文=北條聡

ずぶ濡れになったサポーターの“心の叫び”

©Getty Images

 JFA(日本サッカー協会)がしばしば使う言葉の一つに「サッカーファミリー」がある。その「家族構成」は、ざっとこんな具合だろうか。

 1・競技者(プレーヤー)
 2・支援者(スポンサー)
 3・観戦者(ファン・サポーター)

 このうち、JFAもJリーグも3の「観る人」たちへの配慮が、少しばかり欠けているように感じる。いや、少しどころではないかもしれない。

 東京五輪のハコモノをめぐる議論の中で「アスリートファースト」という言葉をよく耳にしたが、プロの世界で頑なに競技者第一と主張していては具合が悪い。プロは「勝ってナンボ」と言われるが、実際は「喜んでもらってナンボ」「楽しんでもらってナンボ」だろう。

 観戦者(カスタマー=顧客)のニーズを満たすものは、いったい、何か。そこを読み違えているのではないかと感じることも少なくない。自分たちはこれだけ良いサッカーをしているのに、なぜ、批判や不満ばかりを漏らすのか――。ファン・サポーターの反応に不快感を示すJリーガーもいる。そもそも中身(内容)の良し悪しは、人によって見え方や感じ方が違うものだ。

 サッカーは原則、雨天決行だが、Jリーグでは屋根のないスタジアムで開催されるケースも多い。程度にもよるが、90分間も雨にさらされれば、試合が終わった頃にはずぶ濡れだ。ひいきのチームがつまらぬミスから逆転負けでも食らった日には、やりきれない気分だろう。

 実際、ある試合後、あいさつにきた選手たちに、溜まった思いをぶつけたファン・サポーターもいる。痛恨のミスによって戦犯となり、涙をぬぐう選手に向かって、こう口走った。

「いくら泣いても、雨でずぶ濡れになっても、シャワーを浴びれば、すっきりして帰れるからいいよな。こっちは全身ずぶ濡れのまま、1時間も電車に揺られて帰るんだ。少しは俺たちの気持ちも考えて戦ってくれよ」

「上から目線」に警鐘を鳴らす岡田武史氏

©Getty Images

 選手はもとより、指導者、さらにJFA、Jリーグ、Jクラブのお偉方も、そうした経験を味わった人は少ない。スタジアムには車で移動し、VIP席で観戦しているからだ。一度、スタンドでずぶ濡れになって、試合をみれば「カスタマーファースト」の重要性を認識できるのかもしれない。一見さんなら、まずリピーターにはならないというケースが結構あるということを――。

「いかにお客さんというものが有り難い存在か、60歳を目前にして、ようやく分かった」

 現在、FC今治の代表取締役にしてJFAの副会長でもある岡田武史氏が、そう話していた。代表監督として日本をワールドカップでベスト16へと導いた人でも、なかなか気づかないわけだ。

「いまは、どうも協会が先にあって『サッカーをやらせてやっている』というイメージがある。そうではなく、サッカーを愛する多くの人たちがいて初めて、協会があるのだと思う」

 岡田氏は副会長就任会見の席で、サッカー界に巣食う「上から目線」に警鐘を鳴らしていた。おそらく、自戒を込めて。最近、余計なお世話と知りつつも、知り合いの指導者をはじめ、現役を退いたOBや解説者の方々に例のエピソードを引きながら「カスタマーファースト」の意義を、それとなく伝えているようにしている。

 たいていは、ハッとした表情になり、しばし考え込むケースが少なくない。岡田氏同様、これまで気づかなかっただけなのだろう。意識が変われば、その瞬間から、少しずつ、だが確実に変わっていくはずだ。


北條聡

1968年、栃木県生まれ。早稲田大学卒業後、Jリーグが開幕した1993年に『週刊サッカーマガジン』編集部に配属。日本代表担当、『ワールドサッカーマガジン』編集長などを経て、2009年から2013年10月まで週刊サッカーマガジン編集長を務めた。現在はフリーとして活躍。