低年齢では、競技スポーツよりも、いろいろな運動をさせよ
――小学生のうちから、サッカー選手を目指すならサッカー、野球選手を目指すなら野球に特化させたほうがプロになる可能性は高まるのでしょうか?
小俣 それは間違いです。競技に特化しないで、総合的な運動能力を持った子たちを選ぶべきです。たとえばボートのようなマイナースポーツであっても、最終的にボート選手になれるようなアプローチをしてあげればいいのです。
小学生の段階でボートをやっている子はそんなにいないので、その子の成長を見ながらボートに転向する適切なタイミングを見極めることが大切なわけです。小学生のうちから一日も早くボートに乗る必要はありません。むしろ、いろいろな運動をさせたほうがいいです。すると、ボートに転向したあとも順調に成長していく。ところが残念ながら、日本では成長する前の段階でバサッと切ってしまう。選抜に残った子たちも、トップまでたどり着かないことが多いのです。
――低年齢のうちは、競技性の強いスポーツよりも、いろいろな運動をさせたほうがいいということですね。その他にも注意することはありますか?
小俣 低年齢における選抜は、やるべきではありません。低年齢でピークを迎える競技、たとえば新体操とか器械体操などは若年層から始める必要がありますが、球技のほとんどは、トップチームの一軍に定着してこれからバリバリにプレーするぞという年齢は25歳くらいからと言われています
だいたいどんな競技でも、育成に要する時間は10年ほどと考えられています。15歳からその競技を始めれば、間に合うはずなんです。今、サッカー以外の競技における競技者年齢はどんどん上がっています。サッカー選手が低年齢化しているのは、ヨーロッパのチームが小さい頃から青田買いをしているからです。本来は、そういう競技ではない。サッカーも今後、身体形態と体力的特徴がラグビーのバックスやアメリカンフットボールのセカンダリーようになってくるはずです。そういう身体形態や体力を獲得するのは20代後半でないとできません。
生物学年齢を調べて選抜するべき
――サッカーは今後、さらにコンタクトスポーツとしての要素が強まることで、ラグビーやアメフトのような身体形態と体力を獲得する必要性が出てくるということですね。
小俣 その通りです。サッカーも野球もトップ選手は、22〜23歳で選抜の最終段階に乗っかり、25歳くらいになってやっと一軍に定着します。大学を出てから、2〜3年くらいはトップで活躍するための身体づくりをしていかないといけないのです。Jリーグの下部組織を見ればわかりますが、どのスポーツも高校を卒業する18歳くらいでバサッと切られる。
その先は移行期といって、さらに上にいくための本当の競争が始まります。ようやく25歳で競技者として、トップ・オブ・トップの舞台で活躍できるようになる準備が整います。高卒でプロ野球に入って、すぐに活躍するのではなく、大谷や中田翔選手のように5年くらいでやっと一軍に定着できるケースは多いと思います。サッカーはゲーム数が多体力的消耗が激しい競技のため、U-18やU-20の段階で消費されますよね。
ヨーロッパでは、サッカーのイングランドのプレミアリーグも育成について問題意識を強めていて、育成組織からトップチームにあがれる確率が0.5%だそうです。日本だけでなく、イギリスでもこういった問題はあり、各チームの地元の子どもたちがそのチームのトップに上がれるようなシステムに変えようとしています。その一環として生物学年齢を調べて選抜していくことを始めていて、そのためのライセンス制度もつくっています。
聞いた話ですがオランダでは、コーチが育成の試合を映像で見ている際に、その選手一人一人の生物学年齢が画面に表示されるそうです。すると「U-12のカテゴリだけど、この子の生物学年齢は15歳じゃないか。それはシュート強いよね」というふうになる。生物学年齢がわからない状態だと、「12歳でこんな強いシュート打つの。スゴいじゃん」となってしまうんです。オランダもイギリスもそういう問題を抱えていて、結局これまでやってきたような子どものころからの選抜では強くなれないということを認識しています。ドイツが先駆けてきたことで成功しているんです。ドイツサッカーの復活はこのような取り組みが背景にあります。
清宮幸太郎は、天才ではなく早熟?
――残念ながら甲子園出場を逃してしまいましたが、清宮幸太郎選手は天才ではなく、早熟なのでしょうか?
小俣 清宮選手は早熟で間違いないでしょう。彼はリトルリーグのワールドシリーズに出たときに、すでに身長が180センチ以上ありました。そこから数センチしか伸びていないんです。“パーセント成人身長"というのがありまして、最終身長、つまり成人になったときの身長を100パーセントとして、今、その子の身長が何パーセントくらいにあるのかを測定する手法です
清宮選手は小学校高学年生の段階で、パーセント成人身長が90パーセント台後半に達していたと思います。つまり、大人がリトルリーグの試合に出ているようなものなので、ホームランを打つのは当たり前のこと。それをもって、天才とも神童とも言えないわけです。
パーセント成人身長が90パーセント以上だった彼は本来、小学生の段階で18歳と競争させる必要があったんです。でも、彼が戦っていたのは12歳の子どもたち。だから活躍できて、いいプレーをして、お山の大将になってしまう。18歳の彼を12歳の中で育ててもしょうがないんですよ。大切なのは、18歳の中に飛び込ませることだった。すると、自分の身体的、体力的な優位性が消えるわけです。その中で勝負をさせる。そこで彼がどれだけのパフォーマンスを出すことができるか。それでもって初めて天才と言えるかどうかの判断ができるんです。
サッカーの久保建英選手は、高校生になったばかりで、プロの世界に飛び込んで、プレーしていますよね。そこで優れたパフォーマンスを示している。彼は、そういう意味では天才といってもいいでしょう。清宮選手は高校生の段階で、いまのパフォーマンスだと並だと言えるでしょう。同じ高校生に三振して甲子園を逃しているわけですから。中学校の段階で、可能であるならばプロ野球に入って、その中でチャレンジさせることが大切だったのではないでしょうか。
――なるほど。パーセント成人身長を測る方法はありますか?
小俣 レントゲンで骨端線の状態を観ればわかるのですが、それは法律上できません。ケガをしていないときにレントゲンを撮ることは目的外使用となってしまいますので。あと、子どもを定期的に被爆させるのは健康上よくありません。骨端線を3カ月に1回観るとして、その都度、被爆するのはまずいじゃないですか。本来はそうしたいのですが、できないのでどうするかというと、かつて膨大な量の骨端線を撮ったデータを利用した中から作り出した推定計算式ができています。その計算式を使います。
――どのような計算式なのでしょうか?
小俣 統計学的に骨端線、言い換えると最終身長予測を計算する方法はたくさんあり、どれも一長一短です。私は複数の方式をミックスして使っています。しかし、それもざっくりとした数値になってしまいます。1〜2センチの誤差で出したいなら、やはりレントゲンを撮るしかありません。あと、最近ではイスラエル製の超音波測定器が有効であるとも聞いています。超音波を当てて骨を見るんです。これなら被爆しないで特定できますけど、数百万円する測定器なので一般では買えないでしょう。
このパーセント成人身長、言い換えると成熟度合いを把握したうえで評価しないと、清宮選手は天才児だ、神童だとなるわけです。
海外に目を向けると、たとえばキューバの英雄と言われる野球選手のオマール・リナレスは16歳で代表チーム入りをしました。16歳でトップのパフォーマンスを出していたわけです。日本で言えば高校1、2年生ですよね。同じキューバ男子バレーボールのウィルフレド・レオンは14歳で代表入りです。それは、大抜擢という面もある一方で、ここでトップに上げておかないとその子が将来潰れてしまうかもしれないという考えに基づく育成システムがあるからです。
そういう子が16歳の中に一人いることで、その子にボールが回ってきてしまい、その子ばかり経験値を貯めてレベルアップすることになって、周りの子が育たなくなります。さらに「神童」と呼ばれ本人もあっさり勝てる環境だから、身体的に競った相手との勝負で使うような繊細な技術や戦術眼を覚えられません。これは、双方にとってデメリットですよね。残念ながら、日本のほとんどのスポーツ育成の現場がそういう環境ですし、その最たる例がタレント発掘事業と言ってよいでしょう。
最近、私がアドバイスをしているフィジカルトレーニング教室にもたまにいらっしゃるのですが、「あるところのタレント発掘事業に合格したいから鍛えてくれ」というお母さんがいるんです。もう、それって受験対策じゃないですか。足切りのためのテストに合格するための方法であって、合格したあとは想定してないわけですよ。こういったように、一般の子どもの親御さんまで、そういう思考になっているのが現状です。子どもたちにとっては残酷な仕打ちですよね。タレント発掘テストに合格して、そこで少し頑張ると自分の実力がわかってしまうわけです。そこでドロップアウトしていく子も多いのです。
競技人口に頼りきったタレント発掘事業は見直すべき
――他に、スポーツ選手で早熟と言える選手はいますか?
小俣 たくさんいます。早熟傾向ではないかもしれませんがゴルフの石川遼プロや、テニスの錦織圭選手も典型的な早期選抜によって育成された選手と言って良いでしょう。大学生くらいの年代でパフォーマンスが大きく伸びることもあるのですが、いよいよ選手として成熟する25歳くらいからは伸び悩む。
石川プロとは対照的に、松山英樹プロのように大学を卒業したくらいから大きく飛躍する選手もいるわけです。錦織選手が今になってケガがちなのは、成長期に相当の練習量やフィジカルトレーニングを積んでいるからじゃないでしょうか。身体ができあがってない状態で、必要以上にストレスをかけてしまった。それが今となって出てきてしまっているのではないでしょうか。
MLBで成功した複数の選手の高校時代の話を聞くと、ある程度本人たちの自由にさせていたり、ケガ(多分、成長痛)でほとんど練習をしてなかったりるんですよ。高校時代に余力(トレーニングリザーブ)を残してプロに挑むわけです。18歳から25歳までプロで活躍するための準備をして、25歳ころから本格的に活躍する。
一方で、斎藤佑樹選手をはじめとするほとんどの高校球児が、高校生で完成してしまいます。プロになってから余力がないんです。スーパースターで監督が高校時代は放っておいたという選手のほうが、プロになってから大成するという例が多いと聞いています。逆に、真面目にコツコツやる、あるいは100%出し切ってしまう選手は18歳でいい成績は残すもののそこから先はありません。
東ドイツやキューバは、子どもたちの一人ひとりの特徴をつかんで育てていくことをシステム化して成功しました。人口が少なかったので、無駄なことはできなかったのです。いわば、弱者の戦略ですよね。
子どもたちの体力運動能力が低下している日本だって、競技人口が変わらなくてもレベルが落ちていくので、その中で選抜していくことになります。これまでのように突発的にすごい才能が出てくる可能性がだんだん小さくなっていくでしょう。サッカーは4種の登録者数が8.4パーセントも減っています。
競技人口に頼りきった今のタレント発掘事業を見直す必要がある思います。2020東京オリパラが終わった後には焼き畑的な何も残らない荒廃した状況になることも考えられます。子どもたち一人一人の特徴や成長特性を把握した上で、成長が進行している子はどんどんレベルを進める、平均や晩熟傾向の子はそれぞれの個性に適した環境で大切に育てていくシステムを構築することが必要なのではないでしょうか。
<了>
【前編】日本は、いつまで“メッシの卵”を見落とし続けるのか?
今、日本は空前の“タレント発掘ブーム"だ。芸能タレントではない。スポーツのタレント(才能)のことだ。2020東京オリンピック・パラリンピックなどの国際競技大会でメダルを獲れる選手の育成を目指し、才能ある成長期の選手を発掘・育成する事業が、国家予算で行われている。タレント発掘が活発になるほど、日本のスポーツが強くなる。そのような社会の風潮に異を唱えるのが、選抜育成システム研究家の小俣よしのぶ氏だ。その根拠を語ってもらった。(取材・文:出川啓太)
なぜ日本スポーツでは間違ったフィジカル知識が蔓延するのか? 小俣よしのぶ(前編)
小俣よしのぶというフィジカルコーチをご存知だろうか? 近年、Facebookでの情報発信が多くのコーチの注目を集めている人物だ。いわく「サッカーが日本をダメにする」「スキャモンの発育曲線に意味はない」「スポーツスクールは子どもの運動能力低下要因の一つ」……一見過激に見えるそれらの発言は、東ドイツ・ソ連の分析と豊富な現場経験に裏打ちされたもの。そんな小俣氏にとって、現在の日本スポーツ界に蔓延するフィジカル知識は奇異に映るものが多いようだ。詳しく話を伺った。
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