■1.「世代交代」の難しさ

遠藤保仁と長谷部誠という中盤の絶対的な組み合わせ以外の最適解を見付けられずに苦しんできた日本代表にとって、中盤の刷新は大きな課題だった。

岡田武史は2010年W杯の寸前で、中盤の底に阿部勇樹を起用することで中盤守備のバランスを整えることに成功した。ハビエル・アギーレは、長谷部を底に配置する3センターによって「負荷の分担」を進めていたが、ハリルホジッチは年齢的にベテランの域に差し掛かった遠藤保仁を代表から外し、直近の数試合では積極的に井手口陽介を起用。21歳のMFをチームの中核に抜擢することは、間違いなく勇気が必要な決断だ。

動き過ぎる性質のあるMFを、中盤の底ではなく一列前で起用する采配は重要なポイント。この起用により、井手口は自分の背後を気にし過ぎることなく抜群のボール奪取力を発揮する。ブラジル戦でも相手の迷いを生み出す猛烈なプレスによって存在感を放ったセントラルハーフは、12月12日にイングランドの古豪リーズ・ユナイテッドへの移籍が決まったという報道がなされた。

世代交代の移行期という、最も難しい時期をアギーレから突如受け継ぐことになったハリルホジッチだが、ポジションを問わず様々な選手を試し続けている。アルジェリア代表監督時代は、国内メディアに批判されながらもリヤド・マフレズ(レスター・シティ)やナビル・ベンタレブ(シャルケ)を抜擢して鍛え上げたことでも知られているハリルホジッチ。現在は井手口を筆頭に久保裕也(23歳)、浅野拓磨(23歳)、長澤和輝(25歳)、遠藤航(25歳)といった20代の選手を起用しながらロシア大会の先も見据えている。

久保裕也をWGに置くことで裏のスペースに抜ける能力を発揮させるなど、選手の特性をベースとしてチームを組み替える能力にも定評があるハリルホジッチは、若手の負担を軽減しながら組織に組み込む技術に長けている。同時に、久保裕也を筆頭に加藤恒平(PFCベロエ・スタラ・ザゴラ)や森岡亮太(ワースラント=ベフェレン)などの欧州5大リーグ外で活躍する選手にも機会を与えようとしていることは興味深い。

川島、吉田、今野、長友、内田、長谷部、香川、本田、岡崎。綺羅星のように輝く黄金世代は欧州基準に適合し、代表でも長年主軸として活躍してきた。彼らの力を引き出しながら、健全な競争の中でスムーズな世代交代へと導くのは実際のところ簡単ではない。だが、今のところハリルホジッチは若い選手を着実にチームへ組み込んでいる。経験豊富な選手たちはW杯本番でも間違いなく必要だが、彼らへの依存は徐々に薄くなっている。

■2.短期決戦で結果を残す緻密な「守備戦術の使い分け」

奇襲戦法で相手のリズムを崩し、速攻で得点を奪い取る。ハリルホジッチのアルジェリア代表は、相手の予想と異なる守備戦術を使い分けながら、リズムを崩す電撃戦によってグループリーグを突破。決勝トーナメントでは、世界王者ドイツを組織された中盤のプレッシングによってあと一歩のところまで追い詰めている。

ハリルホジッチのチームが特徴としているのは、「距離感を適切に保つことでブロックを形成するゾーンディフェンス」と「思い切りの良いタイミングでのハイプレス」の柔軟な使い分けだ。ガーディアン紙で戦術分析を寄稿するマイケル・コックスは、「柔軟に守備戦術を使い分ける、極めて優秀な戦術家」とハリルホジッチを評する。

豪戦、完勝の布石は1年前に打たれていた。徹底分析・オーストラリア戦

サッカー日本代表が見事な勝利を収めた、8月31日のオーストラリア戦。この試合については、VICTORYでも五百蔵容さんの記事にて詳しく解説させていただきました。この分析では、日本代表の戦い方に焦点を置かれたものでした。一方、「オーストラリアサイド」から見てはどうだったのでしょうか? 結城康平さんに解説いただきました。(文・図表原案:結城康平 図表制作:VICTORY編集部)

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オーストラリア戦では右サイドに起用した浅野を中盤の低めまで下がらせ、中央の枚数を補てん。3センターを囮にしながら「4-4ゾーン」を形成することでオーストラリア代表が使いたいスペースを消し、相手の攻撃を機能不全に追い込んでから二の矢を放つ。前からのプレッシングへとシフトすることでオーストラリアの3バックを追い込み、90分を通して相手をコントロールした。絶対に負けられない試合を完璧に掌握した指揮官は、勝負所での圧倒的な戦術眼を示した。

相手の組織戦術を分析することに長け、相手の主軸を抑え込む経験豊富なハリルホジッチの存在は、全ての試合が重要なW杯において大きな差となる。親善試合では積極的に前からのプレスを試しているが、必要な状況ではリトリートすることによって相手の狙いを外してくるはずだ。出来る限り切り札になり得るカードを隠しておこうとする指揮官のタイプを考慮すれば、親善試合のパフォーマンスを過度に評価に直結させることは避けるべきだろう。

■3.育成に起因する偏り

日本代表の選手層の偏りについても、言及する必要があるだろう。例えば守備的MF、特に欧州において3センターの「4番」と呼ばれる中盤の底を支えるポジションに求められる特性を備えた選手の少なさは、長年続く大きな課題である。

現ユベントス指揮官マキシミリアーノ・アッレグリはUEFAプロライセンスの修士論文において、このポジションに必要な選手の特性を以下のように定義した。

●ボールが相手側にある際に、8番と10番、2人のセンターハーフのポジションを指示し、アタッカー3人(7番、9番、11番)のポジションを整える指示能力。

●攻撃が終了した際には、即座に4番は帰陣を指示し、ボールを奪い返すために全体の位置を調整しなければならない。

●ポジションから飛び出さず、相手の攻撃を遅らせることが出来る能力。

●自らのチームに時間を与えられるパス能力。ボールを受ける上での正しいポジショニングを取る能力。

●カウンターなどで守備から攻撃に円滑に移行することを可能にするロングキック能力、これはプレスを回避する上でも必要となる。また、相手の弱い部分を見つける視野。

●ボールを失わずに正確に繋ぐ能力だけでなく、正しいポジショニングを保つことで相手の攻撃を防ぐ役割をこなす必要もある。DFを助けるために、相手の攻撃時にはアタッカーを妨害しなければならない。

●このポジションをこなす選手に最も必要な能力は、「テクニックに優れていること」。チームのバランスを保つために、ポジションを離れすぎない必要がある。

アッレグリがミラン時代に指導したオランダ代表ナイジェル・デ・ヨングのように、「4番」にとって最も重要なのが「中盤の底をカバーし、中央の危険なエリアを塞ぐ能力」だ。日本代表では、南アフリカW杯での戦術変更の鍵として岡田監督に抜擢された阿部勇樹が典型的な「4番」と言えるだろう。

味方が埋めているスペースを的確に把握し、動き過ぎない範囲での調整を加えながら的確に相手の使いたいエリアを潰していく。現在は長谷部誠や山口蛍がこのポジションを任されることが多いが、元々は攻撃的なポジションの長谷部は「10番」や「8番」のようなプレーを得意としていた選手で、山口も広いエリアを上下動する動きを好んでいる。ゾーンディフェンスにおいて「起点」となるポジションをこなせる戦術眼を備える選手が育っておらず、長谷部に任せなければならない状態になっているのが実情だろう。

運動量が豊富で攻守に活躍することが出来る選手は多く育ってくるのだが、そういった選手の相方として全体のバランスを整えるMFがなかなか育ってこないのは「ゾーンディフェンス」が浸透しきっていないことを象徴している。山口のように「4番」の資質がある選手がいても、Jリーグではチーム事情の絡みもあって攻撃に参加させてしまうことが多いのが実情だ。

日本の守備的MFが海外でサイドバックなどにコンバートされやすいのも、中央でのバランス感覚が優れていないことや、周りを動かす能力に長けていないことに起因している。サイドバックであれば献身的な上下動を武器に出来ても、中盤の底を任せるのは難しい。守備的な面での個人戦術の欠如は大きな課題で、柴崎岳もスペインではトップ下としての起用が多い。セントラルハーフに置くことが理想でも、求められるだけの守備タスクをこなせない選手は高い位置へと動かさなければならない。

CBも、残念ながら求められるレベルには達していない。槙野智章は、ハリルホジッチ監督の個人指導によって大きく改善した選手の1人だ。しかし、代表監督に求められているのは「育成」ではなく「用兵」であり、個人のプレーを改善することはリソースを分散することに繋がりかねない。指揮官の厳しい指導は日本代表にとっては重要だが、槙野のように高いレベルでプレーし続けてきた選手の「個人戦術」が「代表監督がマンツーマンで改善しなければならないレベル」というのは残酷な事実だ。素直にハリルホジッチの指導を吸収している槙野だが、彼が10代のときにそれを教えてくれる指導者と巡り合えていれば、運命は大きく変わっていたのかもしれない。

昌子や植田といった比較的若いCBの選手たちも、守備の個人戦術や組み立てに寄与するスキルでは改善の余地が残っており、守備的なポジションの選手たちを育成していくことは大きな課題である。ゾーンディフェンスの素地が養われていない日本代表で、守備戦術を得意とするハリルホジッチが悩んでいることは間違いない。デュエルという言葉を強調することも、日本の育成への「警告」だ。

「ポゼッションサッカー」という幻想に踊らされ続けてきた日本代表に、欧州基準の守備を知る監督が就任したことはポジティブな事実だが、染み付いてしまったFCバルセロナのようなスタイルへの憧れが簡単に消えることはないだろう。「小さな身体でも、パスサッカーなら戦える」というフィジカル面でのコンプレックスと絡まりあっていることも、問題の根を深くする原因だ。しかし、現代フットボールにおいて「ポゼッション」と「カウンター」は二律背反する概念ではなく、コインの表と裏に近い。どちらも使いこなせなければ世界のトップクラスに至ることが難しい現状で、片翼への依存が正しい道であるとは考えづらく、ハリルホジッチは日本代表に足りないものを理解している。

次の大会での魅力的な攻撃サッカーには繋がらなくても、その先の未来を見据える為に、われわれはハリルホジッチという指揮官から学んでいかなければならない。

結局、ハリルホジッチへの理解は深まらなかった。五百蔵容×結城康平対談

ロシアW杯本戦まで残すところわずか。しかし、ハリルホジッチへの理解は、結局どこまで進んだのでしょうか? 監督が変わるたび「リセット」を繰り返してきた日本サッカー界は、また同じ轍を踏むことになるのでしょうか。五百蔵容さん、結城康平さんに語っていただきました。

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豪を破壊した、ハリルの「開始30秒」。徹底分析・オーストラリア戦

ハリルホジッチ監督率いるサッカー日本代表は、豪代表を迎え、快勝。W杯本大会への、6回連続となる出場権を手にしました。W杯予選の歴史の中で、日本代表が勝利したのは初めての事で、イビチャ・オシム監督時代のPK戦での勝利も、公式記録としては引き分け扱い。アルベルト・ザッケローニ監督時代の最終予選でも、ホーム・アウェーともにドローでした。 そんな強敵を、見事にうち倒した「ハリルホジッチの傑作」とも称すべきその作戦の要諦を読み解きます。

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日本代表に足りない“ポジショナルプレー”とは何か? 五百蔵容×結城康平対談(1)

見事にロシアW杯への切符を勝ち取ったサッカー日本代表ですが、W杯本番で良い結果を残せるかはまだまだ未知数です。10月6日のニュージーランド戦後、ヴァイド・ハリルホジッチ監督は「ワールドカップを戦うレベルからは遠い」と厳しいコメント。日本にはまだまだ超えねばならない壁があり、W杯開幕までに間に合う保証もありません。来年6月まで、日本はどういう準備を重ねるべきなのか? 識者2人に対談していただきました。(語り手:五百蔵容・結城康平 編集:澤山大輔[VICTORY編集部])

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日本サッカーの重大な課題は、「抽象化できないこと」である。五百蔵容×結城康平対談(2)

10月10日のハイチ戦は、3-3と打ち合いの末引き分け。「相手がブラジルなら10失点している」と、ヴァイド・ハリルホジッチ監督も落胆を隠せない様子でした。試合内容を見ると、レギュラーの選手が出場しないと途端に約束事が見えづらくなり、適切なタイミングで適切なプレーができないシーンが散見されました。本対談で五百蔵容(いほろい・ただし)氏と結城康平氏が述べた「蓄積するヨーロッパと、そうでない日本」という趣旨の箇所は、はからずもハイチ戦で露呈してしまったようにも見えます。キーワードは「抽象化」です。(語り手:五百蔵容・結城康平 編集:澤山大輔[VICTORY編集部])

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ポジショナルプレー総論。現代サッカーを貫くプレー原則を読み解く

大きな反響を頂戴した「ポジショナルプレーとは何か」。概ね好意的な反響をいただいた一方で、「包括的に理解できる記事を読みたい」という反響も頂戴しました。そこで今回は、対談の当事者である結城康平さんに、この概念をまとめた記事を執筆いただきました。ご本人が「過去に経験したことないほど時間を要した」とする力作、ぜひお読みください。(文・図表:結城康平)

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結城康平

宮崎県生まれ、静岡県育ち。スコットランドで大学院を卒業後、各媒体に記事を寄稿する20代男子。違った角度から切り取り、 異なった分野を繋ぐことで、新たな視点を生み出したい。月刊フットボリスタで「Tactical Frontier」が連載中。