一緒に練習をして、肌でわかり合えるように
――パラリンピックのスポーツに注力され、このランニングスタジアムも障害者と一緒に使えるということを意識されていると思いますが、そう思うきっかけは何だったのでしょうか?
為末 パラリンピック競技を応援しようと思ったのは、アメリカでパラリンピックの選手を見たことが大きかったからです。彼らは、オリンピック選手が使う施設で普通に練習していたんですよね。でも、やっていくうちに「それは当たり前だよね」って思うようになりました。
日本に戻ってきて思ったのは、パラリンピックの選手を応援しようってなった瞬間に「力む」ことですね。「パラリンピックの選手は素晴らしい」ってみんな言いますけど、全然練習していないような選手に対してもメディアが賞賛することもあったり。オリンピック選手の10分の1の練習量でメダルを取って、それで素晴らしいっていうのは変だよねと思います。もっとも、すごい選手はいますし、今まで賞賛されなさすぎていた感は有りますけど。
そういう「力み」が気になっていました。じゃあ何が一番いいだろうと思ったら、一緒に練習をしてお互いに肌でわかり合うことじゃないかと。そうすれば、(力まずに)応援したくなる選手も出てくるのでは。パラリンピックの選手もオリンピックの選手を応援したり、子どもたちを応援したり、そういうことなんじゃないかと。
――一緒にやっていると、競技者としてのすごさにフィーチャーできますよね。
為末 そうですね。現状、予算はパラリンピックとオリンピックで分かれています。分けないと、オリンピックのほうに多く分配されるかもしれないということで。でも、分けた結果その予算はパラリンピアンだけしか使えない、パラリンピアンだけの集団ができてしまうんです。
お金が落ちるほど、オリンピアンとパラリンピアンが分かれてしまう。この現状はいびつだなと思っていたので、皆が混ざれる場所を意識しました。競技レベルでいうと、今の段階だとオリンピアンのほうがレベルが高いので、パラリンピアンに伝わるノウハウのほうが大きいと思います。でも、ゆくゆくはパラリンピアンの研究でわかったことがオリンピアンに還元されることもあるはずです。
――パラリンピックスポーツも、産業として利益を上げる人が出てくることが考えられますね?
為末 そうなるといいですけどね。やっぱり、パラリンピック競技は普通にやるにはちょっと難しいので、よっぽどの世界的なスターになって、肖像を売るみたいなことですかね。
あと、ひとつ相性がいいなと思うのは、高齢化社会における実証実験の領域です。オリンピアンが不便と思わないものを、世間一般の人は不便と思うこともあります。そういう領域で、オリンピアンは全然役に立たないと思うんです。でも、パラリンピックの選手が駅からここに来るまでに問題と挙げたところを直していくことで、バリアフリーにつながることはあり得ます。
パラリンピック選手の場合はちょっと文脈を変えて、高齢化を迎える産業の中で、何らかのバリューを出していくということは起こり得るんじゃないかと。各社に1人ずつパラリンピックの選手が入るとか、そういう視点からのアドバイスができるというのはいいですよね。
他競技の選手もトレーニングに来て交流できると面白い
――この施設に対するパラリンピアンからの反響はいかがですか?
為末 昨日は3人くらい来て、練習して帰りました。現状は全体の割合の半分以上ですが、将来的に5パーセントとか10パーセントとかになると思います。ふらっと来て、練習して帰ってくれているという意味では反響もあります。連絡をもらうこともありますね。
――このランニングスタジアムのような施設は世界にはあるんですか?
為末 すごく稀みたいですね。雪が降るような国で、全部をくくりドームにしちゃって、インドアにしている施設はあったりするんですけど、このランニングスタジアムは結構珍しいです。本当にランニング専用にしちゃっていますから。理想は、オフシーズンの他競技の選手が来て、ここで足が速くなっていくみたいなことが起きたら面白いなと思います。
――他競技との交流の中で、陸上が絡んだら面白そうなスポーツは?
為末 陸上の足の速さって、50メートル以降を重視するんです。だから、ほとんどの競技にとってあまり役に立たないんですけど、ベースのところを速くすることには効くと思います。
野球、サッカー、バスケットボールなどの選手で、劇的に足が速くなるかはともかく、同じスピードで走ることに対する消費エネルギーが小さくなるのは間違いないです。たくさんの距離をジョギングで走る動きと、効率よく走る動きは違います。効率よく90パーセントくらいのスピードで走ることができるようになったら、1時間以上やらないといけないようなスポーツには結構なインパクトがあるんじゃないかって思いますね。足が速くなるわけじゃないんだけど、スピードが極めて落ちにくくなるはずです。
もうひとつは動きがスムーズになることでケガが少なくなったり、なくなると言われています。「強縮」と言って、筋肉の両方に力が入る瞬間に肉離れになると言われていますが、ケガをしにくくなるとか、足が速くなるというところでインパクトを出せるんじゃないかと思います。
日本がそもそも得意だった領域とスポーツを合わせたい
――2020年の東京五輪だけでなく、スポーツを国の産業にしようと市場規模を15兆円にするという話になっていますが、そのためには何が必要だと考えていますか?
為末 巨人(読売ジャイアンツ)で数百億とかでしたっけ? ひと言で言うと、スポーツチームがたくさんできるということだけでは、絶対に達成できない数字だと思います。NIKE(ナイキ)社、UNDER ARMOUR(アンダーアーマー)社といったスポーツメーカーを合計して、たぶん16兆円とか17兆円くらいだった気がします。要するに、ああいう規模のものが2つとかに、プロチームのようなものが合わさってだと思います。
エンターテイメントの領域で、アメリカとガチンコでぶつかるというのもあると思いますね。ヘルスケアとか医療とか教育とか、日本がそもそも得意だった領域とスポーツが合わさったあたりに戦いようがあるんじゃないかと思っています。スポーツのど真ん中で、サッカーのプレミアリーグや野球のメジャーリーグとやりあっていくときに、たとえばメジャーリーグの選手が最後は日本でプレーしたいと思うようなものを作れるか確信できないかぎりは、そこで勝負するのは難しいのではないでしょうか。すでに世界と勝負できているものと、スポーツの接点で戦うべきだと思います。
――日本が得意なものとスポーツを絡ませるということですね?
為末 はい。そうですね。それがいいんじゃないかと思います。あとは、世界的にテクノロジーが最初から組み込まれたスポーツブランドってないと思うんですけど、できてもいいんじゃないかなって気がしますね。NIKE社のいろいろプロダクトを見ていても、結局はいかにNIKE商品にテクノロジーを組み込むかっていう感じだと思うんですよ。それとは逆で、Apple社みたいなスポーツメーカーが出てきてもいいんじゃないかって気がします。
スポーツを通じた産業へ拡大解釈しよう
――為末さんが何かやりたいことはあるんですか?
為末 僕は「スポーツ×テクノロジー」ですね。「LA Dodgers Accelerator(ロサンゼルス・ドジャーズ・アクセラレーター)」といって、ドジャースのコンテンツをベンチャーたちに渡していく代わりに、シェアを握っていくというVC(ベンチャー・キャピタル)があるんですけど、そういう感じでたとえばどこかのブランドを持っているようなチームとかがファンドを組成して、日本にいるベンチャー界隈の人たちから、何かスポーツに行くかって山っ気がある人たちを受け止めて、これで面白いことをやってみろっていうビジネスをやってみたいですね。
――エンタメとか、先ほどおっしゃっていた高齢化社会の産業や健康の分野に広げるとか、それもスポーツ産業ですもんね。
為末 そう思うんですよね。スポーツそのものより、スポーツを通じたとかっていうように解釈を変えないと、たぶんスポーツ産業で15兆円は難しいと思います。それは何かやってみたいなって気はしますね。
現在、新豊洲Brilliaランニングスタジアムでは、夏休みの特別企画として、8月31日(木)に開催する小学生を対象とした「為末大監修 TRACかけっこ教室」の参加者を募集中。
詳しくはこちらまで⇒https://sports.epark.jp/specials/2017summer/
<了>
【前編】為末大は、メディアである。為末大・スペシャルインタビュー前編
400メートルハードルの日本記録保持者として知られる為末大は、現在多くの事業やプロジェクトに携わり多角的にスポーツの普及に尽力している。スポーツ産業の市場規模15兆円を目指す日本にとって、事業家・為末大の描く風景はその未来へとつながる礎となる。(インタビュー=岩本義弘 写真=新井賢一)
TVプロデューサー 2017/08/28 14:03
パラスポーツに接しさえすれば力みが無くなるのは本当にその通りで私も体験しました。とすると次はどうやって接するか、ということになります。記事にあるように海外では共通の施設、メニュー、コーチで練習している国は少なくありません。ですが、日本では長らくの間パラアスリート達はナショナルトレーニングセンターなどを使用することはできませんでした。これが監督官庁の組改で解禁されたことでトップアスリート同士が接する機会を持てたのです。
もっと読むただ一般的には身近にパラアスリートがいたり能動的に大会や試合を見に行く環境があるとはまだ言えませんが、大切なのは大変なのに不幸なことがあったのに頑張っているから応援してあげよう、ではなく、超人的な凄さが分かってアスリートとしてリスペクトできるかどうかということです。そのためには、例えば、全米陸上やテニスのグランドスラムがそうであるように健常者のトップの大会にパラ種目もプログラムされていたり、地上波の人気スポーツ番組で芸能人や健常者アスリートとの対決コーナーなどが増えていくことで露出機会を増やすことも有効でしょう。また、特に2020の開催地である東京都立の学校で体育の一コマをパラスポーツにすることで実際に体験してみることも効果があると思います。
実は、学校でパラスポーツを体験したり学習したりすると、理解が深まり力みが消えるだけではなく児童や生徒の特徴を把握できたり、クラスのコミュニケーションが活発になったり副次的な効果を得られることもあるので(詳細は別の記事やテーマの際にでも)本当に実現して欲しいと思っています。
埼玉大学 経済学部 国際プログラム 4年 2017/08/23 23:06
障害者スポーツ支援をしていた者として、健常者が障害者スポーツを応援するときの『力み』という表現にすごく共感しました。
もっと読むある意味、日本は障害者に優しすぎます。
フランス留学の際に視覚障害者と一緒に歩いたことがあるのですが、エスコートしたら非常に嫌がられました。
木にも車にもガンガンぶつかりますが、自分で白杖を使いながら歩いていきます。
彼らは『目が見えない』だけなのです。
その後、バス停がわからなくて困っていると自然とフランス人が声をかけてくれます。
結局『障害があるかどうか』ではなく、『人が困っていたら助ける』という当たり前のことを実践している欧州の文化に感動しました。
日本も同じようにもっと自然に、『健常者』『障害者』ではなく、1人の『人』として、パラリンピック選手を見れるような社会になることを願っています。