取材・構成=手嶋真彦
【第2回】明確になっていない日本版NCAAが果たす役割【第3回】大学スポーツと学生アスリートの価値を高めることが必要【第4回】大学スポーツもエンターテインメントとして、まずは会場を満員にどのような流れで日本版NCAA創設という話が出てきたか
©荒川裕史――大学スポーツの産業化に向けて、どのようなハードルが想定できるのか。その統括組織となる日本版NCAAができると、どうハードルが越えやすくなるのか。ハードルと日本版NCAAの効果をセットにして考えていきましょう。日本政府がスポーツを成長産業に仕立てようとしているのは事実として分かりますが、大学側はどういう視点を持っているのでしょうか? まずは早稲田大学の教授でいらっしゃる間野先生にお聞きします。
間野義之 多くの大学は、まだ日本版NCAAについてよく分かってないですよ。ちょうど今、自民党の有志議員による「スポーツの産業化促進議員連盟」がスポーツ立国推進のための法案化の準備をしていて、僕はアドバイザリーボードのメンバーなんです。その議論の中にも「大学スポーツ」という文言は出てきますけど、理念法ですね。アメリカのように6万人収容できる自前のスタジアムを持った大学がいくつもできて、ホーム&アウェーで収益化できるかと言えば、まだまだそこまでは行かないですよ。
――そもそもの経緯として、どんな流れで大学スポーツの産業化とか、日本版NCAA創設という話になってきたのでしょうか?
間野 一番大きいのは東京オリンピック・パラリンピックの開催決定ですね。2019年にはラグビーワールドカップも日本で開催されます。同一国での連続開催は史上初です。関西では続く21年に4年に一度のワールドマスターズゲームズが開催されます。原則30歳以上の一般アスリートが競い合う、“するスポーツ”の世界最高の祭典です。それぞれ別々に招致活動をしていたのに、たまたま揃っちゃったわけですよ。パチンコやスロットマシンじゃないですけど、「777」ってね(笑)。
池田純 ハハハ。
間野 パチンコ玉がじゃらじゃら出てきているわけです。そんな中、一昨年(15年)の10月にスポーツ庁が誕生しました。何か新しいことをやろうというわけです。
池田 日本版NCAAについて情報発信されだしたのは、去年(16年)の春頃からですよね。
間野 スポーツ庁ができて、検討はすぐに始まりました。磨けば光る玉かもしれないと。小学校からの学制がアメリカも同じ6-3-3-4で(※5-3-4-4などの地域もある)、大学スポーツは日本が周回遅れですから、アメリカの真似をすれば日本でもNCAAのような組織が作れるだろう、という話です。先日は、自民党主催の日本版NCAAについての勉強会がありました。500人くらい来てたかな。
池田 大学関係者が、ですか?
間野 大学から3分の1、企業から3分の1、残りの3分の1が自治体や行政からだったと聞いています。ただ、大学の関係者は全体像が見えていないんじゃないかな。まだよく分かっていない人が、ほとんどですから。
池田 政府の側だけ、先に進めているようにも映ります。大学関係者はどうやって、現状や問題を把握しているのでしょうか?
間野 早稲田大学の場合は「競技スポーツセンター」という部局があって、そこに運動部44部がぶら下がっています。ただ、いずれこうできればという仕組みの話はありますが、現時点では各運動部ごとの運営になっています。
池田 早稲田もそうなんですか?
間野 めいめい自由にやってますよ。
池田 各運動部は大学の公認ですか?
間野 競技スポーツセンターの傘下にある44部は公認です。その他は、たとえ本格的に活動していても、体育会とは認められていません。早稲田では運動部を体育会各部と呼んでいますが、各部の運営はOBやOGからの支援が中心です。大学からの助成金もありますけど、会計は別会計です。大学からもらったお金の報告はしますけど、それ以外のOB会が集めたり、部費として徴収したものの使途はオープンにはされていません。今回政府が求めているのは、そういう仕組みを含めての改革です。会計の透明化のためにも、別法人化せよという話になるわけです。京都大学のアメリカンフットボール部は、すでに別法人化しています。いずれにせよ大学スポーツも、結局はリーグ戦じゃないですか。リーグに関係する大学全部で改革を進めていかないと、事態は動きません。
池田 ハードルはかなり多いですよね。
間野 多いと思います。例えばラグビーの早明戦だけ、独自のルールを作ってやろう、それで稼ごうと試みたとしても、外部のしがらみがありますから。
池田 六大学野球だけで事業収益化の推進を考えるとしても、そう簡単に事が運ぶのか……。
間野 アメリカのNCAAについての理解が進む、日本語の本が2冊ありますよ。1冊は、NCAAはある種のカルテルだと経済学的に指摘しています。市場が歪んでいる可能性があるし、カルテル抜けの動きからトラブルも起こりうる。必ずしも全てがバラ色じゃないという話です。もう1冊は、NCAAの制度そのものを紹介しています。NCAAのそもそもの発端は、アメリカンフットボールの死傷事故が多すぎるので規制やルール作りを求めた、当時のセオドア・ルーズベルト大統領の介入なんです。NCAAの前身の組織が1905年にできていますから、日米で100年以上の歴史的な違いがあります。プロとアマをまたぐ制度も大きく異なっていて、例えばアメリカのNFLやNBAには高校からは直接進めない仕組みになっています。プロ入り解禁までの期間、個人のトレーニングでレベルを維持できるかと言えばさすがにできない。結局みんな大学に進学するんです。日本だと甲子園が大谷翔平のような選手で大騒ぎになりますけど、アメリカはそういう金の卵が大学を経由するから、カレッジスポーツを観ようとする側面もあるわけですよ。
池田 日本は高校から大学の連続性がないですよね。高校野球だと甲子園という大きな大会がありますけど、そこが一番の花形で、トップレベルであればあるほどその先積極的に野球で大学に進む意味があまり見出せない。大学からは人気選手、スター選手が高校野球に比べて出てこないですし、プロ野球のドラフト1位として、結局日本でブームが起こるほどに騒がれるのは高校生です。本来であれば、プロ、大学、高校と3つ連携を取って、学生にとって、プロにとって、どうすることが良いのか、そのあたりの仕組みも、本来であれば、これから変えていかないといけません。
学業よりもスポーツが優先になっている大学スポーツの実態
©荒川祐史池田 スポーツ庁の鈴木大地長官と、ちょうどお会いしたばかりなんです。最近始めたスポーツビジネスカレッジのゲストとして、鈴木長官をお招きして。
間野 そのカレッジのホスト役は池田さんですか?
池田 発起人のような役割です。半年くらい続く、コースなんですよ。サロンみたいな。そこで鈴木長官は大学スポーツの産業化について、道筋をもう少しゆっくり作っていかなきゃいけないと仰っていて。それこそアメリカンフットボールの死傷事故が多すぎるので、規制やルール作りを求めたルーズベルト大統領の視点から始めて、ビジネスはもう少し後の話だと。
――これまでは任意団体だった大学の各運動部を、学校法人に組み込んでいくところから始めようというお話でしょうか。早稲田大学の運動部44部が傘下にあるという「競技スポーツセンター」は、歴史も古いようですが?
間野 体育局という昔の部署名を、競技スポーツセンターに変えたのが何年か前ですね。
池田 早稲田大学の組織に、独立したひとつの局として存在しているのですか?
間野 そうです。競技スポーツセンター長は各学部の学部長と同じようなポジションで、早稲田の総長が指名する大学教授です。その下には事務職員がいて、事務室もあります。ただし、各運動部の部室はキャンパスの中にあったり、外にあったりでバラバラです。それに監督やコーチは各部のOBが中心で、基本的には大学外部の人たちです。その一方で各部の部長には、大学内部の専任教員しかなれません。
池田 監督やコーチの指名と任命は、各部ごとですか?
間野 各部ごとです。部長が推薦し、競技スポーツセンターの管理委員会で決定しています。
池田 給料も、ですか?
間野 ほとんどの部では給料は払っていません。
池田 全部ボランティアですか?
間野 基本はそうです。報酬があるとしても、OB会が集めてくるお金からの心付けのような形だったり、あるいは企業に頼んで、そこから出向させてもらう場合もあります。
池田 競技スポーツセンター長には、何らかの経験が要求、必須となっているのでしょうか? 例えば、スポーツビジネスやプロスポーツ経営の経験など。
間野 経験は問いません。ですから、アメリカのアスレチック・デパートメント(大学体育局)のアスレチック・ディレクター(そのトップ)とは違います。
池田 競技スポーツセンターの中には、例えば広報機能もありますか?
間野 ホームページは展開しています。
池田 全運動部のホームページを、そこに集約しているのですか?
間野 まとめてないですが、各部のページにリンクしています。
池田 大学のカラーや各部のチームカラーなどのブランド管理も、それぞれですか?
間野 いまは大学がアシックスと提携しています。カラーの統一で難しいのは、同じえんじ色でも微妙に違うんですね。部ごとに、うちはこの色だ、とか(笑)。かといって、競技スポーツセンターの仲介で、統一カラーを作る動きがあるわけでもない。
池田 統一を働き掛けると、どうなりますか?
間野 思い通りにはならないでしょう。競技スポーツセンターに、その権限があるわけではないですから。
池田 そういう権限は、どうすれば持てるのでしょうか?
間野 池田さんが学長特任補佐に就任した明治大学でそういう統一を進めていくなら、各運動部の部長の任命権は池田さんが持ったほうがいいですよね。
池田 早稲田の各運動部の部長は、部をコントロールできているんですか?
間野 部長が部の責任者という位置付けですので、制度としてコントロールすることになっていますが、現実的に難しい運動部もあります。大学の運動部の部長は、高校の部活動の顧問に相当します。その役割は、学内では書類の作成と提出だったり、対外的には不祥事が起きたらお詫びをしたり。基本的に大学の運動部は、監督以下、コーチ、スタッフと、部のOBが主体となってボランティアで活動している組織なんです。
池田 部長だけでなく、チームスタッフ全員の任命権も持たないと、コントロールするのは難しいですよね。大学スポーツにおいて早稲田はかなり進んでいるらしいという漠然とした話を、耳にしていたんですが、そういった「統括管理」もかなり進んでいるのでしょうか?
間野 「早稲田アスリートプログラム」の話かもしれません。各運動部の部長に、部員全員の成績が送られてくるんです。学部の垣根を越えて。
池田 学業成績ですか?
間野 GPA(=グレード・ポイント・アベレージ。学業成績を示す数値)と取得単位数が一定を下回ると、部長がその学生と面接して、何らかの対策を作り、それを競技スポーツセンター長に報告する義務があります。練習に参加できない、対外試合に出場できないなどの処分もありえるんです。
――アメリカのNCAAと同じ仕組みですね。
池田 その処分に強制力は伴うんですか?
間野 いえ、伴いません。学生に訴えられたら、大学は勝てないんじゃないですか。自分には練習に参加して、試合に出る権利があると主張されたら。
池田 日本の大学の体育会は実態として、学業よりもスポーツ優先ですよね。施設側の制約で平日の夜に試合が組まれたりしますし、どうしても学業がおろそかになりがちじゃないですか。
間野 試合があれば、授業よりもそっちです。早稲田の場合は試合を理由に欠席を許可することはありません。「試合参加証明書」として、公式試合が実施されたことを証明するものはあります。部長の承認を得た上で、授業の担当教員に提出しますが、試合に参加したことを、どのように扱うかは、担当教員に一任されています。例えば、去年のリオデジャネイロ五輪に出場すると、1か月くらいは大学に来れなくなるわけです。僕はスポーツ科学部の教員ですし、当然公欠扱いにしますけど、教員によってはまったく認めない人もいるようです。リオ五輪の大会中に、現地から学業のリポートを送ってきた学生もいましたね。
池田 競技スポーツセンターの強制力で、公欠扱いには?
間野 そういう強制力はないんです。
池田 そのいわゆるスポーツ局は、学長直属の部局なんですか?
間野 そうですね。
池田 学長の意向次第で、スポーツ局のあり方も変わってくるのでしょうか?
間野 学長も選挙で選ばれますからね。投票権を持った教員の中には、快く思わない先生たちもいるわけです。スポーツ局にいろんな権限を与えたところで、大学にとっては取るに足らないという評価なんでしょう。
池田 一歩進んでいると言われる早稲田でも、スポーツはそういう位置付けなんですか?
間野 総長とか理事は、ちゃんとスポーツの価値を理解されています。ただ、教員1800人は、スポーツに理解のある先生ばかりではありません。
池田 理解促進のためのプログラムや説明会は?
間野 ないですね。
池田 そういうことをアスレチック・デパートメントとか、スポーツ局が本当はやらなきゃいけないんでしょう。
間野 仰る通りです。