ことのてん末を振り返ろう。事件が明るみになったのは、8月20日に配信された朝日新聞電子版のスクープだった。「バスケ代表をJOC処分へ アジア大会中、深夜歓楽街へ」という見出しの記事では、17日にバスケットボール日本代表でBリーグ所属の4選手が公式ウェアの姿で「歓楽街「ブロックM」にあるカラオケ店の前で店側と交渉しているところを朝日新聞の記者が目撃した」とある。
この記事では明確に記されていないが、「女性を連れ出すことができるカラオケ店」という記述もあり、選手たちの“買春”行為があったことを匂わせている。朝日新聞は、すでに日本オリンピック協会(JOC)への取材もしており、「当該選手を帰国させる厳しい処分になる見込みだ」と伝えている。
そこからの展開は早かった。JOCは、即日4人を自腹での帰国処分とし、帰国後には4人揃って記者会見を行い、買春行為があったことを認めて謝罪。日本バスケットボール協会は、1年間の公式試合出場権の剥奪の処分を下した。ちなみにアジア大会のバスケットボールの登録選手は12人。4人が帰国し、8人となった日本代表は、奮闘虚しく7位という結果に終わった。
買春が褒められた行為でないことは言うまでもない。しかも公式ウェアのままだったのは、アホとしか言いようがない。それでも記者会見で黒いスーツに身を包み、神妙な顔で頭を下げ続けている彼らを見ていて、「そんなに大事か?」と疑問に思った。要するに若者が海外で少しハメを外してしまったという話だ。それだけのことだ。彼らに質問をする記者のなかに、石を投げる資格のある人間がどれだけいたのだろうか? 彼らを処分したJOCや日本バスケットボール協会のなかに、石を投げる資格のある人間がどれだけいたのだろうか?
日本バスケットボール協会のエグゼクティブアドバイザーを務める川淵三郎氏は、ツイッターで疑問を呈している。
「敢えて言わして貰うと新聞記者のとった態度に納得がいかない。間違いなく社会的に問題ある行為が正に行われようとしている時に同じ日本人として何故注意してやれなかったのか。スクープ!と思っただけの記者の態度に疑問を感じる」
まさにそのとおりだ。もし自分が朝日新聞の記者だったらと考えてみた。現場で彼らを見かけても、 “見て見ぬふり”をするだろう。確かに彼らは国費、税金でジャカルタに行っている。でも少なくとも買春した領収書をもらうとは思えない。自腹で自分のリスクで遊ぶぶんには、責めるようなことはない。
もし自分がバスケットボールの担当記者で彼らをよく知っていたら、「おいおい、せめてウェアは脱げよ。みっともない」と注意しただろう。どうしても許せないと思ったら、「早く帰れ。このままだと記事にしなきゃならなくなる」と注意したかもしれない。それでもわざわざJOCに報告するような問題とは思わなかったはずだ。
20年ほど前、週刊誌の記者をやっていたころ、有名人の女性スキャンダルについて、「風俗やプロ相手の浮気・不倫」は、“武士の情け”で見逃すという不文律があった。芸能人やスポーツ選手が自分の責任で遊んでいることにまでツベコベ言うのは無粋だ。むしろ取材などでは彼らの武勇伝を聞いて楽しんでいた。特にスポーツ選手の元気さは、男としてうらやましく思えるほどだった。
あるプロ野球の投手は、ナイター先発の日は必ず昼間に風俗に行っていた。「そのほうが腰のキレがよくなるんです」。あるオリンピックメダリストは、海外で言葉が分からぬまま女性を呼んだところ、3人来てしまったという。「選べということだったらしいけど、全員順番に相手しちゃった」。あるサムライブルーの選手は、ゴールのご褒美を高級風俗店と決めていた。「スタジアムのある土地ごとにいちばんの店を把握している」。
もちろんそんな話を記事にはしない。買春行為なんて褒められるようなものではないし、自慢するようなものでもない。一緒にゲラゲラと笑ったら、それで終わり。そんな彼らに求めたのは、それぞれの競技での結果。モラルを学ぼうとは思っていなかった。時代が違うといえばそれまでだろうが、現代のアスリートは清潔なモラリストでなければならないのだろうか。真面目で清潔で清廉潔白な優等生アスリートばかりのスポーツシーンはつまらない。そう思ってしまうのは、もはや古い感覚なのだろうか……。
(文=星野三千男)
バスケットボール買春問題 「あなたは石を投げられるか?」
姦通罪で捕らえられた女性を取り囲み、彼女に石を投げていた群衆に、イエス・キリストはこう言った。 「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず石を投げなさい」 すると、群衆はひとり去り、ふたり去り、最後には誰もいなくなったという。 ジャカルタ・アジア大会におけるバスケットボールの日本代表4選手による買春問題の謝罪会見を見ていて、そんな聖書の一節を思い出した。レスリング、アメフト、ボクシング、体操と問題噴出のスポーツ界においては、主役不在の“ささいな事件”に過ぎないかもしれないが、この件には現在のスポーツ界を取り巻く、非常にいびつな状況が隠れているような気がする。(文=星野三千男)
写真:共同通信社