【第1回】日本版NCAA設立に待ち構える多くのハードル【第2回】明確になっていない日本版NCAAが果たす役割【第3回】大学スポーツと学生アスリートの価値を高めることが必要

取材・構成=手嶋真彦

学生がもっと、大学スポーツを観るようにしたい

©荒川祐史

――大学スポーツの産業化は、すごく遠い未来の話なのでしょうか?

池田純 たしかに遠いですけど、前に進んで行けば、ちょっとずつは積み重なりますよ。

――まず何が必要なのでしょうか。大学内でスポーツの価値についての理解を促進し、共有する土壌作り以外ですと。

池田 学生がもっと、大学スポーツを観るようにしたいですね。応援グッズも今は大学生協に置いてあるくらいで、あまり買いませんよね。これからはカッコいいグッズを増やして、アメリカのように学生が普段使いで身につけてくれるようにしていかなくてはならない。ちょっとずつでいいので。そうやってスポーツをもっと身近にしていけば、大学内の理解も進んでいくのではないでしょうか。観るのが一番早いんですよ、スポーツは。

――横浜DeNAベイスターズの社長時代は、スタジアムでいろいろ仕掛けましたよね?

池田 これまでの大学スポーツは、一般の学生に近寄っていかなかったじゃないですか。これからは例えば、選手がユニホーム姿で来場を勧誘してもいい。キャンパスで握手しながら、「応援よろしくお願いします」と声を掛けたり、もっと“すり寄っていかなきゃいけない時代”なんです。ベイスターズだって何もしないで放っておいたら、スタジアムに来てくれませんでした。

間野義之 その「近寄る」とか、「すり寄る」は、大事だね。

池田 例えば、アメリカにはもうあるのかもしれませんが、試合前に壮行パーティーを開いてみる。それこそ体育会が別法人化していて、グッズで少しは稼げるようになっていたら、学生を集めて、缶ジュースでパーティーをやって、飲める年齢の人にはビールを一杯くらいは飲ませて、みんなでワイワイ騒ぐ瞬間を作るんです。ユニホームを着ている学生選手をキャンパスで見る機会なんて、ほとんどないじゃないですか。普段とは違った姿を見せるだけで、ちょっと応援してみようかという気持ちになるかもしれない。観戦の文化がちょっとずつできてくるんです。

――早稲田大学の学生選手で、今、スタープレーヤーはいるのでしょうか?

間野 リオ五輪で銀メダルを取った競泳の坂井聖人君はいますが、チームスポーツでは誰もがパッと顔を思い浮かべるような、ラグビーの五郎丸(歩)選手みたいな人はいないですね。

――そこをまず変えていきますか?

池田 そこまで変わるかどうかは、高校野球からスター選手が大学をすっ飛ばしてプロに行ってしまうなどの日本固有の背景もあり、早稲田実業の清宮選手もプロに行ってしまうかもしれず、プロを含めた全体の制度がどう変わるかにもよります。大学のスポーツ至上主義に対する是非もありますし、大学のスポーツでスターが生まれやすい環境もスポーツごとに違うのかもしれません。それでも壮行会を開いて、普段着でも人気の選手が出てくればいい。壮行会で触れ合えば、ちょっと観に行ってあげようかと思う学生がたぶん増えるじゃないですか。大学スポーツが、一般の学生に近づいていくんです。

――つまり身近になる?

池田 まずは身近になればいいと思います。社会に出てしまうと、みんな忙しくなりますから。国も、スポーツを観る文化、支える文化を作ろうと言っていますけど、社会人になってからではけっこう大変なんですよ。他のエンターテインメントも、たくさんあるわけですし。その点、大学生なら時間に余裕があるでしょうし、大学への帰属意識もある程度はあります。そこで観る文化に触れて、スポーツ観戦の高揚感とか、みんなで観る楽しさとかを知っておくと、社会人になってからでもスタジアムやアリーナに行くという選択肢が残ります。マーケティング的に言えば、リピーターを引っ張りやすくなるんです。これがアメリカだと、高校スポーツだって地域に根付いているじゃないですか。観る文化が綿々脈々と続いているわけです。日本はじゃあ、そういう文化をどこで作りやすいの、って話ですよ。子供の頃に親から、がベストですし、せめて大学までの段階で作っておかないと。

マッチデーエクスペリエンスを意識して、みんなをワクワクさせる

©荒川祐史

――スタジアムでの特別な仕掛けや体験は?

池田 基本的には楽しければいいんです。観る人にとって、スポーツはエンターテインメントなんです。本当はスポーツビジネスじゃなくて、エンターテインメントスポーツビジネスなんですよ。まだ全体でエンターテインメントにできてないから、お客さんが十分に入ってくれないわけで。そこを変えていくと、いわゆるライト層が呼べるようになります。ベイスターズの場合は、「なんでサードから走っちゃいけないんですか」と不思議がる人もスタジアムに来てくれるようになりました。

間野 フフフフフ。

池田 ルールは知らなくても、ホームランどーんとかで楽しいわけですよ。ビールを飲んだりしながら、それでいいんです。まずはね。

――アメリカン・スポーツの世界ですね。

池田 まずはライブで観て、好きな選手ができたり、ルールが分かってきたリ、そうやってコアなファンに成長していけば。間野先生が仰っていたように、インターンシップのような取り組みも面白い。一般の学生にスポーツのエンターテインメントを企画させてみたり、広告やグッズを作らせてみたり。

間野 そうですよね。今のお話に共感しました。大学スポーツもエンターテインメントとして、まずは会場を満員にする。どんなスタジアムでもアリーナでも、まずは満杯にしてみる。そこを見据えて運動部も、大学も本気になるのが――。

――大きな第一歩になりますか?

間野 自前のスタジアムやアリーナを大学が所有するのは、もっと先の話です。まずは今の会場でいいから、いわゆるマッチデーエクスペリエンスを意識して、その日はみんなをワクワクさせる。そこからなら努力の甲斐がありそうな気がします。

池田 早明戦の前なら、明治のキャンパスに早稲田の選手も行って、掛け合いでもやればいいんですよ。

間野 ハハハハハ。

池田 そんな積み重ねで早明戦という文化が、もっと認知されるようになればいい。

間野 そういえば面白いポスターがあったんです。野球の早慶戦で。

――(写真撮影担当のカメラマンが)あ、チアガール同士がやり合っているポスター、ありましたよね。あれは面白かったです。

間野 そう、やり合ってるの。吹き出しか何かで、早稲田のチアリーダーが――。

――カメラマン ディスるんですよね。

間野 当時流行っていた慶應の……。ビリギャル?

カメラマン 逆に慶應は、ハンカチをディスってましたよね。

間野 ビリギャルって言葉がお似合いよ、慶應さん。ハンカチ以来パッとしないわね、早稲田さん、だったかな。

一同 ワハハハハ。

池田 へえ~、そういうのもいいですね。

間野 ポスターでも、みんなを盛り上げて。

――大学スポーツ産業化の第一歩はそんな工夫から?

池田 ええ、そうだと思います。

日本版NCAA設立に待ち構える多くのハードル

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明確になっていない日本版NCAAが果たす役割

2017年3月、文部科学省は国内の大学スポーツを統括する「日本版NCAA」を2018年度中に創設する方針を発表した。現実的に「日本版NCAA」を創設するためには、どういった準備が必要になってくるのか。早稲田大学スポーツ科学学術院教授の間野義之氏と明治大学学長特任補佐スポーツアドミニストレーターの池田純氏に、現状や今後の課題を伺った。

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大学スポーツと学生アスリートの価値を高めることが必要

2017年3月、文部科学省は国内の大学スポーツを統括する「日本版NCAA」を2018年度中に創設する方針を発表した。現実的に「日本版NCAA」を創設するためには、どういった準備が必要になってくるのか。早稲田大学スポーツ科学学術院教授の間野義之氏と明治大学学長特任補佐スポーツアドミニストレーターの池田純氏に、現状や今後の課題を伺った。

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手嶋真彦

1967年、東京都生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業後、新聞記者、4年間のイタリア留学を経て、海外サッカー専門誌『ワールドサッカーダイジェスト』の編集長を5年間務めたのち独立。スポーツは万人に勇気や希望をもたらし、人々を結び付け、成長させる。スポーツで人生や社会はより豊かになる。そう信じ、競技者、指導者、運営者、組織・企業等を取材・発信する。サッカーのFIFAワールドカップは94年、98年、02年、06年大会を現地で観戦・取材した。