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どういった衣装で、どういう曲なのか?どんな女性を、どう演じたいのか?

――本田真凜選手がここ一年くらいで本当に綺麗になりました。びっくりするくらい大人びてしまって。彼女のメイク指導もされているとか。

石井 ジュニア時代はかわいいメイクだったんですよ。衣装も然り、全体的な演技構成であったりもそうですが。特に「眉」なんです。眉の変化に気が付かれた方もいらっしゃるかもしれません。以前は子供らしい、ちょっと八の字眉だったのですが、修正の仕方を教えてあげたら、今は大人の女性っぽい眉になりました。口紅もハリと艶のあるものにして。

――今シーズンのFS『トゥーランドット』は、「女王のプログラムだから」というようなコメントをしていました。おなじ曲で金メダリストになった荒川静香さんは、当時かなり大人っぽかったので、そのあたりの意識もあるのかもしれませんね。

石井 本田選手はメイクが上手なんです。メイクアップアーティストに憧れている、って言うぐらいで。いつもトレンドを取り入れていますね。

――メイクアップアーティストは競技時にバックヤードに入れるのですか?

石井 入れますが、我々は競技会のエキシビションとアイスショーに限ってやっています。選手たちはそれぞれ独自のルーティンがあるようで、競技本番前は、自分自身の集中力を高めています。例えばですが、朝はどちらの足から靴を履くとか、メイクをどこから仕上げるとか、細かく決めている選手もいます。

――験担ぎもあるのかもしれませんね。

石井 選手から聞いたはなしですが、「アイラインを上手に引けたから今日はうまくいく」みたいなのはあるそうです。メイクが自分の中での“スイッチ”になっているようです。

――化粧はある意味、戦闘着ですからね。日本でのエキシビションとショーは全般的にやられているのですか?

石井 NHK杯、全日本、今年はグランプリファイナルが日本開催なので、そこにも伺います。アイスショーは、コーセーがネーミングライツを持っている「コーセー新横浜スケートセンター」での『Dreams on Ice』を中心にお手伝いしています。

――メイクの相談は、前もって選手から衣装の資料が送られて来るのですか?

石井 基本当日ですね。シーズン前のアイスショーが新プログラムのお披露目になることが多いので、その時に「こんなメイクがいいのでは」と提案します。メイクルームで、今回どういった衣装で、どういう曲なのか?どんな女性を演じたいのか? それを聞いた上で、相談しながらメイクを仕上げます。

――メイクブースでプログラム曲を聴いたりしますか?

石井 聴きますよ。選手に歌ってもらうこともあります。冗談を言いあったり。メイクブースはいつも賑やかです。

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――会場では何人体制でやっているのでしょうか?

石井 3人です。フィギュアスケートは10年くらいサポートしていますが、当初から同じ3人で継続してやっています。だいたい30分刻みで予約表を作るのですが、3枠しかないので、最大30分で3人。選手は自分の練習や出番を考えて、表に名前を記入します。

――美容室のように予約を入れるのですね?

石井 そうです。ピーク時は戦場と化しますからね。はい終わった、次!みたいな感じで。

――競技本番では自分でメイクするわけですね?

石井 そうです。なので、自分で出来るように指導したりもします。その際に、紙にHow toを描いたりデザインを描いたりします。

――国際大会が日常ですが、海外の選手のメイクについてどう思われますか?

石井 ロシア人選手はメイクが全体的に上手いなと思います。曲に合わせた表現力や、美意識が高い。

――男子選手のメイクもされますか?

石井 海外の選手はたまにメイクすることもあります。アダム・リッポン選手に「バカンスで日やけしたようなメイクをしてくれ」と頼まれたことがありました。ベースを暗くしながら チークをダブルゾーンに入れたりして。

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氷上でのメイクは、“観ている人に”どう響かせるかが重要

――選手によってメイクへのこだわりが違うと思いますが。

石井 そうですね。自分の化粧法にこだわりのある選手はいます。その際はお客さんや審査員ももちろんですけど、観ている人にどう響かせるかが大切だということを話すようにしています。メイクは世界観をつくる大事な表現の一環なので、衣装を着て試合となったときは、「ちゃんとこのくらいまで演出したほうがいいよね」と、ちゃんと説明します。

―― コーチも石井さんのことを信頼されてますよね。若い選手は特に、普段のメイクと氷上での映り方の違いがわからないかもしれません。照明の影響も受けますし。

石井 自分が似合わないと思いこんでいるところがあるように思います。でも実際は似合うんですよ。なのでプロフェッショナルとしての提案はします。

――メイクが上手だなと思った選手はどなたですか?

石井 浅田真央選手の『リチュアルダンス』はよかったと思います。演技や曲、衣装に合わせたアイメイクやレッドリップ、指先までこだわっていました。また、本田選手はトレンドをうまく取り入れて、いろいろ工夫しています。本人も向上心があって面白いですよ。

――今まで提案してきた中で特に良かったと思うメイクは?

石井 本郷選手の『シルクドソレイユ』と『スリラー』ですかね。彼女の持ち味とプログラムの世界観がマッチしていました。

――アイスショーでの『シルクドソレイユ』はとても大胆なメイクで話題になりました。衣装も個性的で。

石井 本郷選手は提案したメイクを再現してくれるので、表現の幅が広がります。シルクドソレイユの時も「お任せします」と言ってくれたので、目の周りにブルーのラインを結構激しく使いました。新横浜で4回公演だったのですが、3回までは私がメイクして、最終回は自分でやってもらったんです。ちゃんと再現していました。

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営業からメイクアップアーティストに

――ここからは、石井さんご自身のことをお聞きします。どういう経緯でメイクの道に進まれたのですか。

石井 メイクには入社当初から興味がありました。当時は営業しながらメイクもできればいいかなと考えていたのですが、いろんなタイミングに恵まれて今の部署に入り、実際メイクアップアーティストというポジションにつけたという感じです。


――小さい頃からお化粧に興味があったとか?

石井 メイクが好きというより美術が得意でした。 絵を描くのが好きだったんです。何かものを作ったり、何でも描いてましたよ。普通の風景画から漫画から、色々真似て描くのが得意でした。

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――メイクのアイデアは、どんなところからインスピレーションを得ていますか?

石井 これは様々です。映画もそうですけど、出張先の風景だとかも。素敵な景色に出会った時は、「こういったパレットだったら綺麗だな」とか、「この夕焼けのグラデーションいいな」とか、記憶に留めておきます。

――パレットは、メイクの専門家によって並べ方は違うのでしょうか?

石井 みなさん自分流の並べ方だと思います。私の場合は、基本色数はバシッと揃えます。選手たちもカラフルにたくさん揃っている方が、夢の国みたいじゃないですか。

――家だと少ししかないですからね。

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“水の中で一番主張する色”を必ず取り入れる、シンクロのメイク。

――石井さんは、シンクロナイズドスイミング日本代表のメイク監修もされています。その活動をお話しください。これは水泳連盟からの依頼だったのでしょうか?

石井 そうです。コーセーは日本スケート連盟のほかにも、日本水泳連盟などと「オフィシャルパートナー契約」を結んでいます。シンクロナイズドスイミングでも、“スポーツをするときも美しく”というコンセプトのもとに、競技会でのメイクの提案と講習会を実施しています。

――シンクロはフィギュアよりもさらにアーティスティックなメイクが多いような気がしますが。

石井 最近はメイクのチェックが入りまして、大会中に審査員のチェックを受けるようになったんです。あまりに過度なメイクはダメになりました。日本人の平面顔をいかに立体的に見せるかというところに気を使っています。

――とても華やかなイメージがあります。演者がたくさんいるので余計にそう感じるのかもしれませんが。

石井 シンクロが一番求めているのは、衣装と合わせたメイクです。水の中で一番主張する色を必ず取り入れるようにします。それが赤だったら、同色の赤いリップをつけるとか。グリーンだったら、グリーンのアイシャドウを入れるとか。その辺の意識はフィギュアよりも高いかもしれません。

――コーチの意見は強いのでしょうか?

石井 僕がデザインを考えて、コーチといっしょに最終決定していく感じです。

――シンクロも競技会では自分でメイクをするのですよね?仕上がりも他の選手とシンクロする必要がある。

石井 そうです。それで全員並ばせて、遠くから「あの子はもっと描き込まなきゃ」とか、「この子だけ派手過ぎるだろう」とか、細かくチェックをします。オリンピックでは「メイクが競技中に落ちなくて、試合に集中できました」というコメントをいただきました。それはシンクロだけじゃなく、フィギュアにもつながるのかなと思っています。

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メイク・トレンドの最先端を行くフィギュアスケート

――アスリートへのメイクにトレンドを取り入れるということですが、具体的にどのようなリサーチをされているのでしょうか?

石井 我々の部署も、今年はこの手のメイクが来るんじゃないかという予想をして、常に発信しています。実際に店頭で売れている色もすぐにわかるので、アスリートのメイクには取り入れています。

――例えば服なら、コレクションがNY、ロンドン、ミラノ、パリとまわりますが、メイクの傾向もその辺りからチェックをしたりするのでしょうか?

石井 基本そうですね。そこに独自のリサーチを加え、総合して新しいメイクの提案をしています。なので、ほぼファッションと同じような傾向で流行が決まっていきます。

 フィギュアスケートのメイクは基本ナチュラルですが、トレンドの要素は意識して入れるようにしています。フィギュアのメイクを見ればトレンドが分かる、というぐらいで考えていただいてもかまいません。

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――石井さんがメイクの仕事で心がけている事はなんですか?

石井 「仮面にならないように」ということでしょうか。その人の個性を引き立てつつ、さらなる魅力を最大限に引き上げる、ということですかね。

――今日は、ありがとうございました。

<了>

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石井 勲 ISAO ISHII/Make-up Artist

コーセーメイクアップアーティスト。自社ブランドの毎シーズンのメイクアップデザインやCM、雑誌、ショーメイクのほか、シンクロナイズドスイミング日本代表のメイク監修、フィギュアスケートのメイクやアドバイスなどアスリートの美にも幅広く関わる。

株式会社コーセー
https://www.kose.co.jp/jp/ja/

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いとうやまね

インターブランド、他でクリエイティブ・ディレクターとしてCI、VI開発に携わる。後に、コピーライターに転向。著書は『氷上秘話 フィギュアスケート楽曲・プログラムの知られざる世界』『フットボールde国歌大合唱!』(東邦出版)『プロフットボーラーの家族の肖像』(カンゼン)他、がある。サッカー専門TV、実況中継のリサーチャーとしても活動。