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■呪をかける

「たおやかで、雅で、陰惨な闇の中を、風に漂う雲のように、飄《ひよう》ひょうと流れて行った男」
小説『陰陽師』の中で、原作者・夢枕獏が主人公「安倍晴明」を称した言葉である。印を結ぶ2本の指と、その後方のしれっとした目には、稀代の陰陽師のそれが宿っている。

羽生の吐息が空気を震わせ、天を突く和太鼓が鳴り響く。その一打一打に呼応する龍笛は、晴明の心の友である源博雅(ひろまさ)の吹く「葉ふたつ」という名笛の調べである。荒ぶる魂を癒す不思議な力を持つ。リンク上には俯瞰した平安京の碁盤の目が浮かんでくるようだ。そして、「カマエ」「ハコビ」といった和の要素をふんだんに配しながら、演者はスピードを上げていく。それは、都を吹き抜ける一陣の風がごとし…。

映画『陰陽師』は、狂言師・野村萬斎を主役に人気を博した作品である。実在の陰陽師・安倍晴明が、都で起こる奇怪な事件を〝術〟を駆使して解決していく、という伝奇時代劇だ。舞台は平安時代の京都。まだ、この世とあの世が曖昧に交差し、鬼や怨霊、妖怪たちが人と渾然と存在した時代である。

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プログラム曲は、『陰陽師』『陰陽師2』の両サウンドトラックから7曲を選び、一作品にアレンジしている。羽生はそこに、『SEIMEI』という新しい題名を付けた。物語の中に「呪(しゅ)」という言葉が出てくる。それについて、博雅が晴明に尋ねる場面がある。

「晴明殿の言う呪とは、つまり何なのだ?」
その問いに晴明はこう答える。
「この世でいちばん短い呪は、名前だ」

呪とは、どうやら〝もの″を縛ることらしい。〝もの″は名前が付いたその瞬間から、新たな命題を背負うことになる。陰陽道では「呪(しゅ)をかける」という。字の如く、ひとつの呪い(まじない)である。羽生はこの作品に『SEIMEI』という呪をかけたのだ。意味するところは本人のみぞ知る。

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■陰と陽

衣装のモチーフである「狩衣」は、平安時代の日常着である。白い紗(しゃ)に流雲のような唐草が涼しげだ。肩から下方に向かっての金と銀、黒のラインストーンは〝気〟の流れを連想させる。「桔梗」の重色目である、二藍(ふたあい・紫色)と濃青(こきあお・緑色)の配色が実に雅である。

安倍晴明の紋は「五芒星」として知られるが、「桔梗紋(晴明桔梗)」とも呼ばれる。京都・一條戻橋の「晴明神社」境内には、秋になるとたくさんの桔梗が咲く。

メインテーマの終わりに聞える不協和音は、「結界」が破られた瞬間を彷彿とさせる。ここに〝戦い〟がはじまるのだ。荒々しい和太鼓のリズムに、重心を落としたすり足ステップは、能・狂言にも通ずる足運びだ。劇中の戦闘シーンにヒントを得たものだという。

審査員席への鋭い視線は、この曲の意味するところである、スサノオノミコトの凄みを体現しているかのようだ。一転して、木漏れ日のようなやさしい音色が空気を満たす。こちらはアマテラスである。羽生の柔らかい腕使いが、女舞いを思わせる。この2曲は、『陰陽師2』に登場する悲しい運命を背負った姉弟をテーマにつくられたものだ。対をなした二つの性、二つのキャラクターが、「陰と陽」を表している。

「陰陽道」とは、古代中国の陰陽五行思想(いんようごぎょうしそう)に基づいた学術だ。この世のすべては、相反する陰と陽の二気によって消長盛衰し、その調和で自然界の秩序が保たれる、という考え方である。陽は善で陰が悪というものではない。この調和を司るのが、陰陽師の仕事ということになる。

〝鬼〟は人の心の陰と陽のバランスの乱れにより生じた結果であり、その根源は、恨みや憎しみであるという。陰陽師はそれらを鎮め治めるのである。ただ単に鬼退治するわけではないのだ。

ピアノに龍笛が並走する美しい曲は、別々の二曲を合わせるというアレンジで生まれた奇跡の曲だ。龍笛が奏でる「一行の賦」は、雅楽界の第一人者、芝祐靖が作曲し、実際にも演奏している。映画の中では、博雅が月夜の晩に現れる牛車に乗った女性(にょしょう)のために吹く美しいシーンがある。 
                                
演技はいよいよ高難度のジャンプが連続する終盤に入っていく。劇中ならば「最終決戦」とも言えよう。羽生の繰り出すステップワークは、難敵の呪を次々とかわしていく。そして、ハイドロブレーディングで氷上に五芒星の結界を張っていくのだ。都を包み込む暗雲は、イナバウアーで切り裂かれ、天から光が差し込む。

最後に大地を踏み鳴らすと、そこには「平安」が訪れる。

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いとうやまね

著者プロフィール いとうやまね

新刊『氷上秘話~フィギュアスケート・楽曲・プログラムの知られざる世界』(東邦出版)絶賛発売中!インター・ブランド、他でクリエイティブ・ディレクターとしてCI、VI開発に携わる。後に、コピーライターに転向。著書に『フットボールde国歌大合唱!』(東邦出版)『プロフットボーラーの家族の肖像』(カンゼン)他、がある。