【第1回】日本版NCAA設立に待ち構える多くのハードル【第3回】大学スポーツと学生アスリートの価値を高めることが必要【第4回】大学スポーツもエンターテインメントとしてまずは会場を満員に

日本版NCAAができたところで変わることはあるのか

©荒川祐史

――早稲田大学は2032年の創立150周年に向けて、いわば道標となる中長期計画の「ビジョン150」を掲げています。ところがスポーツの「ス」の字も、そこには出てきません。大学におけるスポーツの位置付けは、その程度なのでしょうか?

間野義之 ちょっとは出てくるんですけどね(笑)。

――ここで日本版NCAAのモデルとなるアメリカのNCAAが、どのような機能を果たしているか、少し紹介させていただきます。まず、学業優先の仕組み作りです。GPA(=グレード・ポイント・アベレージ。学業成績を示す数値)の必要スコアを定めて、クリアできないと運動部の活動に参加できません。高校から大学に進学する際にも、一定の成績を収めておかないと運動部への入部自体が叶いません。それから、各運動部の全体練習の時間を制限しています。シーズン中はミーティングを含めて1週間20時間まで、1日4時間までで、週1日は完全休養日にしなければならないというものです。ルール違反には処罰が科されます。このほかNCAAはTV放映権料や、高卒選手のプロ入りに関する取り決めなど、外部との調整にも関わっています。最後の高卒選手のプロ入り制限は、日本でも大学スポーツの産業化に向けた、死活問題になりえるのではないでしょうか。アメリカのNFLやNBAには、高校卒業から一定期間を空けないと進めません。

間野 影響してきますよね。

――日本版NCAAでは、学生アスリートが大学に行く意味を実感できる環境整備も重要になってくるでしょう。具体的にはデュアルキャリアの支援や、インテグリティ教育(組織のリーダーに求められる高潔さ、真摯さ、誠実さに関する教育)の提供などです。その一方で、大学スポーツ産業化の肝となるのは、やはりコンテンツでしょう。コンテンツに魅力がなければ、人は集まりません。人が集まるスタジアムやアリーナなどのファシリティの改善も、併せて考えなければならないでしょう。

池田純 そもそもの話をしてもいいですか。日本版NCAAができたとして、じゃあ何をやってくれるのか。明治大学でスポーツ・アドミニストレーター(Athletic Director)を務める僕ですら、そこがよく分からない。

――アメリカのNCAAにも弊害の部分はあるようなので、日本ではコピーと改善をセットにしていかなければならないでしょう。

池田 個々の大学を見ても、アメリカと比べるとそうとう後れを取っているじゃないですか。日本の大学ではスポーツの重み自体が足りないわけですし、たいていは専門の部局すらありません。大学の予算が恩恵を享受できる学生の数によって配分されていくとすれば、部員しか恩恵を享受できない運動部にはなかなか予算も付きにくい。正直言えば、危惧しているんです。各大学でスポーツへの理解がもう少し進まないと、日本版NCAAができたところで何が変わるのだろうかと。そもそも大小様々な規模がある日本全国の各大学にとって、現場を理解した形から進むのか、とりあえず日本版NCAAという「枠組み」が作られて、「あとはそこから考えましょう」的に進むのか。

――アメリカのNCAAも、もともとは大学の自主的な集合体だそうですし。

池田 大学の垣根を越えてスポーツの話をする場って、日本にあったのでしょうか。各大学の権限を持つ人たちが集まって。

間野 勉強会のような集まりはありました。教育学部や体育学科を持っている大学から、ひとりずつ出席するような。提言を出したりする組織ではないんですが。

池田 大学スポーツで早稲田が進んでいるらしいと耳にしても、じゃあ具体的にどこがという話は、こうして間野先生に聞きに来ないと分かりません。プロ野球だと球団を超えて、ばんばん聞きに行きますよ。たしかに発想が一元化して、どこも似たようなサービスになって、ちょっとオリジナリティに欠ける危惧はありますけど、日本の大学もお互いの状況とか、他よりも進んでいるところを共有して、一緒に前進していかないといけないんじゃないかなと思います。交流がまだまだ少ない気がします。

間野 池田さんは、なんで明治に?

池田 奇遇なんですけど、副学長が10年来の知り合いで、ちょっと相談に乗ってくれないかと声を掛けられました。学長や副学長と話をしているうちに、僕が(横浜DeNA)ベイスターズを離れることになって、明治大学のスポーツ・アドミニストレーター(アメリカの大学のアスレチック・ディレクター=体育局長=に相当)とか、そういう話が出てきたわけです。

間野 池田さんに声を掛けたのは、スポーツ畑じゃない人たちですよね?

池田 そうですね。外部から引っ張ってこようと、よく決断しましたよ。

間野 すごいよね。

池田 ただ、学長を含めて理事など大学のトップや経営層の理解がなければ、大学で外部の人間が力を発揮するのはすごく難しいんじゃないでしょうか。対外的な会合ひとつに出て行くのにも、ちゃんとオーソライズ(許可)を取っておかないと問題になりかねない。しかも、学長って任期の4年ごとに、だいたい替わっていくじゃないですか。そう考えると、もともとスポーツに理解のある大学、例えばスポーツ学部のある大学がやりやすいんじゃないかと。だけど日本の場合、スポーツ学部のない大学だらけじゃないですか。

間野 ほとんどないですよね。

池田 明治大学なら学校の規模が大きいですし、今後スポーツの学部を作る可能性もありますし。大学スポーツでも明治大学がモデルケースになって、より小さい規模の大学に波及していくかもしれません。

間野 大学内のトップダウンが可能で、しかもスポーツや運動部に関するしがらみがあまりない環境なら、面白い取り組みになるかもしれませんね。

今が旧来の部活動を変えるチャンス

©荒川祐史

――間野先生はスポーツ庁と経済産業省の共同の審議会「スポーツ未来開拓会議」に、座長として関わられておられます。大学スポーツの産業化についても、そうした政府の審議会など一部の理解が進む一方で、当事者の大学が全体像を把握していないというお話でした。各大学にスポーツや運動部を司る専門の部局を作り、前進していく上では、学内の理解やコンセンサスを得るハードルがすごく高いというお話もありました。政府はまず、各大学の学長クラスに、日本版NCAAや大学スポーツ産業化の意味合いを伝えようとしているようですが、大学内の理解促進のための具体的な方策はあるのでしょうか?

池田 学長に伝えるだけでは、前進するのは難しいですよ。学長は仕事をいっぱい抱えていますから。大学内にスポーツの価値を分かっている間野先生のような方がおられるなら、そういう方が学内のスポーツを統括していけばいい。明治大学なら、プロスポーツを知っている僕のような人間が、大学の内部をしっかり把握して、理解を促進させていかないといけません。アメリカのNCAAと各大学の関係は、日本のNPB(日本野球機構)とプロ野球の各球団の関係に似ている部分もあると思うんです。各球団からNPBの理事という形で人が集まっているのと同じように、日本版NCAAにある程度の数の大学から人が集まり、これから何ができるか、そのためにはどんな法整備や強制力が必要か、本当はそんな話や議論がもっと必要ではないでしょうか。ところが実際は、規模が小さい大学の保険をまとめて扱ったり、各大学のホームページなどの制作や管理運営などの共同運営で、コストや人的リソースが足りていないところから補いましょう、などという話になりかねない。日本版NCAAという箱作りが先行しすぎている印象です。

――大学主導で進めていくと、時間がすごく掛かりそうですね。

池田 議論がしっかりとなされ、ある程度の共通理解が深まれば、あとは合議制でなくても、リスクを取ってどなたかが日本版NCAAの責任者となり進める形でも良いのではないかと思います。どちらにしても、いずれビジネスまで行くとなると、けっこう時間は掛かるのではないでしょうか。たとえアメリカのNCAAが最初は規制やルール作りのための組織だったとしても、NCAA先進国となった現代はビジネス化が進んでいるわけで、そのあたりをしっかり研究して、さらにはイギリスのBUCS(大学スポーツの全国的な統括団体)のようにビジネス化を重視していない組織もあるわけで、まずは『グランドデザイン』を作り、その中で「ここから始めましょう」というのが本来あるべき進め方ではありますよね。

――そもそも、なんで大学スポーツの産業化を推進すべきなのか、という疑問もあるでしょう。推進する理由のひとつに、日本全国に781校ある大学が、少子化による生存競争に晒されていく未来があります。スポーツを使ったブランディングを、大学の経営資源のひとつとしていく発想です。

池田 早稲田の最近の学生さんは、大学のスポーツを観に行くのでしょうか?

間野 野球の春の早慶戦は、神宮球場が満員になりますよ。あれはほら、各種サークルのビッグイベントになっているから。新入生を早慶戦に連れて行って、そのあと宴会をやるっていうのが。だから秋の早慶戦の観客動員は春ほどではないんです。

池田 アメリカみたいに、観るスポーツが大学に定着しているわけではないんですよね。

間野 わざわざスタジアムまで行くのはスポーツファンの学生だけです。ラグビーの早明戦だって、観客席は卒業生のほうが多かったりしますから。

池田 間野先生が早稲田に関わられるようになったのは、いつからですか?

間野 2002年からです。

池田 当時と今で変化はありますか?

間野 変わってないですね。観るスポーツに関しては。

池田 僕は早稲田の2000年の卒業生ですけど、当時の学生は大学のスポーツをもっと話題にしていた記憶が残っています。早明戦だ、早慶戦だって。それが今の明治大学では、ほとんどそういう会話を聞きません。僕らの学生時代より、観に行かなくなっているのでしょうか。

間野 六大学野球は、1試合平均9000人程度と言っていたかな。ハンカチ王子の時代はご婦人方のおかげでやたらと増えていましたけど、その後は同じくらいですよ。アマチュアで9000人集めるって、すごいですよね。早慶戦だと3万人前後になりますし。

池田 1試合だけの動員数だと、プロバスケットボールより多いですよね。

間野 もしも僕が早稲田の競技スポーツセンター長になり、何かやれと言われたら、まずは法人化ですかね。(体育会各部=計44部=を傘下に収めている)競技スポーツセンターの独立採算化を目指します。でも、なんで今、スポーツの価値とか大学スポーツの振興という話になっているかと言えば、お金とは別の次元の理由があるからですよ。大学まで本格的にスポーツに打ち込んだ人は、日本の社会でもっと活躍できるはずなんです。その潜在能力は持っているはずなのに、大学のスポーツを通して人間性を高める機会を十分には活かせていない。現状はただ練習と試合だけじゃないか。それじゃあ、もったいないという話です。運動部のスタッフ部門に現役の大学生が入って、例えばマーケティングに挑戦したら、実践的なインターンシップの場になります。体育会での経験が実社会に繋がってくる。そういう有益な学びのチャンスが、本当はあるはずなんですよ。少子化が進む一方で、大学進学者の割合は増えているわけですし。

――現状の「練習と試合だけ」とは?

間野 社会貢献活動や国際交流に取り組む部も見られ始めましたが、基本はOBの指導で10年前と同じ練習だけをやって、学生もやらされていると内心思っているような運動部があるわけです。せっかくの人材が、あれでは伸びない。もったいないという考えが僕の背景にあるわけです。「自分たちはアタマ、筋肉でできてますから」なんて言っちゃう学生が、実にもったいなくて。アメリカの高いレベルで活動している運動部の学生は、試合に出ていようが出ていまいが、大変な誇りを持っているでしょう。自信もあるはずです。それだけの教育を受けてきたからです。学生アスリートのそんな将来のあり方を見据えて、日本の大学でも旧来の部活動を変える今がチャンスじゃないのかな。若い人がもっともっと輝いて、活躍できれば、日本の未来も良くなるんじゃないか。そういう話です。

池田 この前、アメリカで、日本人の留学生と話をしたんです。UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)のアメリカンフットボール部に所属しているその彼が言っていたのが、スチューデント・アスリート。向こうでは、アスリート・スチューデントじゃなくて、学生が先のスチューデント・アスリートだと教えられるそうなんです。そんな学生アスリートの意識を持っていたから、今は競技に打ち込んでいるけど、その裏で環境学にも興味が出てきたそうなんです。アメリカンフットボール選手に必要な身体作りを突き詰めて考えると、食べ物を含めた環境学に行き着いた。いずれはその世界に進むのもいいかもしれないと思えるようになったと、話してくれるわけですよ。向こうの大学は教育意識が高いというのか、スポーツを通じて豊かに学んでいますよね。

日本版NCAA設立に待ち構える多くのハードル

2017年3月、文部科学省は国内の大学スポーツを統括する「日本版NCAA」を2018年度中に創設する方針を発表した。現実的に「日本版NCAA」を創設するためには、どういった準備が必要になってくるのか。早稲田大学スポーツ科学学術院教授の間野義之氏と明治大学学長特任補佐スポーツアドミニストレーターの池田純氏に、現状や今後の課題を伺った。

VICTORY ALL SPORTS NEWS

大学スポーツと学生アスリートの価値を高めることが必要

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大学スポーツもエンターテインメントとして、まずは会場を満員に

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手嶋真彦

1967年、東京都生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業後、新聞記者、4年間のイタリア留学を経て、海外サッカー専門誌『ワールドサッカーダイジェスト』の編集長を5年間務めたのち独立。スポーツは万人に勇気や希望をもたらし、人々を結び付け、成長させる。スポーツで人生や社会はより豊かになる。そう信じ、競技者、指導者、運営者、組織・企業等を取材・発信する。サッカーのFIFAワールドカップは94年、98年、02年、06年大会を現地で観戦・取材した。