絶対王者の帰還

試合前、最も話題をさらったのは間違いなく羽生結弦だ。11月中旬の右足首の負傷以来約4か月ぶりとなる実戦が、66年ぶりとなる五輪連覇が懸った個人戦だというのだから、その一挙手一投足に注目が集まるのも無理はない。当の羽生は勝負の場に戻って来られた喜びをかみしめながら、マイペースにギアを上げ、周りの喧騒までも楽しんでいるような、そんな印象を受けた。

そんな中迎えたショートプログラム(SP)序盤、ビンセント・ジョウ(アメリカ)が五輪初の4ルッツ成功者となり、最終グループの1つ前となる第4グループで滑ったドミトリー・アリエフ(OAR:Olympic Athletes from Russia)が五輪史上初となる4ルッツ+3トゥループを綺麗に降りた。アリエフは勢いそのままにノーミスの演技で100点に迫る高得点をマークし、暫定1位となる。

続くカナダのパトリック・チャンは、鮮やかに4トゥループを降りるが、鬼門の3アクセルで転倒(回転不足判定)。スピン・ステップで出来栄え点を積み重ね、類まれなるスケーティングで爽快さを存分に表現してアリエフに次ぐ暫定2位につけた。

日本勢の先陣を切った田中刑事は冒頭の4サルコウで転倒。その後はまずまずの演技を見せるも、4サルコウが回転不足となり得点が伸ばせず、20位と厳しいスタートとなった。

そして製氷を挟んで迎えた最終グループ。全選手が2クワド構成予定というかつてない戦いが幕を開ける。

そのトップバッターを飾った羽生は、4サルコウを危なげなく決めると、バックカウンターからの3アクセルでは、ジャンプの入り、幅、高さ、流れる着氷からのトランジッション(繋ぎの技)の全てで質の高さを見せて、出来栄え点で満点(+3.00)を獲得する。さらに4トゥループから両手をあげながら3トゥループを降りると、激しさが増していく音楽そのものとなったステップ、スピンで世界観を表現。歓喜の黄色い雨が降り注ぐ中、満足そうな表情を浮かべ、自らのSP世界最高得点に迫る111.68で首位に立つ。

©Maddie Meyer/GettyImages

次いで、マレーバクを連想させる衣装で登場したネイサン・チェン(アメリカ)の今季最もクールで勢いのあるプログラムが始まる。今年に入り構成から外していた4ルッツに挑むも転倒すると、後半の4トゥループ、3アクセルと全てのジャンプでミス。ステップでも体のキレが感じられず、観客にも動揺が走った。4人を残して暫定13位となり、トップの羽生とは約30点差。これが五輪の魔物なのだろうか。団体戦を払拭する演技とはならなかった。

最終グループ3番目に登場した個人資格で参加しているミハイル・コリヤダ(OAR)は、冒頭4ルッツ予定が3回転になると、4トゥループで転倒。コンビネーションジャンプが入らなかったため、技術点を伸ばせず、暫定5位。コリヤダも団体戦のリベンジとはならなかった。

漂いつつある不穏な雰囲気を一掃したのが28番滑走の宇野昌磨だ。ビバルティの調べが響く中、4フリップ、後半の4トゥループ+3トゥループを決めていく。イーグルからの3アクセルの着氷で一瞬ヒヤッとするも、レビューや減点が1つもない状態で演技を終え、宇野本人もガッツポーズ。いつもより着氷に伸びがなく自己ベスト(PB)の更新とはいかなかったが、104.17で暫定2位につける。

続くハビエル・フェルナンデス(スペイン)は華のある演技で魅せた。美しい4トゥループ+3トゥループと4サルコウをこともなげに決めると、キレのある素晴らしい演技で観客をチャップリンの『モダンタイムス』の世界へと誘い、会場は幸せな気分に満ち溢れた。全体で3番目となる技術点と高い演技構成点で107.58をマークし、羽生に次ぐ暫定2位となる。

高難易度構成の先駆けとなったボーヤン・ジン(中国)は、高い4ルッツ+3トゥループ、4トゥループ、3アクセルを決め、3アクセルの後にはガッツポーズを見せる。今季は表現が難しいシリアスなプログラムに取り組んでいるが、気迫がリンクを飛び越えて伝わってくるような感情のこもった演技で、見事に最終滑走者としての役目を果たした。演技構成点ではトップ3に及ばないものの、2番目に高い技術点を獲得し、PBとなる103.32で3位の宇野とは0.85点差の4位と十分にメダル圏内でSPを折り返すこととなった。

日本が歓喜に沸いた日

SP終了時点で、首位羽生から4位ジンまでの点差は8.36。さらには6位チャンから20位田中までの15人が約10点差の中にひしめき合う混戦状態。翌日に行われたフリースケーティング(FS)は、ジャンプ1本の出来が順位、そしてメダルの色を左右する展開となった。

第1グループでの滑走となった田中は遂に4サルコウを着氷するが、2本目は惜しくも転倒。後半に組み込んだ勝負の4トゥループ、3アクセルでミスが出たものの、その他のジャンプやスピンを着実にこなしてステップではレベル4を獲得。FSは164.78で総合得点は244.83となり、総合18位で初の五輪を滑り終えた。

第2グループでは、イスラエルのアレクセイ・ビチェンコとダニエル・サモヒンが立て続けにPBを更新。会場が盛り上がる中、登場したSP17位ネイサン・チェンへ一際大きな声援が送られる。

チェンは4ルッツを軽々と降りて4フリップ+2トゥループも着氷させる。2本目の4フリップでは手を着いたが、どんどん動きがよくなっていき、基礎点が10点以下のジャンプが3アクセルのみという4種6クワドのうち5本を成功させる「これぞネイサン・チェン」という演技で会場を沸かせた。フリーレッグのつま先まで神経が行き届いた美しいスピンやステップでも得点を重ねてFS歴代3位となる215.08、総合得点でも大台に迫る297.35を叩き出し、男子シングルに歴史を刻む名演技となった。技術点では羽生が昨年記録した世界歴代最高技術点(126.12)を更新した(127.64)。

©Jean Catuffe/GettyImages

その後もミーシャ・ジー(ウズベキスタン)の芸術性が際立った演技や地元韓国期待のホープ、チャ・ジュンファンがSPに引き続きFSと総合得点でもPBを更新。さらに第3グループではもう1人の若きアメリカン、ジョウがチェンに次ぐ基礎点となる5クワド構成をやり遂げ、ベテランのミハル・ブレジナ(チェコ)が5季ぶりにPBを更新。最終グループの6人がリンクインする頃には観客のボルテージは最高潮に達していた。

いよいよ最終グループ1番滑走のアリエフが演技をスタートさせる。4トゥループ+3トゥループを鮮やかに決めるも、2本目の4トゥループでは腰を氷に打ち付ける形となる。その影響からか続く3アクセルでも転倒するが、その後大崩れすることなく滑り終え、シニアデビューシーズンに初出場が叶った五輪で最終グループ入りした意地を見せた。得点は168.53、トータルでは267.51で暫定3位となる。

メダル争いのカギを握るジンが滑る映画『スター・ウォーズ』は、まさにこの大会に相応しい演目だ。この日も高い4ルッツを皮切りに、4サルコウ、3アクセル+1ループ+3サルコウを軽々と降りていく。お茶目な表情を見せるコレオステップを挟んだ後半初めの4トゥループでこそ転倒したが、それ以外にミスらしいミスはなく演技を終え、力強くガッツポーズ。FS194.45、総合では297.77と僅差でチェンを上回って暫定トップに立つと嬉し涙を見せた。

次のチャンは美しい4トゥループ+2トゥループを降り、3アクセル+1ループ+2サルコウ、そして後半の3アクセルをお手付きながらも決める。『ハレルヤ』の音楽と一体になったチャンの滑りを目に焼き付けるかのように会場は静まり返っていたが、演技が終わると観客は万感の思いでチャンに拍手を送った。173.42と団体戦よりも低い点数ではあったが、長年にわたり男子シングルを牽引し、このハイレベルな戦いの礎を築いたフィギュアスケート界の立役者は、笑顔で最後の五輪、そして最後の試合を終えた。

闘志を纏った羽生は、4サルコウ、4トゥループ、3フリップを軽やかに降り、手拍子にあわせてステップを踏み終えると、4サルコウ+3トゥループもクリーンに決める。続く4トゥループでは乱れが生じるも、その直後の3アクセルに1ループ+3サルコウをつけて見事にリカバリー。前傾着氷となった最後の3ルッツでは絶対に転ばないという羽生の強い心が感じられた。演技終盤には疲れが見えたが、フィニッシュ直後、感情を爆発させたその表情はソチ五輪の自分に打ち勝ったことを物語っていた。206.17、総合得点317.85で文句なしで暫定トップとなり、2大会連続でのメダル獲得を確定させた。

続いて登場したフェルナンデスも、素晴らしい4トゥループ、4サルコウ+2トゥループ、3アクセル+3トゥループを決め、コレオステップで観客の心を掴んでいく。演技終盤、『見果てぬ夢』のメロディーに乗せたステップでは、ソチ五輪で惜しくも表彰台を逃したリベンジを願っている彼の姿が重なった。後半最初の4サルコウが2回転になったことが響いたが(197.66)、総合では305.24と羽生に次ぐ暫定2位となり悲願の五輪のメダルを確実なものとした。

メダルの行方と色を決める最終演技者となった宇野は、4ループで軸がぶれて転倒するが、次の4フリップを決めると、『ネッスンドルマ』の歌声で幕を開ける後半、堪えながらも3アクセル、4トゥループ+2トゥループ、4トゥループ、3アクセル+1ループ+3フリップ、3サルコウ+3トゥループと残りの全てのジャンプを着氷させて、技術点を積み重ねていく。やり切った表情を見せた宇野のFSは202.73、総合では306.90 となり、僅差でフェルナンデスを上回って銀メダルを掴んだ。

66年ぶりとなる五輪2連覇を達成した羽生は、グリーンルーム(上位3選手控え室)で涙を流しながら感謝の言葉を口にした。

©Jean Catuffe/GettyImages

五輪史上最もハイレベルな戦いは、羽生の五輪2連覇、日本フィギュアスケート史上初の五輪ワンツーフィニッシュという日本にとって最良の結果となった。競技終了後、羽生は右足が完治していない状態であり、痛み止めを服用して競技に臨んでいたことを明かした。ジャンプを跳び始めて3週間、4ループは韓国入り前日に跳べたという状態で、あれほどまでのパフォーマンスを見せた羽生を称えるほかない。羽生本人も「漫画の主人公にしても出来過ぎなぐらい」と言っていたが、羽生が獲得した金メダルが冬季五輪通算1,000個目だというのだから、やっぱり「持っている」のだろう。

今大会は、ベテランから若手まで、それぞれの選手がそれぞれの持ち味や個性を存分に発揮した。素晴らしい戦いを見せてくれた全選手に、惜しみない拍手と心からの感謝を贈りたい。

<了>

VictorySportsNews編集部

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