怪我に苦しんだ1年が宮原を変えた

「やっとここまでくることができた」
「ここからが自分のスタートだ」

平昌オリンピック代表選考がかかる昨年末の全日本選手権で4連覇を果たし、表彰台の真ん中に立った宮原知子の胸には、その2つの思いがあった。

ソチオリンピック代表選考がかかった2013年全日本選手権、宮原は4位に終わり、代表入りはかなわなかった。その後2014年に初優勝してから今まで、宮原はレベルの高い日本女子の頂点に立ち続けている。ただ、怪我で氷に立てない時期もあった一昨年の全日本選手権からの1年間は、日本女子のエースとなってからの宮原にとり、最も厳しい日々だったといえるだろう。

昨年の全日本選手権で優勝し、出場が決まっていた四大陸選手権・世界選手権を、宮原は左股関節の疲労骨折のため欠場することになってしまう。文武両道を目指す努力家の宮原は、体重を増やさないよう気を遣うあまりに栄養が、また勉強を頑張るあまりに睡眠が不足していたのだ。リハビリと同時に生活すべてを見直す、地道な取り組みが始まった。体質改善の努力は徐々に実を結び、宮原のアスリートとしての体は怪我をきっかけに整っていくことになる。ただ平昌オリンピックに出るためには、全日本選手権で結果を出す必要があった。

宮原が本格的にジャンプの練習を始めることができたのは、昨年の10月だった。怪我の回復への影響を考慮して、ジャンプの練習量は昨季の2割ほどに抑えなくてはならない。ただその当時でも、宮原は平昌オリンピックへの出場を諦めていなかった。「全日本にしっかり合わせられるように絶対頑張りたい」と練習に励む宮原に、指導する濱田美栄コーチは「5年後を目指して練習しましょう」と声をかけている。宮原の勤勉さをよく知る恩師の“焦らず北京オリンピックを目指そう”という提案を、宮原は前向きに受け止めた。

「たとえこの全日本までに間に合わなくても、5年後もあるんだから、という捉え方をしていた」

控えめだが芯が強い宮原の心は、厳しい状況でも決して折れなかった。ジャンプの練習量を減らした分、リハビリやスケーティング・スピンの練習に時間を費やした。

復帰戦となったNHK杯に向けた葛藤

昨季の全日本選手権以来の試合となる宮原の今季初戦は、昨年11月に大阪で行われたグランプリシリーズ・NHK杯だった。京都出身で関西大学に所属する宮原にとり地元開催ともいえる大会が復帰戦となったわけだが、だからこそ濱田コーチは出場を迷っていた。「ジャンプを跳び始めて1カ月なので、こういう地元の舞台でできなかったらかえってショック」と案じていたからだ。

「(復帰)1戦目に選ぶには、ちょっと舞台が大きすぎるのかな」と思案した濱田コーチは、共に宮原を指導する田村岳斗コーチにも相談。「知子は芯がしっかりしているだろう」という結論になり、出場を決意した。宮原自身は、NHK杯出場を決意する経緯について、大会終了後次のように振り返っている。

「調子の上がり具合で、このNHK杯も出られるかどうか分からなかった。自分も最初は『焦らずに、間に合いそうなら出よう』ぐらいの気持ちでいたんですけど、NHK杯が近づくにつれて結構調子も上がってきていたので、『ここまできたら出たいな』と思って、出ることにしました」

心配する濱田コーチが見守る中、意欲に満ちて迎えた本番。名前がコールされたとき、宮原には今まで以上に声援が大きく聞こえたという。

「やっと自分もこの大きな舞台に戻ってこられたという気持ちが大きかった」

声援を背に受けて復帰の舞台に向かう教え子を、濱田コーチは「あんまり張り切らないで、7割でやりなさい。少しおかしいと思ったら(3回転ではなく)ダブル(2回転)でいいよ」と言って送り出したが、内心では「どうせやろうと思うだろうな」と感じていたという。

(C)Kyodo News/Getty Images

滑れない日々があったからこそ、新たな魅力を放つ

結果としてやはりまだジャンプは本調子とはいかず、総合得点は自己最高得点(218.33)より20点以上低い191.80。順位も5位と、数字上はロケットスタートとはいかなかったが、フリーで最も難しいコンビネーションジャンプである3回転ルッツ―3回転トゥループを入れられたのは収穫だった。濱田コーチも「出してよかった」と胸をなでおろす復帰戦となった。

なによりもNHK杯での宮原は、常に楽しそうだった。とても真面目な宮原は、怪我をする以前はあまり表情を崩さない印象があったが、この復帰戦では練習でもキスアンドクライでも常に笑顔だった。宮原自身も「特に昨シーズンは、ちょっと力が入りすぎたというか、自分を追い込みすぎるような気持ちになるときがあった」と話している。

「今シーズンは『せっかくここまでこられたから、思い切ってやればいいかな』という、去年よりも少し軽い気持ちで臨むことができています」

怪我のため滑れない日々を経験したことで、宮原は滑ることの喜びを知ったともいえるだろう。

試合に戻れた嬉しさいっぱいという表情のままNHK杯を終え、宮原はグランプリシリーズ2戦目のスケートアメリカに臨んだ。復帰第2戦で宮原は優勝、得点でも「ショートは70点、フリーは140点ぐらい必要」としていた目標を達成(ショート70.72、フリー143.31)し、合計214.03と存在感を示す。さらに補欠となっていたグランプリファイナルに、エフゲニア・メドベデワ(ロシア)の怪我による欠場のため出場することになる。結果は5位だったが、世界で6人しか出場できないグランプリファイナルに出たことで、確実に宮原が力を取り戻しつつあることを世界に印象づけた。

今季のプログラムで、宮原は新たな魅力を見せている。もともと端正だったスケーティングはジャンプが跳べなかった時期を経てさらに磨かれ、ショートプログラム「SAYURI」では凜とした視線と所作で芸者を、フリー「蝶々夫人」ではたおやかな動きで夫を待ち続ける女性を表現する。グランプリファイナルでも、ショート・フリーともに演技構成点では優勝したアリーナ・サギトワ(ロシア)を上回る評価を受けたのは、宮原が長年地道に練習を積んできたことに加え、怪我によるブランクを無駄にしなかった証しでもある。きっちりと丁寧にすべての要素をこなす安定感に加え、復帰後の宮原の滑りには、細かい仕草にも情感をにじませる上手さが加わった。

(C)The Asahi Shimbun/Getty Images

平昌出場をかけた全日本選手権 懇親のガッツポーズ

そして迎えた大一番・全日本選手権。「ここまで来られたことに感謝しているので、それを感動というかたちで伝えられるように演技をしたい」とショートプログラムに臨んだ宮原は持ち前の安定感を発揮。すべてのジャンプを着氷したものの、最初の3回転―3回転では回転不足をとられてしまい、2位発進となった。

「まあまあよかったので、悔しい思いもありますけど、納得はしています」と悔しさをにじませた宮原。「ショートで完璧よりは、フリーで思い切って挽回できるようにしたいので、強い気持ちを持って」「自信のあるフリーなので、自分のよさを思い切って出して、いいかたちで終われるように頑張りたい」と決意も新たにフリーを見据えた。

迎えたフリー。「蝶々夫人」の曲に乗り、宮原はジャンプを確実に決めていった。日本女性を表現する端正なスケーティングでも魅せ、ミスなく滑り終える。今まで演技後のガッツポーズも控えめだった宮原だが、この時ばかりは満面の笑みで思い切り大きなガッツポーズを繰り出した。

(C)Kyodo News/Getty Images

「今回は今までと違って、本当に心の底からガッツポーズできたなと思っていて…完璧とまではいかない演技だったかもしれないですけど、それでも今の自分の中では本当にいい演技ができたので『ここではガッツポーズするしかない』と思って、思わずやりました」

濱田コーチは、報道陣の前で涙を見せた。

「初めて出会った時、本当にどんくさい子で、オリンピックにいける選手になると思っていなかった。ひたむきにすごく練習するので、それに引っ張られてここまで来た。本当によく辛抱したと思っています。本当に頑張ったと思います」

全日本4連覇を果たした宮原。4回目の優勝で、平昌オリンピックへの道を切り開いた。メダリスト会見で中央に座った宮原は、夢の舞台に視線を向ける。

「本当に目標にしていた舞台なので、まだ自分が出られるっていう想像もつかないですし、実感もまったく湧かないですけど、でも、すごくわくわくしています」

苦しい時期を乗り越えて、滑る喜びをあらためて知った日本のエース。平昌では日本女性の美しさを、磨いてきたスケートで表現する。

<了>

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沢田聡子

著者プロフィール 沢田聡子

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。シンクロナイズドスイミング、アイスホッケー、フィギュアスケート、ヨガ等を取材して雑誌やウェブに寄稿している。金子正子元日本水泳連盟シンクロ委員長責任編集による『日本シンクロ栄光の軌跡 シンクロナイズドスイミング完全ガイド』の取材・文を担当。ホームページ「SATOKO’s arena」(http://www.satokoarena.sakura.ne.jp/)