取材・構成=手嶋真彦

【第1回】日本版NCAA設立に待ち構える多くのハードル【第2回】明確になっていない日本版NCAAが果たす役割【第4回】大学スポーツもエンターテインメントとしてまずは会場を満員に

運動部の学生たちは絶対に良いCPUを持っているはず

©荒川祐史

池田純 学生時代の本格的なスポーツの経験は、社会に出てからも活かせると思います。僕はもともと水泳選手で、これでも日本で一番になった経験もあります。

間野義之 へえ~。高校時代ですか?

池田 年間記録ですけどね。

間野 種目は何ですか?

池田 クロールです。自由形の50メートルと100メートルでした。ジュニアオリンピック(将来のオリンピック選手育成を目的とする国内の大会)では決勝に残れるレベルで、最高でも準優勝、1位になることはできませんでしたけど。

間野 でも、すごい。へえ~。

池田 怪我をして、ダメになったんです。高校1年までで辞めました。僕が思うスポーツ選手には、学業とは別のところで鍛えられた脳ミソがあるんです。それに学業がくっつけば、社会で活躍できる人材にさらになりやすくなる。そう思います。

間野 水泳も自分を律しなきゃいけないし、球技だと瞬時にいろんな判断ができなきゃいけない。コンピューターに例えると、運動部の学生たちは絶対に良いCPUを持っているはずなんです。CPUは良いのに、ハードディスクにデータがなかったり、アプリケーションがまだインストールされていなかったりするわけです。データやアプリケーションをちゃんと入れたら、すごく性能のいいコンピューターになると思います。池田さんがまさに、そういう方でしょう。

池田 現役の学生たちに運動部のOBが例えばこう言うわけです。社会に出れば、俺たちOBがいくらでもいるから、どこかいい会社に入れてやる。机なんか捨てていいって。体育会のそういう世界を、どうやって打破すればいいのか、考えてしまいます。昔はいったん会社に入ってしまえば、年功序列で最後まで勤め上げられたのかもしれません。でも今は、スポーツの枠で採用されると、スポーツのキャリアが終わった時点で、会社の見方が変わってくることもある時代でしょう。競技引退後は社業でしっかり結果を残せと言われても、かなり難しい場合もありますよね。
間野 去年お亡くなりになった平尾誠二さんが、まさにその問題を指摘していましたよ。スポーツ医学の発達で、以前は30歳くらいで終わっていたキャリアが、35歳とか40歳まで伸びている。30歳くらいで競技から離れると、そこから社業に励んでも追いつける。だけど、35歳を過ぎてからとなると、なかなか追いつけない。お荷物になってしまう。平尾さんは「だから良し悪しなんや」って。

池田 プロも同じです。ダメならダメで早いほうが得になる。中途半端にキャリアが続くと、日本のサラリーマンの平均的な生涯賃金3億円を稼げる野球選手はほとんどいないんです。引退しても、野球以外は何もできないから、困ってしまう。アメリカだとメジャーリーグでダメになっても、MLBの機構がお金を出してくれるので、大学に戻れる仕組みがあります。日本の場合はスポーツ選手が、そのスポーツ以外を学ぶ文化がない。こういう世界を壊していかないと、スポーツ選手のセカンドキャリアは充実していきません。

間野 大学スポーツの質と量にも、疑問があります。例えば男子バスケットボールの日本代表が、世界レベルの大会でまったく通用しない原因は、大学の運動部にも求められる。なにしろ大人の監督やコーチが常に付いているわけではありません。基本は学生が自分たちで練習するだけなんです。女子の代表選手は高校から実業団に入って、トップレベルのコーチの下で毎日熱心に競技に取り組んでいますから、日本代表も強いですよね。男子は高校まではハイレベルなのに、大学でがくんと落ちてしまう。真剣さが女子と比べると、ちょっと足りないんじゃないかな。

池田 大学でスポーツを極めようという感覚が――。

間野 足りません。

池田 野球でもドラフトに掛かるような高校生は、プロに行けるもんなら行っちゃいたいって、みんな思っているでしょう。プロ以外なら社会人で、という意識もけっこうある。大学でスポーツをやると得! みたいな考えがあまりない。

間野 斎藤選手と田中選手。ピッチャーのね。あのふたりを見ていると、高校からプロに行ったほうが成功するのかと思ったり。

池田 早い段階でプロに行ったほうが、伸びしろが大きいですから、育ててくれるだろうという意識もあるのでしょうね。

――早稲田実業の清宮幸太郎君が早稲田大学に進めば、六大学野球が一気に盛り上がるはずですが、おそらくプロに持っていかれますよね。

間野 この夏の活躍次第だと思いますけどね。

――ああいう人材に、あえて大学に行きたいと思わせるには、何が必要なのでしょうか? 得だと思わせる何かがないと、才能のある高校生はみんなプロを選びませんか。ただ、怪我などで競技生活を続けられなくなるリスクは、プロに行ってもあるわけです。

池田 前回紹介したUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)のアメリカンフットボール部に所属している日本人留学生は、もともと小規模な州立大学に入っていたんです。ただ、そこのアメフト部出身で学業もちゃんとやっていたと言っても、社会ではいろんな意味で評価されません。その点、UCLAのアメフト部を出たと言えば、就職先など将来のキャリアが変わります。その運動部の強さも影響するのかもしれませんが、裏にくっついている大学の学業がブランドのように作用する。UCLAのこの子なら、社会に出ても通用するだろうと。僕は清宮君の進路が大学だろうがプロだろうが、大学が現状のままならどちらでもいいと思います。正直、早稲田大学の野球部を出たというブランドを持ったほうがいいと、お勧めできる要因はありません。

間野 僕はプロに行けばいいんじゃないって思っていますよ(※間野先生は早稲田大学の教授です)。

池田 ハハハハハ。

間野 プロに行っちゃったほうがいいんじゃないかな。大学でのんびりするよりも。

池田 野球をやるなら、どっち? そんな観点で選べば、そうなりますよね。

間野 その上で、将来大学に戻ってくればいいじゃないかと。プロを引退してからでも、早稲田に戻ってくれば。

――大学スポーツの産業化推進を考えると?

間野 それ(プロに行かせて)はダメですよ。でも、スター頼みの大学スポーツというあり方はおかしいわけです。スポーツ庁の鈴木長官が仰っているように、産業化はもっと長い目で見ていかないといけません。大学におけるスポーツの価値、学生アスリートの価値をもっと高めて、大学にとっても学生にとってもスポーツ活動には意味がある。そういう理解の促進から進めていかないと。体育会の学生は筋肉だけだ。そう思っている教員のほうが、まだ多数派なんですから。ところが実際は、早稲田大学もスポーツの価値、学生アスリートの価値にそうとう支えられているんです。だからこそOBやOGの支援もある。多くの教員は、そうした実態をあまり理解できていないんです。ビジネス界のトップ・オブ・トップに目を向けると、早稲田のラグビー部の出身でメガバンクの役員になった宿沢(広朗)さんのような方もいらっしゃる。有名人でなくても活躍している人は多い。

――あとは、ローソンの社長だった玉塚(元一)さんとか。

間野 慶應大学のラグビー部出身ですよね。

池田 卒業生同士の繋がりは、慶應のほうがありますよね。早稲田出身の経済人はあまり繋がっていません。慶應はスポーツ界でも、企業でも繋がっているから、上のほうに上がっていく可能性も高いような気がします。

間野 企業の社長になって、日本の経済を引っ張っている大学運動部のOBって、まだそれほどいないんじゃないですかね。部長や役員クラスにはなっているんでしょうけど。真のリーダーになっていく人たちの育成も、大学におけるスポーツの価値向上のために、長い目で見ると大事だと思います。

スポーツをやっていると、なんとか勝とうとする意識が強くなる

©荒川祐史

――その要となるアスレチック・デパートメント(大学体育局)を、日本の大学で確立していくために、何がハードルになっているのでしょうか?

間野 たくさんありすぎる気がします。

――より大きなハードルは?

間野 やっぱり、なかなか共通認識が作れないことでしょう。アスレチック・デパートメントの必要性についての学内の共通認識が。

――大学内部に不要論者がいるからですね。
間野 図書館の必要性はみんな認めます。では、アスレチック・デパートメントはどうかと言えば、図書館ほどは必要性の認識が高くないのだと思います。

――そこを突破していくためには、先ほど間野先生が仰った真のリーダーを養成できる教育のための、環境作りも大切なのでしょう。

間野 池田さんが立派なのも、スポーツで鍛えた身体とか健康がしっかりしている基礎のおかげでもあるはずなんですよ。

――ハードワークできる体力を含めた基礎でしょうか。

間野 いわゆるエリート教育も、あってもいいように思います。

――真のリーダーを養成するための教育でしょうか?

間野 意識の持ち方を含めたエリート教育が、今の大学にはありません。僕は早稲田の体育会柔道部の部長です。例年、最初の挨拶で新入部員にこう問い掛けます。君たち、ノブレス・オブリージュを知っているかと。

――リーダーが果たすべき義務や責任ですね。

間野 大学で柔道までさせてもらって、君たちはそうとう恵まれているぞと。社会に何を返さなきゃいけないか。そんな話をするわけですが、あまりピンと来てないかもしれません。

池田 帝王学みたいなものですね。

間野 全員がリーダーになるわけではないけれど、そこに近づいてはいるんだぞと。

池田 僕は水泳でしたけど、個人競技ですので、人は蹴落としてでも勝てって教えられたこともありました。

間野 ハハハハハ。

――スポーツマンシップのような倫理的な教育も、大学に入ってからでは遅いのかもしれませんが……。

間野 それでも、やったほうがいいですよ。

池田 今の学生たち、とくにIT業界に進む学生さんあたりが該当すると思いますけど、人生勉強を体験的にできる機会がないんでしょうね。例えば水泳で人を蹴落とすというのは個人競技ならではで、時として社会にも当てはまります。その一方では、水泳だって仲間を応援する場面も出てきます。スポーツをやっていると、なんとか勝とうとする意識が強くなるんです。トレーニングの仕方、栄養の摂り方、コンディショニングなど、社会に出てからも応用が利きますよね。

間野 PDCAサイクルを、実生活では絶えず回していますからね。本の知識だけで社会に出て、PDCAって言われても、簡単にはできませんよ。僕は弱小高校の野球部出身ですけど、後になって振り返れば、やってましたもん。試合に向けて目標を定めて、準備をして、検証して、改善するというPDCAを。知らず知らずに身についている何かが、スポーツにはありますよ。ピアニストとかオーケストラとか、スポーツだけではないかもしれません。音楽との違いは、身体をどれだけ大きく使うかでしょうか。水泳に本格的に取り組んでいた池田さんも、ご自身の身体の限界をご存じなのでは?

池田 分かっているつもりです。どうすれば気分が晴れるか、脳ミソがすっきりするか。血液をどうやってドクドク循環させると、自分のいい状態に持っていけるか分かっているから、僕には運動が欠かせません。

間野 今も水泳ですか?

池田 サーフィンです。波がなければ、海辺を走ります。
間野 へえ、そうなんですか。

池田 メンタルを安定させるには、僕の場合、海で運動するのが一番なんです。サーフィン以外は、何をやってもダメでした。

間野 夢中になって波に乗っている間は、他のことは考えられませんからね。

池田 それに波がないとできないスポーツですから、どうしようもないことはどうしようもないと割り切れるようになっていて。

間野 ああ、そうか。サーフィンって、53歳からでも始められますか?

池田 長いボードでしたら。

間野 短いほうは、もう無理?

池田 毎日乗らないと難しいと思います。

間野 毎日かあ(笑)。

池田 僕も週1~2回はやらないと、衰えていきますよ。

日本版NCAA設立に待ち構える多くのハードル

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明確になっていない日本版NCAAが果たす役割

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大学スポーツもエンターテインメントとして、まずは会場を満員に

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手嶋真彦

1967年、東京都生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業後、新聞記者、4年間のイタリア留学を経て、海外サッカー専門誌『ワールドサッカーダイジェスト』の編集長を5年間務めたのち独立。スポーツは万人に勇気や希望をもたらし、人々を結び付け、成長させる。スポーツで人生や社会はより豊かになる。そう信じ、競技者、指導者、運営者、組織・企業等を取材・発信する。サッカーのFIFAワールドカップは94年、98年、02年、06年大会を現地で観戦・取材した。