「トヨタアリーナ東京」建設に至った3つの背景
東京・臨海副都心に位置する江東区青海(あおみ)1丁目で、スポーツ観戦に最適化したコンセプトのアリーナ建設が進んでいる。男子プロバスケットボールBリーグの強豪・アルバルク東京が来シーズンから本拠地として使用予定のTOYOTA ARENA TOKYO(トヨタアリーナ東京)である。
開業予定は2025年秋。それに先駆けて、建設現場見学会が1月15日に行なわれ、多くのメディア関係者が取材に訪れた。
「Bリーグが開幕して今季で9年目を迎えますが、開幕当時から(クラブが)競技(チーム強化)と会場運営を一体でやることがスポーツビジネスの価値を高める一番の手法と考えて、その機会を模索してきました。来シーズンからはここを“終の住処”として、しっかりと運営していきたい」
トヨタアルバルク東京株式会社の林邦彦代表取締役社長は完成に向かう新アリーナの現場で、あらためてその想いを語った。同時に、建設に至るまでの背景について、「大きく分けて3つあります」と説明した。
まずは、ホームアリーナへの強い思いである。
アルバルク東京は2017-18、2018-19シーズンとBリーグ2連覇を果たすなど、強豪クラブとして地位を確立する一方、これまで本拠地を転々としてきた。昨季、今季と原宿にある国立代々木競技場第一体育館で行なった平日夜のホームゲームでは1万人以上の集客を達成するなど高い運営力を証明してきたが、同会場も含めすべて既存の施設を借りたうえでの興行だった。自分たちが思い描いた興行を安定的に提供するには、施設利用における自由度を高める必要が出てくる−−林社長は、それを実現する方法論として、民間が建てた施設で民間が運営を行なう「民設民営」のスタイルをイメージしていたという。
ふたつ目は、Bリーグ自体の変革、2026年秋に開幕予定の新B1「B.LEAGUE PREMIER(Bプレミア)」構想である。
これまでトップリーグ(1部)に当たるB1は、成績をもとにしたB2(2部相当)チームとの入れ替えをシーズンごとに行なってきたが、Bプレミアは、リーグ側が提示した基準をもとに参加チームを選定。主な基準は、過去2シーズンを対象に1シーズンにつき売上高12億円以上、1試合平均入場者数4000人以上という経営面の条件、そして収容人数5000人以上、VIPルーム・ラウンジの設置等の基準を満たしたホームアリーナ施設の確保である(初年度はそれらの条件の認可を受けた26チーム、2地区制で開幕することが2024年12月末に発表されている)。
なかでも最も高い難度となったのは、ホームアリーナの確保だろう。Bプレミアの基準を満たす既存施設は皆無に近かったこと、Bプレミア開幕に間に合わなくても2028年までには建設を完了するという期限がついていたからだ(一部例外あり)。Bプレミア構想が発表されたのが2023年7月のため、短期間で自治体や民間企業の理解、協力を得て、実際の建設までのロードマップを実現することは容易ではない。アルバルク東京は、それを「東京」という地で模索しなければならなかった。
そこで巡り合わせとなったのが3つ目の背景、アルバルク東京の親会社であるトヨタ自動車の資産活用である。
TOYOTA ARENA TOKYOの建設が進む場所は、大型商業施設パレットタウン内に構えていたトヨタ自動車の展示ショールーム「メガウェブ」の跡地。長年、首都高速道路を利用している方には湾岸線の広い範囲で視認できる大型観覧車があった場所、と言ったほうがわかりやすいかもしれない。もともとは東京都の定期借地であった場所を、借地期間経過後にトヨタ自動車が買い上げ、当地の再開発計画を検討。そのなかで浮上してきたのがアルバルク東京の新アリーナ建設案だった。
こうした3つの背景がつながり、構想が実現に向かうことになった。
2021年4月に開業した沖縄アリーナ(琉球ゴールデンキングス)を皮切りに、現在までBリーグクラブがホームアリーナとして利用する5つのアリーナが誕生。TOYOTA ARENA TOKYOは、東京都内では初となるBプレミア基準アリーナとなる。
スポーツ観戦に特化したアリーナ構造。注目はテラススイート
アリーナ施設は、観戦体験へのこだわりを存分に取り込んだ構造となっている。
バスケットボールのゲーム開催時の最大収容人数は約1万人。すべての客席がコートに正対するオーバル型(楕円形)の構造で、コートに対して360度どの席からも体を捻らずにゲーム観戦が可能。また、観客がストレスフリーで楽しめるよう、素材にこだわった椅子やカップホルダーが設置される。

アリーナ中央の天井に設置されるセンターハングビジョンは2万人規模のNBAアリーナに匹敵する大きさを誇り、客席の階層間にアリーナを一周するように設置されたリボンビジョンは、国内初となる2層式を導入予定だ。
そして新しい観戦体験を作るホスピタリティエリアは、グループで楽しめるさまざまな趣向を凝らしたスイートやラウンジが用意され、非日常空間を演出する。
なかでも目玉となるがテラススイート。通常の個室空間に加えてアリーナ内の空気を味わえるオープンテラス付きのスイートで、低層の2階にあるテラスからコートまでは約18mと至近距離のため、ゲームの臨場感を味わえる。大相撲の枡席での観戦イメージに近いかもしれない。全部で6部屋(個室付きは4)を設置予定で現段階では植物に囲まれた自然環境をイメージした「BOTANICAL(ボタニカル)」が発表済みだが、ほかの5部屋も個別のテーマデザインが施されるという。

またメインアリーナ以外にサブアリーナ、そしてパリ五輪日本代表にも選ばれたアルバルク東京の主力、デーブス海選手が「選手にとって一番のポイント」と言うように、サブアリーナとは別にチーム専用のトレーニング施設、そしてクラブ事務所も設置されている。
立地は利用者にとっても最適な場所で、新交通ゆりかもめ・青海駅、りんかい線・東京テレポート駅からはそれぞれ徒歩4分、6分。成人の体感的にはもっと近い印象を受けた。また周辺環境は羽田空港が至近にあるため、高層建造物の建築が制限されていることもあり、晴れた日には辺り一面に青空が広がり、目の前に流れる有明西運河の水の流れと心地よい風を五感で楽しめるだろう。
その環境を生かして併設されるジョイントパーク(多目的な屋外空間で、イベントやゲーム開催日にはキッチンカーなどが出店予定)、屋外のバスケットボールコートのあるスポーツパークも、訪れた人々の交流場所として魅力的なスペースに。「周辺に住環境がないため、多少の音が出ても、来た人が楽しめる空間にしたい」と林社長が言うように、ゲームやイベントがない日には、誰でも利用できるスペースとして活用される予定だ。
強豪としてのクラブ運営と非日常空間の創出を目指して
アリーナの完成を楽しみに待つ一方、最も大切なのはその後、いかに運営していくか。林社長とともにアルバルク東京の成長を牽引してきた施設運営の責任者、林洋輔・アリーナプランニング部部長は、そのことを繰り返し強調する。
林部長は、TOYOTA ARENA TOKYOの設計段階で、MLB、NBAをはじめアメリカのプロスポーツの本拠地約30カ所を視察し、構想を練ってきた。施設自体の構造はもちろん、来場した観客がアリーナに求める要素がゲーム観戦以外にも多岐にわたることを発見。そうした知見を新アリーナの運営に活かしていく。
「ただ、アリーナに来て試合以外の楽しみ方も、ご提供できればと思っています。日米のファンの楽しみ方は違う部分もありますが、日本でもアメリカでも、来ていただいた方全員が、席に座ってずっと試合を見ているかといったらそうではありません。
食事を楽しみに来ている方、家族や仲間と一緒の時間、空間を楽しみに来ている方、それはハンディキャップを持った方も同じです。バスケットの試合だけでなく、アリーナに来て、それぞれの要求を満たせる空間にしていければと考えています。
そういう楽しみ方を20年、30年かけて日本でも文化として定着させていくことをコンセプトにして、取り組みたいと思います」
林社長、林部長ともにプロ野球・北海道日本ハムファイターズのエスコンフィールドや広島カープのマツダスタジアムを例に挙げながら、ゲーム観戦のみならず、その他の需要を満たすための非日常空間の青写真を描いている。
また、新たな顧客への訴求にも力を入れていく。アルバルク東京はこれまで立川市、渋谷区とアリーナを変わるごとに足を運ぶブースターの居住地域が変化するなか集客に努めてきた。TOYOTA ARENA TOKYOの所在地である江東区は過去10年で5万4000人近くの人口増加を見せ、2025年1月1日現在で54万1685人の人口を誇る。従来から応援してもらっているファンに加えて、江東区民に親しまれるブランディングを行なっていく。
アリーナ事業の視点で言えば、同じB1でしのぎを削り合うサンロッカーズ渋谷も2026年秋からTOYOTA ARENA TOKYOを本拠地として使用することが発表され、1年365日のうち最低でも60日(Bリーグのホームゲーム30試合)は、バスケットボールが行なわれるアリーナとなる。ほかにもコンサートやeスポーツなどのイベント開催に関する問い合わせも多く、開場後はバレーボールやハンドボールなどのアリーナスポーツからの需要も見込んでいるという。
林社長は、改めてクラブ運営とアリーナ運営の一体経営に向けた決意を示す。
「まだまだ、やらなければいけないことは多いですし、完成してから見えてくる課題もあるでしょう。競技面を高めることはもちろん、訪れたファン、関係者の方がスポーツのビジネス、エンターテインメントのビジネスの幅を広げられる場になればと考えています」
日本男子プロバスケ界の成長曲線と歩みを合わせるように、2025年秋、アルバルク東京の新たな挑戦が始まる。