パフォーマンス構造とは何か?

――小俣さんは以前から、トレーニング学や適性選抜システムの話の中で「パフォーマンス構造」という言葉を使われていました。実際、パフォーマンスとは曖昧な言葉だと思います。東ドイツでは「そもそもパフォーマンスとは何か」をしっかり定義したのですね。
 
小俣 そうです。東ドイツは国際競技大会での勝利を目標に競技スポーツの強化を図りました。その試みは人類史上、稀に見る挑戦で、限られた資源を最大活用するため、研究と現場を融合させながら試行錯誤を重ね、その集大成が適性選抜システムです。
 
東ドイツの知見を基にまとめられたトレーニング学(Trainingslehre)によるとパフォーマンスとは、「結果とその過程」と定義されています。一般的にパフォーマンスという言葉は主観的に使われたり、場面ごとに解釈が変わったりします。
 
例えば、印象的なプレーが出ると「すごいパフォーマンスです!」など、何を基準に「すごい!」と評価しているのか明確ではありません。結果の定義や基準が不明確であると何をもってパフォーマンスの良し悪しを評価すればいいかわかりません。人によっては「すごい!」パフォーマンスは、別の人にすると「普通」のパフォーマンスに映ることもあります。
 
まず、結果とは定量化できるもので例えばCGS(センチメートル、グラム、秒)で表すことができる結果です。そしてその結果に影響を与えた要因は何なのか?これが過程です。
 
パフォーマンスに影響を及ぼす要因(=過程)は、大きく二つあります。外的要因と内的要因です。外的要因は自分自身ではコントロールできない要素を指します。例えば試合環境やルール、相手、天候など。味方もそうですね。味方のプレーのタイミングが狂うと、自分もタイミングを崩されることがあります。
 
一方、内的要因は自分でコントロールできる要素です。例えば体重だとか、自分の戦術やスキルレベル、体力など。これらはなんとか自分でコントロールや改善できるわけです。この二つがパフォーマンスを作る要因、パフォーマンス前提要因なのです。
 
――具体的には、どのようなことなのでしょうか。
 
小俣 例えば100メートルスプリンターがいたとして、彼のベストタイムを9秒88としましょう。あるレースで、彼は優勝したとします。そのタイムが10秒08でした。これは、どう評価すべきでしょうか? 二つのレースは条件が違うので、どちらが良いか悪いかの評価はできません。例えばベストタイムを出したレースは快晴で適度に追い風が吹き、選手の体調もベスト、もう一方のレースは雨で寒く連戦で疲労していた…となると過程が異なりますので当然ながら結果も変わります。しっかり前提条件も踏まえた上で、良いか悪いか評価するべきです。

パフォーマンスに大きく影響を与える前提条件とは

――前提条件の中でも、パフォーマンスに与える影響の度合いは違いますよね。
 
小俣 それはパフォーマンス構造の違い、言い換えるとパフォーマンス前提の個別的な違いです。
 
例えば、選手の適性やトレーニングリザーブを決める基本かつ重要な要素が身長、体重、体格などの身体形態ですね。例えば、現在のプロ野球のピッチャーは身長180センチ以上が必要になってきていますので、それだけでプロ野球選手としての適性のあるなしが決まるわけです。
 
それから、日本語で言うところでの体力、特にエネルギー系体力が次の要因です。身長が高く身体が太い、言い換えると筋肉質やあんこ型の体型です。これらは、身体活動に必要なエネルギー蓄積が多いと言えます。身長が高くても痩身であると、エネルギー系体力レベルはそれほど高くないことが多いです。この2要素で大まかに選手の特徴や適性、あるいは育成の度合いが決まったり、観察や判定をできます。
 
これらの要素の上位概念に、「動作調整レベル」があります。簡単にいうと、身体操作能力や運動能力のことです。下位概念である身体形態とエネルギー系体力をうまく調合し、さまざまな運動課題をこなすということです。この部分を鍛えるのがコオーディネーショントレーニングで、その能力がコオーディネーショントレーニングです。
 
動作調整レベルは、競技スポーツで言えば試合や練習などが運動課題になり、それに基づいて下位概念を調合しますので、その運動課題と調合具合がパフォーマンスとなって現れます。
 
――話題の清宮選手を題材にするとどうなりますか?
 
小俣 清宮選手をパフォーマンス構造で見ていくと、身体形態の発達リザーブ、言い換えると形成度合いは中学生の時点でほぼ成人レベルに達しています。
 
小学校6年生から高校までの間に、身長は数センチしか伸びてないと聞いています。成人身長(最終身長とも言う)に対する身長の形成度合いで見ると小学校高学年の時点で90パーセント後半まで達していたと思われます。その後、身長の大きな伸びはほとんどないことから察すると、すでに成人と判断できないことはなくもないということです。
 
次に、エネルギー系体力レベルを見てみましょう。彼は、小学生か中学生の時点で体重90キロぐらいあったと思います。相当なエネルギー量があり、それが力の強さとして現れていたと推測できます。彼の体力テストデータを見ていないので憶測ですが、この要素もすでに成人レベルに達していたと言えるでしょう。ここまで見ると彼は小学校高学年また中学校時点ですでに生物学的には成人段階まで発育が亢進していたと思われます。

では、これらをまとめる動作調整レベルはどうか。これは前段で述べたように運動課題によります。運動課題が適切であれば質の高いパフォーマンス育成になり、逆であれば伸び悩みやパフォーマンスリザーブの浪費、特に育成に残された時間を無駄にすることも考えられます。
 
小中高時点の彼にとっての環境は、パフォーマンス育成やリザーブの合理的利用という点で見ると適切な運動課題を与えられていたとは言いがたいと思います。成人が小学生のルールで小学生相手に野球をやっていたわけですから、結果であるパフォーマンスが秀でていたのも当然と言えます。育成という観点から考えると、中学卒業後にプロ野球か社会人レベルでプレーするべきだったと考えます。
 
――大人と高校生が試合をすれば、当然大活躍するわけだと。
 
小俣 そうです。育成観点から言えば、高校生年代で一気にパフォーマンスをトップレベルで通用する程度まで上げ、第一選抜ラインであるプロ野球や社会人野球のレベルに近づけなければいけませんでした。ここでの運動課題は対戦相手との勝負の結果です。運動課題となる対戦相手が自分より低いレベルの選手と対戦してもパフォーマンスの質の高い向上を得られません。同レベルか、より上の相手と戦って初めて自分の実力が分かったり、育成課題が見つかったりします。高校生を相手にやっている場合ではなかった。大学や社会人やプロ野球で自分を試してみるべきだったと思います。
  
――ただ、飛び級を成功させるのは日本ではなかなか難しいですよね。育成システムやトレーング学、さらにパフォーマンス構造に関する知識を持っている指導者は多くないでしょうし、ケースバイケースで運用していくとなると相当厳しい。清宮選手は、具体的にどのような育成をすればよかったのでしょうか?
 
小俣 仮に中卒でプロ野球に入ったとしたなら、試合は一軍で、言い換えるとパフォーマンスの育成は可能な限りトップに近いレベルで行い、フィジカルトレーニングなどのパフォーマンス前提の向上は、高校生かあるは大学生としてみるべきです。さらに試合数は、パフォーマンス前提がプロ野球のトップレベルに到達するまでは調整すべきです。あくまでもパフォーマンス前提はアマレベルを超えているがプロ野球のトップ、あるいは平均的選手としてのレベルに到達していないからです。

清宮幸太郎は、プロで活躍できるのか?

――現状、清宮選手は、プロとして通用するのでしょうか。
 
小俣 仮説なのでなんとも言えませんが、そのためには3つの条件をクリアしなければならないと思います。1つ目は、1年以内に一軍定着すること。定着には「スキルレベルが社会人トップレベル相当」という条件付きです。彼の真の実力はどのレベルなのでしょうか? マスコミではすごい天才のように言われていますが、本当のところはわかりません。プロのレベルで競った経験はないわけですから。
  
アマ時代に木製バットを使ったといっても、プロを相手にしたわけではありません。もし球団が社会人や大学生レベルとして評価しなたら1、2年以内に一軍で活躍しなければ難しいでしょう。逆に高校生トップレベルなら数年の猶予があります。正直、現状は、どちらなのかは、本人を含めた誰にもわからないと思います。
 
――清宮選手については、守備が相当厳しいと評価されています。

小俣 それが、成功の条件の2つめと大きく関わってきます。「打撃でいいパフォーマンスを残すこと」。これがプロで通用するための2つ目の条件です。実は、専門家の間では広く知られていますが彼は身体的に不利な条件をひとつ持っています。反張膝(はんちょうひざ)です。ある専門家に聞いたところ、これを改善するとなると数年かかる可能性があるそうです。数年かけて改善するか、しないかという問題もありますが、いずれにせよ彼の守備については限定されるので、現状ではファースト以外守れないと思います。通常、高卒でDHはありえません。となると、清宮選手は「打てないと厳しい」といえます。
 
そして3つ目は、「プロのスピードに慣れるかどうか」。育成の一般論で言うと、プロ野球選手は選抜競争を勝ち抜いて最終選抜ラインを突破した選手です。他競技で言うところのトップ代表候補やB代表です。これらトップ代表候補は、トップレベルで活躍するために、トップレベルに求められる条件を磨きあげる準備をする段階、言い換えるとトップレベルに慣れる段階が必要になります。これを移行期などと呼びます。プロ野球では、これが二軍に相当すると思います。
 
その慣らし期間をどうするか。プロ野球の一般的なトレーニング計画で言うと大学、社会人レベルとして扱うのであれば、慣らし期間は1~2年、高校生レベルであれば3~5年です。プロ野球コーチに聞くと、プロとアマの違いは「あらゆるスピード」だと。球速、バットスイングや打球速度、走塁、プレーの判断、全てのスピードが違う。そこに慣れるか慣れないかです。私は、慣れるまで時間がかかると厳しいだろうと判断しています。

清宮に、144試合をこなすスタミナはあるか?  

――なかなか厳しい条件ですね。それから何か、他の要素はあるでしょうか。
 
小俣 いわゆるスタミナは絶対に必要です。144試合、半年間にわたって野球の練習と試合を毎日やるための基本的なスタミナが必要です。清宮選手にそれがあるかどうか。ない場合は走らなければいけません。これは、野球における走り込みの問題とは全く別です。でも、多分走れないでしょう。反張膝もありますし。
 
中学生の段階で完成形だったので、プロなり高い段階でパフォーマンスを形成する時期を逃してしまったのではないでしょうか。恐らく彼に限らず多くの成長期の野球少年は「高校野球を経ないと上のレベルに進めないと思い込んでいる」ということが問題なのでしょう。サッカーなら、高校生でもプロレベルのパフォーマンスを持つ選手はそのレベルでトレーニングや試合をやります。日本のプロ野球では、それがなかなかできません。
  
たとえばキューバのリナレスは16歳で代表入りをしていますし、キューバのバレーボール選手のウィルフレド・レオンは14歳で代表入りしキャプテンまでやっています。同じく女子選手のメリッサ・バルガスは、13歳で代表入りしました。要するに、トップレベルでやれる条件と環境を備えていたのです。
 
――日本では、なかなか飛び抜けた才能をきちんとコントロールできていないですね。
 
小俣 FC東京の久保健英選手についてもお話しておきたいですね。久保選手はパフォーマンスに関してできるだけ上のレベルで作るべきでしょう。試合は上のクラスで、しかしフィジカルは中学生レベルであると推測できるので中学生程度のフィジカルトレーニングで。試合頻度も考慮しないといけません。そこは中学生が出場していると考えた方がいいでしょう。
 
――11月26日の広島戦でようやくプロデビューをさせるなど、FC東京はそのあたりを慎重に検討しているように見えます。
 
小俣 ただクラブチームだけではなく、アンダー代表でも彼は出場していますよね。そのあたりの検証は必要ですし、また、週あたりどれぐらい練習や試合をやっているのか、それらをしっかり観察しないといけません。
 
彼のお父さんは身長180センチ超と聞いています。久保本人はまだ170センチぐらいですよね。あと10数センチ伸びる可能性がありますし、多分、彼は晩熟傾向であると思われます。今後、まだ身長が伸びるとするとクラムジーが起こる可能性も十分にあります。使い過ぎてしまうと、早々に潰してしまう可能性もあります。
 
育成段階の、特に思春期前までで、一番必要なやっておくべきことは、まず専門的要素であれば対人スキルと戦術勘の習得です。これは、子どもの時に養っておく必要があります。これらは、大人になってから習得したり磨くことは難しいです。だからと言ってサッカーや野球の練習から…ばかりではなく鬼ごっこなど一般の生活における身体活動の中からも習得は可能ですし、その方がさまざまな運動課題が出されるため運動能力や体力の偏りも生じません。
 
そしてフィジカルトレーニングに関しては自分の身体を支えられる、あるいは速く走れる、高く跳べるなどの運動能力や体力の養成程度で十分です。くれぐれも成人がやるようなファンクショナルなんとか、コアなんとかのような流行りのフィジカルトレーニングは避けてください。
 
成長期に身に付けることができる基礎だけを、成長期の段階でしっかりとやっておけばいいのです。それがバランスのいいパフォーマンス前提を作ること、言い換えるとトレーニングリザーブを十分に残すことにつながります。
  
<了>

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VictorySportsNews編集部