文=北條聡
アーセナルを率いて21年のプレミア最古参
©Getty Images 歴代のJリーグ王者の中で常にトップリーグ(J1)で戦い続けるクラブは、わずか2つだけだ。鹿島と横浜FMである。
初代王者のV川崎(現東京V)をはじめ、鹿島と2強時代を築いた磐田、さらにG大阪、浦和、柏、広島も、J2への降格を経験している。そして、2016年にはJ開幕時(1993年)の「オリジナル10」の一つでもある名古屋が、降格の憂き目に遭った。
一度は常勝軍と呼ばれたクラブも、勝ち続ける集団、優勝戦線に絡み続ける集団でいることは難しいということか。もっとも、ヨーロッパの主要リーグには、それをやり遂げているクラブも少なくない。共通しているのはフロント陣の「先を見通す力」だろう。
かつて名古屋の指揮を執り、その後、イングランドの名門アーセナルを率いるアーセン・ベンゲル監督は、その好例だ。同クラブでの監督歴は今季で実に21年目。異例とも言うべき「長期政権」を築き、いまやプレミアリーグ最古参の指導者でもある。
過去10シーズンにおけるリーグ戦の成績をみても、5位以下は一度もない。常にCL出場圏内のトップ4に食い込んでいる。1990年代からゼロ年代初頭にかけて強豪マンチェスター・ユナイテッドとタイトルを分け合ってきた時代が終わり、いまや複数のクラブが覇権争いに加わる群雄割拠の時代。そこでコンスタントに結果を残しているわけだ。
「10年後のスター」を生み出す錬金術
©Getty Images 2002-2004シーズンを最後にリーグ優勝から遠ざかっており、ベンゲルの手腕に不満を抱くファン・サポーターも少なくないものの、フロント陣からの評価は高い。現場での指導力のみならず、先を見通す「経営手腕」にも卓越しているからだ。
第一に、若い才能を発掘し、磨き上げ、他のクラブへ高く売る、育成術と商才に長けている。強豪クラブがしばしば陥りやすい、世代交代の失敗とは無縁。常に若い力に目を向けて、新陳代謝を図るスタンスが浮き沈みの小さいチーム力の維持を可能にしている。
補強のターゲットは完成品ではなく「10年後のスター」だ。しかも、数年後にはクラブに売却益(獲得時のコストを引いた差額)をもたらし得る商品へと化ける。ティエリ・アンリ、ロビン・ファンペルシー、セスク・ファブレガスらがそうだ。
ベンゲルの錬金術は、経営者的な発想と密接にリンクしている。実際、タレント群の売却益を新スタジアムの建設費に回してきた。フロント陣がベンゲルを高く評価する一因と言われる。現場に留まらず、広い視野をもってクラブの在り方を考える指導者というわけだ。
指導者ではなくとも、ベンゲル的な発想を持つ人材がフロントにほしい。1996年から、20年以上にわたって鹿島を支えてきた鈴木満・強化部長は、その数少ない一人だろう。黄金期を築いた他の強豪クラブが軒並み、世代交代のワナに陥る中、浮き沈みを最小化し、リーグ最多のタイトルを集める強豪クラブへ導いてきた。
常に中・長期的なスパンで先を見通し、そこから逆算して「いま」やるべきことに取り組んでいく。持続可能なクラブ運営とは何なのか。それをとことん突き詰め、最適解を探り当てる人材の「いる・いない」が、クラブの将来を大きく左右するだろう。選手・指導者はもとより、経営手腕に秀でた人材の育成も必須ではないか。