文=山中忍

異次元にあるプレミアリーグの金銭感覚

「一体全体、何を考えていたのか?」とは、ガリー・ネビルのツイート。開幕を前に『サン』紙上のインタビューで、「ネット検索しなくてもいい」トップクラスの獲得をクラブに求め、「自分の価値に見合う待遇を得てみせる」として移籍も辞さない姿勢を見せた、ダニー・ローズに対するリアクションだ。「一体全体」の部分は「WTF(ワット・ザ・ファック)」。英語のニュアンスからすれば、正気の沙汰とは思えない行動への怒りさえ感じられた。

筆者も驚いた。といっても、ネビルを含むローズ批判の激しさに対する驚き。過去2年間でイングランド代表左SBのポジションも自分の物にし、その成長が讃えられていたトッテナムの27歳が、思い上がった金の亡者として酷評の対象になってしまった。

開幕直前というタイミングは、たしかにいただけない。この点は事後に所属事務所を通じて謝罪声明を出したローズ自身も認めるところだ。知名度の低さを「グーグルしないとわからない」とした言い回しは現代風で面白いが、近年にトッテナム入りしたチームメイトたちは面白くはないはず。謝罪するに越したことはない。

しかし、ユース上がりのハリー・ケインと3部リーグから引き抜いたデレ・アリが前線の二大看板となっているトッテナムが、実際に近年の移籍市場で大物には手を出していないように、ローズの言い分には一理ある。世間の反感を買った一番の理由は年俸アップを求める発言だろうが、その要求自体は当然の権利だとも言える。

勤め人の平均年収が400万円前後の英国では、庶民の間で3億円以上の年俸をもらっているくせにという見方をされても仕方がないかもしれない。怪我で昨季後半から長期欠場中のローズは、今季開幕に間に合わない身でもあった。だが人々は、プレミアリーグの金銭感覚が異次元の世界である事実を認識しなければならない。ローズよりも10歳近く若い控え選手でさえ、プロ契約を結んだ途端に100万円単位を1週間で稼げるようになる世界なのだ。

その異次元の世界にも収入の高低がある。表向きに「カネの問題じゃない」という選手はいる。ロマンを求めたいファンには、その言葉を信じたい気持ちもある。しかし、能力を「カネ」で買われるプロにとって年俸規模は誇りの一部。同じレベルで同じ仕事をするのなら、より高く自分を買ってくれる環境の方が就労意欲をそそられる。その感覚は、庶民の世界の専門職もプレミアのプロ選手も同様だ。

チームメイトはローズのコメントを歓迎?

©Getty Images

ローズはワールドクラスの選手ではない。トッテナムのスター選手とも言い難い。だが、プレミアでは紛れもない現役随一の左SB。ネビルでさえ、『スカイスポーツ』解説者として昨季ベスト11に選出している。ハイラインで果敢に攻めるスタイルで優勝を争ったトッテナムの正SB2名は、リーグで最もダイナミックで魅力的なSBペアだった。

その片割れのカイル・ウォーカーは、今夏に移籍したマンチェスター・シティの右SBとして今季からローズの2倍の年俸を稼ぐ。同じマンCの新左SBで23歳のベンジャミン・メンディや、3シーズン前のチェルシー優勝時に左SBとして貢献したセサル・アスピリクエタと、左ウィングバックとして昨季優勝に不可欠だったマルコス・アロンソらはもとより、トップ4争いへの参戦が目標のエバートンで年齢的なピークを過ぎている左SBレイトン・ベインズでさえ、2年連続で最後まで優勝を争ったトッテナムのローズを上回る年俸をもらっている。

つまり、トッテナムの給与体系は今時のプレミア基準を反映できていない。筆者がローズのチームメイトだったとしたら、内心では「よくぞ言ってくれた」と思っているような気がする。問題のインタビューを掲載した新聞の報道だけに眉唾物と見る向きもあるだろうが、騒動明けのクラブハウスでは同僚たちから英雄さながらの歓迎を受けたという。 

ローズがトッテナムの問題にスポットライトを当てたからといって、新スタジアム建設中のクラブが給与体系の見直しに踏み切るかどうかは微妙だ。ダニエル・レビー会長はタフな交渉相手として知られ、選手1人の発言でいきなり財布の紐を緩めるとは思えない。事実、マウリシオ・ポチェッティーノ監督は謝罪を受け入れて全てを水に流し、第1左SBの戦線復帰を待つ構えを見せているものの、ローズに報酬2週間分に相当する罰金を科したクラブは、移籍金が5000万ポンド(約73億円)を超えれば売るという見方は消えない。

トッテナム経営陣は地元ライバルを反面教師として学ぶべきだ。2006年、提示された新年俸に不満を示すどころか、激怒までしたアシュリー・コールを放出したアーセナルでの一件。良く言えば良識的だが、悪く言えばプレミアでは時代遅れの給与体系に固執したアーセナルは、当時世界最高の左SBとも言われたコールを、みすみす国内ライバルのチェルシーに差し出す格好となった。

ローズをカネに引かれた“キャッシュリー”の再来として売却処分することこそ考え直した方がよい。当人は、プレミアのトップクラスとして考えても当然のことを考え、その考えを素直に口にしただけなのだから。

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山中忍

1966年生まれ。青山学院大学卒。94年渡欧。第二の故郷西ロンドンのチェルシーをはじめ、「サッカーの母国」におけるピッチ内外での関心事を、時には自らの言葉で、時には訳文として綴る。英国スポーツ記者協会、及びフットボールライター協会会員。著書に『勝ち続ける男モウリーニョ』(カンゼン)、訳書に『夢と失望のスリー・ライオンズ』(ソル・メディア)など。多分に私的な呟きは@shinobuyamanaka。