じ」。彼の言葉は、的を射た感想だと思う。

「スマートテニスレッスン」の未来

大きな可能性を秘めた「スマートテニスレッスン」。田島氏と舘内氏は、どのような未来を描いているのだろうか。

田島氏は「エンターテイメント性を加味したいですね。プレーしたら、すぐにモニターを見たくなるようなドキドキワクワク感を持たせたい。また、「スマートテニスセンサー」をもっとシステムとして進化させて、スポーツ界で横展開したいと考えています」。

一方、舘内氏も「お客様からとコーチのフィードバックを元に、「スマートテニスレッスン」を進化させていきたいです」。

もう不安感がつきまとうレッスンにさらばと言おう。

レッスンを受ければ、誰もが自分のテニスが映像と数値で確認できる時代が始まったのだ。そして、そばには的確な情報を伝えてくれるコーチが寄り添っている。テニス愛好家の1人として、ソニーとルネサンスの今後の展開が楽しみである。


澄田公哉

1957年、東京都生まれ。テニス専門誌「スマッシュ」の編集部に16年間在籍。現在はフリーの編集者兼テニスライター。これまで300人以上の内外のテニスコーチやプロを取材。また、「リターンゲーム 錦織圭」(学研プラス)や「1日5分 横隔膜呼吸で「やせ体質」になる」(池田書店)など、これまで20冊近い書籍の編集に携わった。最近はテニススクールのオウンドメディアの仕事もスタート。自分の経験を生かすために新しい知識をどん欲に吸収してテニス界を“編集”していきたいと考えている。