破壊力抜群の攻撃陣がウィークポイントになり得る?

「たしかにベルギーの攻撃は脅威ですよね。でも、ストロングポイントがウィークポイントになる、相手によって、相手の戦い方によって様相がガラリと変わるのがサッカー。サッカーの“相対的なゲームである”という特性に注目するともう一つの見方ができるかもしれません」

戦前予想では戦力で勝るベルギー有利と悲観的な情報が目立つが、ゲーム分析、ビデオ分析のスペシャリストである白井氏は、「スカウティング」という観点から見ると、ベルギー代表のそうそうたる顔ぶれを必要以上に怖がらず、ベルギーのやり方を冷静に分析することで勝機が見えてくると言います。

「マンチェスター・ユナイテッドのロメル・ルカク、チェルシーのエデン・アザール、ナポリでプレーするドリース・メルテンスに、中国の大連一方のヤニック・フェレイラ・カラスコ、マンチェスター・シティで活躍するケヴィン・デ・ブライネ。ベルギー代表選手の名前を挙げていくと、『この相手にどう守るんだ』という気持ちになりますよね。アナリストとしても、彼らへの対策には頭を悩ませるところですが、オランダでいう“スカウティング”は、相手への対応、対策に留まりません。相手の研究はするのですが、その上で自分たちのストロングポイントを発揮できる可能性を探る。具体的にどのように勝機を見出すのか? その方法を導いてはじめてスカウティングが成立するのです」

白井氏が指摘するのは、ベルギー代表の特徴にして最大の武器である攻撃的なタレントの豊富さはメリットばかりではないという点。ベルギーの強みにこそ、日本代表がベルギー代表に対抗するためのヒントが隠されているというのです。

「当たり前のことですが、サッカーには自チームが攻撃をしている時間、守備の時間、攻守の切り替えの時間が存在します。これらがめまぐるしく入れ替わることがサッカーを複雑にしているとも言えるのですが、整理してみると、サッカーの局面(オランダではチームファンクションと言います)は①攻撃、②守備、攻守の切り替え(③攻→守と④守→攻)の4つにわけることができます。『ベルギー代表の強さ』を語るとき、多くの人は攻撃の話しかしません。では守備のときはどうでしょう? 攻守の切り替わりのときはどんな特徴を持っているのでしょう? それぞれのチームファンクションでベルギー代表がどんな特徴を発揮しているのかをフィールドで起きる事実に基づいて分析するのが、ゲーム分析、スカウティングの基本になります。

先ほど名前を挙げた5人の選手は、特に攻撃に特徴を持ち、所属クラブでは攻撃の才能を活かすべく、『守備に労力を割かなくていい』という、ある程度の特権を保持している選手です。

攻撃や攻守の切り替え(守→攻)のチームファンクションでは危険なプレーを連発する彼らも、守備の局面では自分の強みを出せないことになります。スタメンに5人の“アタッカー”が共存している状態はかなりアンバランス。守備の局面に注目すれば、ベルギーのタレントもウィークポイント、日本にとってのチャンスに変換することができるのです」

実際、事前にチェックしてもらった昨年の日本対ベルギーの親善試合でも、日本はある程度ビルドアップを能動的に行っていた時間帯では、ベルギーの良さを消すことに成功していたと言います。
「ベルギーの研究をすると、ルカクをどうするのか? “ハーフスペース”を有効に活用するアザールとメルテンスの動きをどう封じるかなどに視線が行きがちですが、彼らを封じるためには、そもそも彼らにボールが渡る回数を減らすために日本がビルドアップを行うか、ベルギーのビルドアップを妨害するという考え方を持つ必要があります」

ゲーム分析によるスカウティングでは、4つのチームファンクションを区切らず、常に“自チームと対戦したときの相手“を想定して分析を行います。日本代表とベルギー代表がフィールド上で相まみえたとき、どんなことが起こり得るのか? ここからは具体的なシミュレーションと、戦術の一例を示してもらいながら、日本の勝機を探ってみよう。

フィールドごとに守り方を変え、守備を攻撃につなげる戦術

「ベルギー代表は、一貫して1-3-6-1のチームオーガニゼーションを採用しています。多くの方が指摘するようにこのチームオーガニゼーションでは3バックとウイングバックの間の“ハーフスペース”にギャップができやすい形です。ここを突け! というのはたしかにデータやゲーム分析から得られる結論の一つなのですが、もし私が日本代表の分析を担当していたら、この結果だけを持ってベルギーの弱点を突けとはなかなか言えません。どうしたらこの形に持って行けるのか? 日本代表の選手たちが実行可能な戦術を示さず、ベルギーの弱点だけを提示しても、戦う選手たちにとっては“机上の空論”になってしまうからです」

白井氏は、ベルギーの守備における弱点を明示した上で、日本代表はこの弱点を突くべく、「守備から準備することが大切だ」と言います。

「鍵を握るのはサッカーのフィールドを3分割した中央のフィールド2、相手ゴールに近いフィールド3での日本代表の守備のやり方です。昨年の親善試合ではベルギーのウイングバックが高い位置を取った際に、日本のウイングの選手が下がって対応するシーンが目立ちました。これは、守備に人数を割くための献身的なプレーに見えますが、ベルギーの選手のクオリティを考えると得策とは言えません。ゴールに近づけてしまうと、数的同数、一時的な数的不利をものともせずゴールを決める可能性があるのがベルギーのアタッカー陣の特徴です。相手に合わせすぎず、基本的にはゾーンで守り、相手のウイングバックが高い位置まで上がってきたら、サイドバックがマークするというのが日本代表がベルギーを封じ、“勝つため”の一つの方法です」
白井氏が示したのは、中盤中央でブロックを形成し、そのゾーンでは相手を自由にしない、パスコースもなるべく塞ぎ、ビルドアップのボールをサイドに出させるという戦術です。

©The Soccer Analitics

「中央を封鎖されたベルギーは、事態を打開するためにサイドにボールを動かして攻撃を組み立てようとします。このとき日本代表は意図的にサイドにボールを追い込みます。できれば、突破力のあるカラスコの左サイドより、右サイドでプレーさせたいところです。センターバックのトビー・アルデルワイレルト(トッテナム)から右ウイングバックのトーマス・ムニエ(パリSG)に展開させ、ボールを奪うことを目標とする。この守り方をすることで、ベルギーのストロングポイントを封じると同時に、日本のストロングポイントを活かすことができます。乾貴士選手、原口元気選手にウイングバックを追いかける守備をさせるより、一つのアクションがダイナミックな酒井宏樹選手、走力、判断力、アクションの連続性どれをとっても高性能な長友佑都選手をぶつけることで守備力が高まります。さらに注目したいのは、ボールを奪った瞬間の日本の選手ポジションです。このとき日本は数的優位な状況を作りやすく、守備の形をそのまま攻撃に転用しやすいのです。サイドでボールを奪うことができれば、中央の香川真司選手にボールを展開して、大迫勇也選手が抜け出す、乾、原口両選手が相手のセンターバックとウイングバックのギャップをうまく使える位置にいるなど、攻守両面のメリットがあります。ベルギー代表の3バックは、自分のクラブでは4バックのオーガニゼーションを取っています。そこでの対応に混乱が起きることを狙います。

フィールド3のビルドアップの妨害では、ベルギーのゴールキーパーからセンターバックにパスが出るまでプレッシャーをかけるのを待った方がいいでしょう。日本の3トップは、ボールを奪うことを目的に相手の3バックにプレッシャーをかけます。このようにチームとして意図的に、予測可能な方法で守備をする時間帯が多くなれば、日本がゲームの主導権を握る時間も増えるはずです。ベルギーの本来のセンターバック、ビンセント・コンパニ(マンチェスター・C)とトマス・ベルメーレン(バルセロナ)がケガから復帰したばかりで、出場が微妙という情勢も日本にはプラスに働くでしょう。若手のデドリック・ボヤタ(セルティック)が出場するようなら、大舞台での経験が不足している彼に揺さぶりをかけるのも面白いかもしれません」

サッカーのゲーム分析に基づくスカウティングは、相手を見極め、具体的に自チームが実行可能な戦術に落とし込むところまでやってはじめて意味を持つというレベルに達しています。

攻撃に特徴を持つベルギー代表には、フランス代表の快進撃を支え、あのリオネル・メッシを封殺したエンゴロ・カンテのような守備に特徴を持つ選手が不在です。グループリーグでも互いに手の内を見せないことに終始したイングランド戦を除く、パナマ代表、チュニジア代表との試合でもプレーレベルが劣る相手にチャンスを作られる場面が目立ったのは紛れもない事実。ベルギーの破壊的な攻撃力を封じるためには、勇気を持って積極的に、しかも意図的で効果的な守備から攻撃のチャンスをつかむことが不可欠です。

日本代表は世界でも有数の「イヤな相手」

「オランダとベルギーは公用語を共有する隣国です。サッカーにおいてもかなり交流がありますが、ベルギーのサッカー指導者はかなり勉強熱心です。オランダで行われる指導者講習会にベルギーの指導者が大挙してやってくるという光景もめずらしくありません。育成、トレーニングにおけるオランダとの決定的な違いは、ベルギーはオランダ以外の国々からも積極的に学んでいるということです。オランダがサッカーにおけるシチュエーションのミニマムを1対1に設定しています。すべてはフィールドの中で起こることを想定すべきという考えからですが、ベルギーは「1対0」、対人ではない個人のサッカーのアクションに着目してトレーニングをしています。このことが、数的同数や不利を打開できるルカクやアザールのような選手を生んでいる要因の一つかもしれません。日本代表は、戦術的に組織された攻守を展開しつつ、マークに付いていても決めきってしまう彼らのスペシャルな能力も警戒しなければいけません。だからこそ、プレー予測のしやすいサイドにビルドアップを誘導し、攻撃の手段を限定することが大切になるのです」

一方、オランダという外国から日本代表をある種、冷静に見ている白井氏は、ベルギー目線で見ると、日本代表は難敵に間違いないと評価します。

「試合中に相手を見分けて効果的なやり方を選択する柔軟性は世界レベルとは言えませんが、戦前に組み立てた戦略、約束事を忠実に守り、90分間、延長戦を通じて最後まで集中して頑張ることのできる日本代表は、どの国にとっても『イヤな相手』なのは間違いありません。1点、2点取ったくらいで気持ちが切れることもない。海外の選手たちは良くも悪くも自己主張が強いので、このチームが効果的な動き方を身につけたらどうなるんだろうという驚きは日本と対戦するすべての国にあるでしょうね」

世界的なアタッカーを複数揃え、アドナン・ヤヌザイ(レアル・ソシエダ)、マルアン・フェライニ(マンチェスター・ユナイテッド)という“顔でプレーできる選手”がベンチに控えるベルギー代表の攻撃力を自らのチャンスに変換することができるのか? 数時間後、日本代表初のベスト8進出をかけた大一番の幕が開きます。


白井 裕之

オランダの名門アヤックスで育成アカデミーのユース年代専属アナリストとしてゲーム分析、スカウティングなどを行う。現在は同クラブ「ワールドコーチング」部門で海外クラブや選手のスカウティングなどを担当。オランダ代表U-13、U-14、U-15の専属アナリストも務める。日本では自身がまとめたゲーム分析メソッド「The Soccer Analytics」を用いたチームコンサルティングや、指導者向けセミナーを全国各地で行う。著書に『怒鳴るだけのざんねんコーチにならないためのオランダ式サッカー分析』(ソルメディア)