本来ならタブーなひとくくり?

©Getty Images

現在の肩書きでいえば、井上尚弥はWBO世界スーパーフライ級王者で、那須川天心はISKA世界バンタム級とRISEバンタム級の王者。それ以前にも、数々のタイトルを席巻してきた両者だが、プロのリングでともに無敗のままだ。しかしこうしたデータよりも、彼らは試合映像などがSNSなどを通して世界中に拡散することで、人気を高めているのが現代的かもしれない。あたかも同門であるかのように、彼らは自分の挑戦心についてこう口をそろえた。

「決まった試合にはいつも勝ちたいだけで、守りに入ってまで無敗にこだわるつもりはない」

彼らに交流は、まだないに等しい。ボクシング界とキック界は競合することもある業界のため、練習での交流こそ日常的だが、それぞれが最低限度の線引きをしている。それでも格闘技界の次世代リーダーとして「ボクシングの井上とキックの那須川」とくくられることがあるのも興味深い点だ。

また、彼らが天才少年と騒がれるまでに備えていた『才能』、『環境』、『努力』、『運』では通ずる点が多く見られる。

ともに小柄だが、瞬発力やスピード、リラックスといった『才能』を何より問われるものには恵まれた。

どちらも単一で現れた天才ではなく、ひとつの新時代における出世頭だった。ボクシング界もキック界も、10歳前後から選手を育成する底辺拡大の『環境』を、本格的に築こうとした時代に、両者はキャリアを積み始めたのだ。したがって彼らの同世代には、過去の常識を覆す実力者がほかにもいて、時に直接対決もする形で切磋琢磨してきた。

『努力』には家族一丸での取り組みが重要だった。以前の格闘技は、親からの反対も付き物だったが、井上と那須川は、ともに幼少時代のキャリア初期から、父に手製かつ本格的な練習場を設けられた。大人顔負けのハードな練習が課されていたというが、彼らは、あとの食事中でさえ、兄弟、姉妹も加わって、技術を前向きに語り合うことがあったという。両者とも、あまりに自然な形で、ディスカッションの習慣が生活に溶け込んでいたのだ。

師弟関係は、井上も那須川も父と育んでいる。その中で「細かい目標」と「大きな夢」を持ち続けてきたのも一致するようだ。「大きな夢」に向け、「細かい目標」をひとつ完璧にしなければ次の目標には手を出さない。この繰り返しには、退屈な反復練習と精神力が要された。

井上の父・真吾氏は「尚弥や弟の拓真がもし、日頃から生活を共にする実の息子でなければ、ここまで共鳴して来られなかった」と言い切る。井上はあっと驚くような奥の手で意表を突くことがほとんどない。練習も常にオープンで、外部から練習相手に招かれ選手が、練習を動画に収めるのさえ、さして気にしないスタンスだ。しかし、たとえばストレートのワンツー、その後の左フックやカウンターの右アッパーなど、基礎中の基礎である技術でも、圧倒的な完成度の高さで相手を困惑させてしまう。井上はそんな真っ向勝負の強さを磨いてきた。

一方で、しばしば意外なパフォーマンスを見せて驚かすのが那須川だ。象徴的な一撃として、昨年12月、ムエタイの強豪ワンチャローン・PKセンチャイジムを一瞬でキャンバスに沈めたバックスピンキックがある。「天性のカウンター」と絶賛する声が多く挙がるなか、那須川の父・弘幸氏は「何千発も蹴って習得させた」と後日に打ち明けている。

「ワンチャローンはムエタイ屈指の強敵で、天心も今度こそ危ないと言われました。ただ、ムエタイの選手はスロースタートのリズムがはっきりしているので、これに付き合いさえしなければ、前半にチャンスが生まれる。スタートダッシュをかける中で、百戦錬磨が想定していない一撃は何か考えたら、これしかないと思ったんです。徹底的に準備をしていなかったら、まず使えませんでした」(弘幸氏)

「天才だから」か「10代だったから」か

©Getty Images

着実に成長を続けた両者は、立ちはだかる高いハードルを越える繰り返しで『運』もつかみ、注目度を高めてきた。

ただし、井上も那須川も、人間の宿命は背負っている。たとえば井上が昨年6月に臨んだペッバーンボーン・ゴーキャットジム(タイ)との3度目の防衛戦。いつもより実戦練習の負荷を上げると、激しい腰痛を被り、試合中まで重心を落とせない窮地を経験した。これのみならず、井上は「昔よりは疲れが取れにくくなった」と、凡人が30を過ぎてから発しそうな言葉を24歳の時点で口にする。周囲が「天才だから耐えられる」と思われていたものには、実は「10代だから耐えられたもの」もあったようだ。

一方で自他共に認める無茶を現在のトレーニングで行っているのが19歳の那須川だが、弘幸氏はいう。

「私の仕事(内装業)でも10代と同じ感覚でやっていると大抵は20代で腰をダメにしている。天心にも、今ほどの一生懸命は、10代で卒業させるつもりでいます」

未曾有の域を進む井上と那須川から、筆者は以前のインタビュー中に、ふと、それぞれ相手の名を聞いた。

「基本的に自分は、ボクシングに限らず、誰みたいになりたいという憧れはないんです。それよりも誰も挑戦したことがないことを常にやってみたい。ただ、井上さんが史上最速で2階級制覇をしたオマール・ナルバエス(アルゼンチン)戦だけは、“いつかこういう衝撃を与えてみたい”と、目標にしたくなったのを覚えています」(那須川)

「天心君とは共通の知人と食事をしているときに、少しだけ電話で話したことがある。キックの選手なのにMMA(総合格闘技)に挑戦できる身体能力や技術力は本当にすごい。今の輝きにこれからも自信を持っていいと思います」(井上)

次戦は井上が12月30日に横浜文化体育館でヨアン・ボワイヨ(29=フランス)と防衛戦。那須川は11月23日に東京ドームシティホールでイグナシオ・カプロンチ(アルゼンチン)とRISE王座の防衛戦に臨む。今年末も、彼らは何らかの伝説をつくって、我々に新年への挑戦心を高めさせてくれるだろうか。

メイウェザー330億円、敗れたマクレガーも110億円。世紀の決戦の意義とは

ボクシングの元5階級王者のフロイド・メイウェザーJrとUFCの2階級王者であるコナー・マクレガーによるボクシングマッチが、8月26日に行われた。勝利したメイウェザーが3億ドル(約330億円)、敗れたマクレガーも1億ドル(約110億円)を得たと言われる驚異のスポーツショーは、何を示していたのか。

VICTORY ALL SPORTS NEWS

井上尚弥、圧巻の米国デビュー! 新時代到来を告げるニエベス戦TKO

スーパーフライ級の世界的強豪を集めて行われた「スーパーフライ」が9日に行われた。この日、アメリカでのデビュー戦を行ったWBO世界スーパーフライ級王者の井上尚弥はTKO勝ちを収めて、6度目の防衛に成功。直後に行われた試合ではWBC世界スーパーフライ級1位のローマン・ゴンサレスが同級王者のシーサケット・ソールンビサイに敗れ、2連敗を喫している。

VICTORY ALL SPORTS NEWS
井上尚弥は、なぜ圧倒的に強いのか? 大橋秀行会長に訊くボクシング山中慎介×ネリ、セコンドの判断は間違っていない村田諒太の“判定問題”の背景。足並み揃わぬボクシング4団体の弊害か飯田覚士。元世界スーパーフライ級王者が歩む、異色のセカンドキャリア

善理俊哉(せり・しゅんや)

1981年埼玉県生まれ。中央大学在学中からライター活動始め、 ボクシングを中心に格闘技全般、五輪スポーツのほかに、海外渡航を生かした外国文化などを主に執筆。井上尚弥と父・真吾氏の自伝『真っすぐに生きる。』(扶桑社)を企画・構成。過去の連載には『GONG格闘技』(イースト・プレス社)での『村田諒太、黄金の問題児』などがある。