ハリルホジッチに打つ手はあったか? 日本対イラクレビュー(らいかーると)
6月13日に行なわれたワールドカップアジア最終予選・イラク代表戦で、サッカー日本代表は1-1で引き分け勝ち点1を積み増した。日本はグループBの首位に立ち、次節のオーストラリアに勝利すればワールドカップ自動出場権が確保できる2位以内が決まる。しかし、ヴァイド・ハリルホジッチ監督だけでなくどの選手もこの結果に満足していない。イランの高地で行なわれた酷暑の中での試合ということもあり、試合内容には精彩を欠いた。しかし日本が苦戦を強いられた理由は、それだけではなさそうだ。試合分析に定評のあるサッカーコーチ・らいかーると氏に、寄稿を依頼した。
残り時間はおよそ20分。日本は勝ち越しゴールを狙って、サイドバックの攻撃参加が活発化する。この場面での日本の攻撃を牽引した選手は、前半に続いて本田だった。酒井宏が交代し、酒井高徳がピッチに慣れるまでに時間がかかってしまったことが痛かった。同点ゴールに満足したかのようなイラクとは対象的に、日本は果敢にイラクのゴールに迫っていった。この環境でこうした意思統一は、なかなかできる芸当ではない。しかし、イラクのゴールには届かず試合は終了する。
この試合では、健闘むなしくイラク相手に引き分け。酷暑・高地という環境もあり、イラクのビルドアップ隊に対しどう対応するのかあいまいになったり、相手のファーポスト狙いの攻撃に対しどう対処するかが見えないなど、チームとしての統一的な戦い方に疑問が残りました。そして、次のオーストラリア戦ではこの試合からメンバー・システムを大きく変え、本田圭佑・遠藤航をベンチに置き、大きな勝利を掴むことになりました。
豪を破壊した、ハリルの「開始30秒」。徹底分析・オーストラリア戦
ハリルホジッチ監督率いるサッカー日本代表は、豪代表を迎え、快勝。W杯本大会への、6回連続となる出場権を手にしました。W杯予選の歴史の中で、日本代表が勝利したのは初めての事で、イビチャ・オシム監督時代のPK戦での勝利も、公式記録としては引き分け扱い。アルベルト・ザッケローニ監督時代の最終予選でも、ホーム・アウェーともにドローでした。 そんな強敵を、見事にうち倒した「ハリルホジッチの傑作」とも称すべきその作戦の要諦を読み解きます。
ハリルホジッチと選手達はそのことを理解し、狙いを共有していたものと思われます。開始30秒で示した作戦を基盤に、そこを突くことで浅野に最初のビッグチャンス(前半34分)が訪れるのです。豪を破壊した、ハリルの「開始30秒」。徹底分析・オーストラリア戦 | VICTORY
・豪のゴールキックをサイドでカット
・井手口(インサイドハーフ)がそのボール受けると見せてDHを釣る
・内側(ハーフスペース)に入った乾がそのDHの裏を取る
・この乾を消しに、ボールサイドにスライドしているCBが出てくる
・カバーリングポジションにいるCBは、乾から大迫に入ったボールを見てしまって動けない
・乾を消しに出たCBの裏がガラ空きのまま放置される
・大迫がポストを成功させ、そこへ走りこむ乾と長友にスルーパス
・WBの外側に逃げる浅野に対してクロス、決定機
このプロセスはそのまま先制点(40分)の伏線となりました。
見事な作戦を展開し、これまでW杯予選で一度も勝ったことのない相手・オーストラリアに2-0で完勝。ロシアW杯出場権を獲得するとともに、ハリルホジッチ監督にとっても会心のゲームになりました。
豪戦、完勝の布石は1年前に打たれていた。徹底分析・オーストラリア戦
サッカー日本代表が見事な勝利を収めた、8月31日のオーストラリア戦。この試合については、VICTORYでも五百蔵容さんの記事にて詳しく解説させていただきました。この分析では、日本代表の戦い方に焦点を置かれたものでした。一方、「オーストラリアサイド」から見てはどうだったのでしょうか? 結城康平さんに解説いただきました。(文・図表原案:結城康平 図表制作:VICTORY編集部)
ハリルホジッチの恐るべき点は、オーストラリアとの2試合を通して「中盤での主導権」を徹底的に奪い取ったことにある。初戦は本田・香川をアンカーに当てる「低いブロックの4-4-2」、2戦目は3センターを前からのプレッシングに活用しながら中盤のバランスを保つ「部分的な4-4-2の再現」によって、アジアでは圧倒的なタレント力を誇るオーストラリアの中盤を容赦なく封じ込めた。さらに、4-4-2のゾーンディフェンスという基本形が「フォーメーションが変わっても戦術のベースとなっている」ことは興味深く、「基礎の応用」によって、様々な守備戦術を仕掛けられることを示唆している。豪戦、完勝の布石は1年前に打たれていた。徹底分析・オーストラリア戦 | VICTORY
守備的なスタイルは、どうしてもネガティブなイメージと結び付けられることが多いのも事実だが、基礎的な守備戦術を身に付けていない状態では強豪国に挑むことは難しい。ヨーロッパ予選では、小国であっても組織されたゾーンディフェンスで強豪国を追い込むように、守備戦術はどんなチームにとっても「必要不可欠」なものだ。高い技術を有していても「もろい」印象が拭えなかった日本代表に、ハリルホジッチは「駆け引き」と「変幻自在の守備戦術」という武器を与えようとしている。相手の目線から見た時、ハリルホジッチは「智将」としての色をさらに濃くするのかもしれない。
結城康平さんによる、W杯オーストラリア戦の「アウェー・ホーム」2試合を通じての分析。ハリルホジッチが、いかに戦略的にチームを動かし、相手の選択肢を奪い、主導権を持った試合運びを進めたかを詳述しています。
日本代表に足りない“ポジショナルプレー”とは何か? 五百蔵容×結城康平対談(1)
見事にロシアW杯への切符を勝ち取ったサッカー日本代表ですが、W杯本番で良い結果を残せるかはまだまだ未知数です。10月6日のニュージーランド戦後、ヴァイド・ハリルホジッチ監督は「ワールドカップを戦うレベルからは遠い」と厳しいコメント。日本にはまだまだ超えねばならない壁があり、W杯開幕までに間に合う保証もありません。来年6月まで、日本はどういう準備を重ねるべきなのか? 識者2人に対談していただきました。(語り手:五百蔵容・結城康平 編集:澤山大輔[VICTORY編集部])
――チームとして足りない部分が多いと。日本代表に足りない“ポジショナルプレー”とは何か? 五百蔵容×結城康平対談(1) | VICTORY
五百蔵 たくさんある。これ、日本の選手がポジショナルプレーに習熟していたら、ハリルホジッチはすごくラクなはずなんですよ。
――ポジショナルプレーというは、具体的にどういうプレーのことですか?
五百蔵 現代的なポジショナルプレーとは、ピッチに対しどう人員を配置するか……その配置(ポジショニング)自体がビルドアップや守備、ポジティヴ/ネガティヴ双方のトランジションに対し、相互に影響を与えながら関連しあうようにチームとしての一貫した戦術的意図、プレーのサイクル、プレー原則が設計され、表現されているプレー。そのことで優位性を得ようとするプレーです。
一昔前はボールポゼッション時に正しいポジションを取りながらビルドアップやポゼッションを行ない、優位性を確保しようとするというふうに、ボールポゼッションのための概念として捉えられていました。が、グアルディオラのバルセロナがボールを失った場合のネガティヴ・トランジションをあらかじめ多層的に想定した配置上の工夫、トランジション時の継続的なグループワーク、古典的なポジショナルプレー、それら全て結びつける考え方、方法論を確立したことで現代サッカーを考えるに欠かせないものになりました。
結城 流動化していくフットボールの中で、常に変化していく「良いポジション」に解を生み出そうとしているのがポジショナルプレー、という言い方もできるかと思います。
五百蔵 日本でも「良いポジショニング」というのは攻守両面で「気が利く」ポジショニングという意味で重視されていますが、局面ごとの積み重ねではなく総合的な戦術的意図に基づき、様々な局面に対して応用可能な、一貫した定義や説明が可能なものとして確立されているとは言えないと思います。
ハリルホジッチは、厳密なポジショナルプレーを要求するタイプの監督ではないです。が、このプレーに習熟していればすんなり理解と実行が可能な戦術的ポジショニングを、日本のトップレベルにあっても多くの選手がやり損ねるという状況には苦しんでいるのではないかなと。
大きな反響を得た、ポジショナルプレーに関する五百蔵容さん、結城康平さんの対談です。乾貴士選手の戦術的なポジショニングを始め、多くの示唆に富む対談。この時点からハリルホジッチ監督がいかに戦略的にチームづくりを進め、さらに宇佐美貴史選手のようなジョーカーを欲しているところまで言及していました。
ハリルホジッチの解任を叫ぶ前に、最低でも考えてほしい3つの事柄
難敵オーストラリアを抑え、アジア最終予選を1位で通過しロシアW杯への出場権を得たハリルホジッチ。にも関わらず、メディアには厳しい声があふれている。アルジェリア代表時代も厳しい批判に晒されながら、ブラジルW杯ではドイツを追い詰めた。そんな指揮官を解任したいなら、最低でも以下の事柄を踏まえてほしい。(文:結城康平)
「ポゼッションサッカー」という幻想に踊らされ続けてきた日本代表に、欧州基準の守備を知る監督が就任したことはポジティブな事実だが、染み付いてしまったFCバルセロナのようなスタイルへの憧れが簡単に消えることはないだろう。「小さな身体でも、パスサッカーなら戦える」というフィジカル面でのコンプレックスと絡まりあっていることも、問題の根を深くする原因だ。しかし、現代フットボールにおいて「ポゼッション」と「カウンター」は二律背反する概念ではなく、コインの表と裏に近い。どちらも使いこなせなければ世界のトップクラスに至ることが難しい現状で、片翼への依存が正しい道であるとは考えづらく、ハリルホジッチは日本代表に足りないものを理解している。ハリルホジッチの解任を叫ぶ前に、最低でも考えてほしい3つの事柄 | VICTORY
次の大会での魅力的な攻撃サッカーには繋がらなくても、その先の未来を見据える為に、われわれはハリルホジッチという指揮官から学んでいかなければならない。
サッカー日本代表はハリルホジッチ監督を解任した以上、大小なり「ポゼッション」の志向に回帰するのでしょう。報道による断片的なものなので、必ずしもそうなるとは限りませんが、とはいえそうならないのならハリルホジッチを解任する理由はないはずです。それは日本代表ひいては日本サッカーにとって前進なのか後退なのか、ワールドカップ本戦である程度証明されるのではないでしょうか。