清宮、中村を即戦力と報道することの違和感

ドラフトを直前に控え、清宮幸太郎(早稲田実)を中心にその報道は過熱の一途をたどっている。そんな中、一連の報道を見ていると、どうしても一つの「違和感」をおぼえてしまうのは筆者だけではないだろう。

清宮に対し、スポーツ番組や昼のワイドショーなどで、元プロ野球選手の肩書を持つ多くの解説者がこう語る。

「バッティングは確かに通用するかもしれないけれど、守備や走塁はまだまだプロレベルではない。1年目から即戦力になるかといったら難しい」

甲子園で大会記録となる6本塁打を放った中村奨成(広陵)に対してもそうだ。

「肩はいいけれど、バッティングはプロレベルではない。木製バットに順応できなければ、1年目から1軍でプレーするのは難しい」

いつからだろうか。ドラフトを控えた高校球児の評価の物差しが「1年目から即戦力として機能するか」に変わってしまったのは。

ドラフト会議は、決して翌年のチーム戦力を補填するためにあるのではない。あくまでも「将来、チームの戦力になるであろう選手」を獲得する場のはずだ。来季、確実にチームの戦力となる選手を補強したいのであれば、FAやトレード、新外国人選手の獲得が最も確実な手段だ。もちろん、大学や社会人など、確かに「即戦力」となれる能力を持つ選手はアマチュア球界にも多く存在する。しかし、プロとアマとはやはり別世界。昨年ドラフトの目玉だった田中正義(創価大からソフトバンクに入団)のように、プロ1年目に1軍で1試合も投げられないケースも多々ある。その一方で、西武の源田壮亮、中日の京田陽太、オリックスの山岡泰輔のように、1年目から1軍の主力として活躍できる選手もいる。だからといって、源田や京田の獲得が成功で、田中の獲得が失敗だったのかと言えば、その答えを出すにはまだ早すぎる。「即戦力」といった高すぎるハードルがあるゆえに、たった1年でその選手の能力を評価せざるを得なくなっているのが、昨今のプロ野球界の現状だ。

そんな中、近年は彼ら大卒、社会人卒の選手だけでなく、高校生にまで「即戦力」の肩書が用いられるケースが増えてきた。

大きな転機となったのは、やはり1998年ドラフト1位で西武に入団した松坂大輔の存在だろう。甲子園春夏連覇の立役者にして、最速151キロ(当時)を誇るスーパーエースのプロ野球界入りは、球界の枠を超え、話題となった。さらに松坂自身、1年目から16勝をあげて最多勝を獲得。わずか18歳の少年がプロの舞台でいきなりトップレベルのパフォーマンスを見せたのだ。以降、田中将大、藤浪晋太郎らが高卒1年目から2ケタ勝利をあげるなど、「高校生でもトップクラスの選手は即戦力になりうる」という常識が、球界に定着したのだ。

しかし、ここで勘違いしてはいけないのが、彼らがあくまでも「例外中の例外」であるということだ。例えば、現在メジャーリーグで活躍するダルビッシュ有や前田健太、今オフのメジャー移籍が確実視されている大谷翔平らは、プロ2年目から1軍の主力としてプレーしている。彼らほどの素質を持った選手でも、1年目から1軍で主力としてプレーすることはなく、まずはプロの環境に慣れ、しっかりとした土台をつくってからトップレベルのパフォーマンスを発揮している。むしろ、高卒2年目にして1軍で主力として活躍できること自体、かなり早いといえる。

メジャーでは有望な若手をどう捉えているのか?

実は、新人選手を「即戦力」として捉える傾向は、アメリカにはない。メジャーリーグではプロ入りを控えたドラフト候補生、もしくは入団間もない若手選手に対して「即戦力」という言葉を使うことはまずない。彼らを指してメジャーでよく使われるのは「トッププロスペクト」、直訳すると「最も期待される若手選手」、「超有望株」とも置き換えることができる。メジャーリーグでは日本のようにルーキーを1年目の開幕からトップカテゴリ(日本でいえば1軍)で起用するケースはまずありえない。

代表的な例として挙げられるのが、ワシントン・ナショナルズに在籍するブライス・ハーパーだ。ハーパーの名が全国に知れ渡ったのは2009年、まだ高校生だった16歳の頃だ。投手としては最速96マイル=約154キロの速球を投げ、打っては570フィート=約174メートルの本塁打をかっ飛ばす。今でいえば大谷翔平のような圧倒的なパフォーマンスを見せ、米スポーツ雑誌最大手の「スポーツ・イラストレイテッド」の表紙を飾った。アマチュア選手としては異例の扱いだったが、当然ながら全米中の注目はハーパーのドラフトに注がれた。彼の代理人は日本でも知られるスコット・ボラス氏で、ハーパーは彼の助言もあり、高校から飛び級で南ネバダ短期大学へ進学。当初の予定よりも1年早い2010年のドラフトでナショナルズから全体1巡目指名を受けた。契約総額は5年990万ドル+出来高払いという破格のもの。日本でいえば、間違いなく1年目から「即戦力」を期待される怪物ルーキーだ。

それでもナショナルズは1年目のハーパーをメジャーのカテゴリでいえば上から4番目のシングルAでプレーさせ、1年間を通して一度もメジャーに昇格させることはなかった。ハーパーのメジャーデビューはプロ2年目。2012年の4月下旬に満を持してトリプルAからメジャー昇格を果たすと、この年139試合に出場し打率.270、22本塁打、59打点でナショナル・リーグ新人王に輝いている。

ドラフト史に残る超大物ルーキーでも、1年目は下部組織で育成される。これは、今やメジャーリーグの「常識」となっている。今季、メジャー新人記録となるシーズン52本塁打を放ったアーロン・ジャッジ(ニューヨーク・ヤンキース)も、プロのキャリアでいえば今季が4年目。メジャーデビューも昨年の夏で、マイナーで3年半、その実力を磨いて花開いた選手だ。

(C)Getty Images

いま一度見直すべき報道の姿勢

下部組織のチーム数やチームトータルで見た所属選手の数、育成システムなど、確かに日米には大きな差がある。素質ある若手選手をいつまでも下のカテゴリで育成するほどの余裕を持つ球団がないのも現実だ。当然、メジャーの育成システムをそのまま日本に導入すればいいというわけでもない。

それでもやはり、清宮や中村の能力を「即戦力」を物差しにして語るのは大きな間違いだと断言したい。

実際に、多くの専門家や現場の指導者は、清宮を「即戦力」とは捉えていないだろう。むしろ、問題なのはそれを報じるメディアの方だ。今回のドラフトで清宮がどの球団に指名され、どの球団に入団するかはわからない。しかし来春、清宮がプロのユニフォームを着ることになれば、「キャンプ1軍スタート」、「開幕1軍なるか」といった主旨の報道がされることは目に見えている。

報道が過熱すれば、当然ながらファンはそれを期待する。ファンが期待をすれば、球団もそれに応えるような起用をせざるを得なくなる。

このバッドスパイラルが、日本球史に残る逸材の才能を潰す可能性が少なからずあるということを、メディアも球団も自覚しなければいけない。

個人的には、清宮は1年目から1軍で活躍できる「可能性」を秘めた選手だと思っている。しかし、それはあくまでも可能性レベルの話。過度な期待や報道は、選手にとっては決してプラスにならない。

「清宮、開幕1軍」の見出しは確かにキャッチ―だし、多くのファンの関心を集めるだろう。ただ、選手自身の将来、ひいては日本球界の未来を考えたとき、あまりにも先走りすぎた報道姿勢は避けるべきだ。

清宮を含め、多くの新人選手を語るとき、その物差しは「即戦力か否か」ではなく、本人の将来性や素質といった「野球選手としての本質」でなければならない。

<了>

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花田雪

1983年生まれ。神奈川県出身。編集プロダクション勤務を経て、2015年に独立。ライター、編集者として年間50人以上のアスリート・著名人にインタビューを行うなど、野球を中心に大相撲、サッカー、バスケットボール、ラグビーなど、さまざまなジャンルのスポーツ媒体で編集・執筆を手がける。